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オフィーリアは落ち着かない

作者: 雪原ミラ

前作で、たくさんの評価、リアクション、感想をありがとうございます!!

まさか、こんなに反応があるとは思わなかったです。


ささやかではございますが、続編をかきましたので楽しんでいただければ幸いです。

羽根ペンが忙しなく紙を擦る。



「……旦那様。」


「ん? なに? 」


「いいかげんになさいませ。」


「え、ごめんね。なんのこと? 」


「だ〜か〜ら〜。」


もう堪えきれないとばかりに、バンッと机を叩く音が書斎に響き、羽根ペンが机に転がる音が鳴る。


「いいかげんに離してくださいませ! 」


「え〜。新婚早々ずっと離れていたからオフィーリアを離したくないんだけれどな〜。」


「だからと言って、妻を膝に乗せたまま執務を行う領主はいませんわ!」


「ここにいるじゃない。」


顔を赤らめて怒るオフィーリアだったが、恥ずかしげもなく片腕で彼女を抱きしめながら、にへらと笑う旦那様の姿に怒る気も失せガックリと項垂れた。



オフィーリアは落ち着かない。




今から約4年前、16歳だった私は伯爵令嬢という身分を捨て、3つ年上の男爵家の当主になった旦那様と恋愛結婚をした。


穏やかで幸せな結婚生活が始まるかと思いきや、辺境にて起こった紛争を治めよとの王命に従い、旦那様は騎士を引き連れて出陣した。


不安がなかったと言えば嘘になるが、異なる宗派同士のちょっとした小競り合い。


すぐに治めて帰ってくるという旦那様の言葉を信じて待つことにした。


旦那様が疲れて帰ってくるまでに、少しでも力になりたくて。


領地運営を任されている執事長に頼みこんで仕事を覚えていった。



けれど、どんなに待っても便りは来ず、戦況も激しくなったと風の噂を聞き、不安に思っていた頃。


旦那様と出兵した騎士達が一通の便りを携えて帰ってきた。


はやる気持ちを抑えて封を開けた便りには、落石事故により、旦那様が生死不明の文字。


その無機質な文字列を何度も読み返した時には、私の顔は土気色に染まっていた。



そこからは何かに取り憑かれたかのように執務に没頭し、空いた時間で花屋と教会と墓地を行ったり来たりする毎日が続いた。


4年間欠かすことなく毎日。



そうして過ごした4年間。


やっと憑き物が落ちた気持ちで旦那様のいない墓の前で弱音を吐いていたら……。



いるではないかそこに。




もうこの時の私は、夢ではないかという困惑と帰ってきたことへの喜びと、長い間待たされたことへの怒りを込めて旦那様に泣き縋った。



旦那様はそんな私を赤子をあやすように宥めてくれた。


ああ、これで本当の穏やかな日常がおくれるはず。



はずだったのに!!



「オフィーリア。あーん。」


「あー……ではなく!!これは旦那様の為の食事です!どうして私に食べさせているのですか!!」


「 どうしてって……食べさせたいから?」


そんな当然なことのように言われても……。


「食べさせたいって…。あのですね、旦那様。旦那様は一ヵ月前に片腕を失くされた状態で大変な重症を負い、今は療養中の身なんですよ!?精をつける為にはちゃんと食べ…ムグッ。」


