第1話:姫と毒粉と、ひび割れた鏡
はじめまして、作者のよねやんです。
この物語は、化粧品開発者だったおじさんが、異世界の“毒まみれ美容”社会に優しく切り込んでいく物語です。
戦わない。魔法も使わない。でも、美しさを信じて今日もサロンを開きます。
狭い路地裏の、そのまた奥。
人通りもまばらな石畳の先に、小さな木の扉があった。
看板はない。店名もない。
だが人は、その場所を「サロン」と呼ぶ。
その扉が、ドン、と乱暴に開かれたのは、昼下がりのことだった。
「お、おじさん……! 助けて……顔が……また……」
駆け込んできたのは、年の頃は十五、六の少女。
顔を両手で覆い、震える指の隙間からは、ひび割れた化粧の下に真っ赤に腫れた頬がのぞいていた。
奥の椅子に腰掛けていたおじさん――鷹野仁は、ため息をついた。
「……また“鉛花粉”を使ったのかい?」
「だって……みんな使ってるし……。姫らしくなきゃって、侍女が……」
おじさんは静かに立ち上がると、少女の手を取り、そっと鏡の前に導いた。
ひびの入った、古い手鏡。
だが、その鏡は彼にとって、どんな魔法具よりも大切な道具だった。
「姫らしいってのはね、自分の顔が痛くて泣くことじゃないよ」
木の棚から、陶器の小瓶をひとつ取り出す。
瓶の中には、淡い緑色のクリームが入っていた。
「こっちは、“スレール草”と“薄影樹脂”を合わせたやつ。毒性ゼロで、保湿と鎮静に効く。塗るよ、少し冷たいかも」
少女は小さくうなずき、目を閉じた。
指先が肌に触れ、ふわりと伸ばされる。
炎のように赤くなっていた頬が、ゆっくりと落ち着いていくのがわかる。
「……すごい。……魔法、なの?」
「違うよ。成分が合ってるだけさ。
君の肌はね、正直なんだ。無理なことをされると、ちゃんと怒る」
少女の目から、ぽろりと涙がこぼれた。
「どうして、おじさんは……そんなに優しいの?」
「優しいんじゃない。君が、自分を大切にしてほしいって顔してるから、応えてるだけさ」
おじさんは微笑むと、そっと言葉を続けた。
「“美しさ”は、見せびらかすものじゃない。
――まず、自分が自分を好きになるためにあるんだよ」
この世界では、化粧は“女性だけ”のもので、
男がそれに触れることは、笑われるか、白い目で見られることだった。
けれどおじさんは、今日も路地裏で静かに語り続ける。
肌と、心と、ほんものの美しさについて。
誰にも知られなくても、
誰にも言えなくても――
このサロンは、今日もそっと扉を開けている。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この物語では、“美しさ”ってなんだろう?という問いをテーマに、戦わないおじさんが、異世界でそっと革命を起こしていきます。
第1話では、痛々しい常識の中にいた姫と、おじさんの出会いを描きました。
次回は、もう少し“この世界の美容事情”に踏み込んでいけたらと思います。
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