「精をつけるなら、愛する奥様とイチャイチャしている方がつくと思うんだよね。僕は。」


そうフォークを片手にニンマリ顔で言う旦那様。


口に運ばれた香草の風味が効いたチキンソテーを照れを隠しながら頬張るが、餌付けされているようで納得いかない。


「はい、オフィーリア。あーん。」


「あーん。」


いかないけど……。


「ん!? 」


その時にやっとオフィーリアは気づいた。


食堂には執事長やメイド達がいて、ニヤニヤ見守っていることを。


「ちょ、ちょっと待って! こ、こここれは違っ……みんな出ていきなさぁぁぁああいっ!! 」



オフィーリアは落ち着かない。





―――――



深夜の寝室。

すやすやと熟睡している妻を起こさぬように、妻の髪に口付けた。


新婚当初は可憐な令嬢だった妻が、この4年間で領地を上手く切盛りし、民をまとめ上げてくれていた。


元は高位の令嬢なのにも関わらず。最初は右も左も分からなかったはずなのに。


この4年間、自分を、領地を見捨てず尽くしてくれた妻にさらに愛しさが込み上げてくる。


その時、コンコンと控えめなノック音がした。


静かに部屋から出ると執事長が部屋の前にいる。


「旦那様。夜分遅くに失礼します。先ほど近隣の領地から遣いの者が訪ねてきまして。どうやら先の紛争の残党がこの辺りに紛れ込んだようです。」


「分かった。直ちに騎士達を起こし捜索に当たるように伝えてもらえないか。僕もすぐ支度をする。」


「はっ。」




明け方過ぎにシーツの冷たさに違和感を覚えて目を覚ました。


「旦那様?」


いない。お手洗いにでも行っているんだろうか。


少しして侍女が顔洗い用の湯を持ってやってきたので、旦那様がいない理由を尋ねた。


「奥様……実は……。」




早朝の街へと続く道にけたたましい蹄の音と馬車の軋む音が絶えず聞こえる。


侍女から深夜の出来事を聞いたオフィーリアは、薄手のドレスとローブという軽装で馬車に乗り込んだ。


やっと旦那様が戻ってきたのに。

前回は戻ってこられたが、次は?

もうあんな日々をおくりたくない。


そう思ったら、身体が勝手に動いていた。


もうすぐ街に着く瞬間、馬のいななき声と御者のなにやら叫ぶ声がしたかと思ったら馬車がガタンと大きく揺らいだ。


なに?と考える間もなく、馬車の扉が乱暴に開かれたと思ったら喉元に銀色にきらめく刃が突き立てられていた。


殺される!!


そう思い目を閉じるが、追撃がないことを訝しんでゆっくりと目を開けた。


「旦那様!! 」


オフィーリアが目を開けると、足元には背中に刺し傷のある男が転がっていて、目の前には必死の様相の旦那様が。


「オフィーリア無事か!?」


「はい、旦那様は。」


「とりあえず馬車から出よう。」


剣をこちらに向けぬように片腕で私を抱きかかえる旦那様。


馬車から出てからの光景に絶句する。


旦那様率いる騎士隊と残党たちの乱戦。


思わず身がすくんでしまう。



「いいかい、オフィーリア。決してここを動いてはいけないよ?僕は残党を狩ってくるからね。」


「ですが、旦那様!!旦那様は今片腕がないのですよ!?そのような状態では……!」


「まぁ、見ててよ。どうして()が征伐隊の指揮を任されたのかを……さっ!!」



その瞬間、ものすごい速さで乱戦状態の場所へ駆けていく。


仲間の間を掻い潜り、敵の喉元目掛けて刃を振るう。


銀色に流れる曲線はいつしか赤い曲線に変わる。


いつもヘラヘラしている旦那様が、今は目を爛々に輝かせて、笑っているかのように歯を剥き出して圧倒していく。




こんな旦那様見たことない……。


でもそんな旦那様のことを私は……。





「オフィーリア〜!!嫌いにならないで〜!!」


「旦那様くっつかないでくださいませ。手当てができませんわ!!」


「そんなこと言って、僕から離れようとしてるんだ……。もうダメだ死ぬ。」


「そんな簡単に死ぬとか言わないでくださいませ!!それにただのかすり傷ではないですか!!死にませんわ!」


「じゃあ、戦ってる時に幻滅しなかった?」


「それは……たしかに怖かったですけれど……悪いのは危ない場所にやってきた私ですし……。それに……真剣な姿も……か、格好良かったなって(ボソッ)……。」


「ん?なになに。もう一度言ってくれない?」


いたずらっ子のような顔でにやつく旦那様。


「な、なんでもないですわー!!もう、そんなにくっつくならもっと手荒に手当てしますわよ!?」


「いだだだだ!!」


怖くて優しい旦那様。


そんな旦那様と過ごす日々に。


オフィーリアは落ち着かない。



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