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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

丑の刻参りをする話

作者: 森本

あまり怖くないかもしれません。

儀式の手順は創作です。

 

 

 25時過ぎ、丑の刻参りをするために家を出た。

 弟を呪うためである。


 風が嫌に冷たかったので、去年弟にもらった白いマフラーに思わず首をうずめる。

 コートの下に着た白装束は生地が薄いようで、体全体が震えていた。

 心変わりして家に帰りたくならないよう足早に神社に向かった。


 40分ほど歩いて神社の鳥居の前に着いた。

 こんな時間に1人で、しかも大荷物で出歩いて不審がられないか心配だったが、到着までの間誰ともすれ違わなかった。

 真冬の深夜なので当然と言えば当然かもしれない。

 神社の境内は真っ暗で不気味だったが、ここまで来たのだからと勇気を振り絞って鳥居をくぐった。


 ネットには御神木で行う方が効果が高いと書いてあったので、御神木を探しながら境内を歩き回る。

 前日に下見はしたが、昼間と違う暗さのせいか、それとも後ろめたさのせいか、見つけるのに20分ほどかかってしまった。


 儀式を行うためにコートを脱ぎ、蝋燭を3本頭に括り付けた。薄着だが思ったより寒くはなかった。

 バッグから弟の髪をいれた藁人形を取り出し、木に密着させてから人形の心臓があるであろう部位に杭を突き刺した。

 どうやら固定できたようなので、完全に杭を刺すために金槌を取り出す。

 指を杭に据えてから、金槌をまっすぐ振ると、鈍い音がした。

 指に当たって逸れてしまった。

 ゆっくりと深呼吸をしてからもう一度金槌を振る。

 今度はしっかり杭に当たり、金属がぶつかる高い音がした。

 指は熱かったが痛くはなかったので、金槌を振り続ける。

 カン、カンと規則的な音が響き、それがあの日の踏み切りの音と重なった。





 弟と私は仲が良かったと思う。

 勿論喧嘩は何度もしたが、どれもくだらないものばかりだった。

 3個入りプリンをどちらが2個食べるかだったり、対戦ゲームでの勝敗がきっかけだったりと、原因は多岐に渡り、時には殴り合いへと発展したこともあったが、そのどれもが翌日には互いにどうでも良くなり、どちらから謝るでもなく仲直りするのを繰り返していた。

 毎年、お互いの誕生日にはプレゼントを贈りあっていた。

 一昨年の私の誕生日には夏だというのに何故かマフラーを送られ、笑ってしまった。

 次の弟の誕生日にはお返しに手袋を送ってやろうと、冬の間に生地が厚く暖かい手袋を買っておいた。

 そして弟の誕生日の5月に贈るつもりだった。贈りたかった。

 

 弟の誕生日、私はケーキを買うために母から貰ったお金を持って百貨店へ向かっていた。

 毎年弟の好きなイチゴのショートケーキを買っていたが、たまには他の味も食べたいと言っていたのを思い出し、弟に電話して聞こうとした。

 しかし繋がらなかった。

 まあ弟のことだから電源が切れているのだろうと、とりあえずいつものイチゴのショートケーキを買って家に向かうと、途中の踏み切りで人だかりができていた。

 近くの人の話によると誰かが轢かれたらしい。

 ひどく嫌な予感がして、人混みをかき分けた。


 人だかりの中央には、弟がいた。


 これは夢だと思った。長時間走った後の浅い呼吸を繰り返すような音が聞こえた。自分が発しているものだった。手のひらから汗が吹き出した。鼓動が速すぎて心臓が痛かった。

 あまりにも現実味がない光景と、現実だと言わんばかりの身体の反応のせいで、私はぼうっとしていた。


 突然カン、カン、カンと踏み切りの音が鳴りはじめ、そこで急に現実に引き戻され、慌てて緊急停止ボタンを押した。

 やはり何かの間違いだと踏み切りの中をもう一度見てみると、弟が救急車に運ばれるところだった。

 私はただ見ていることしかできなかった。

 頭の中にはまだ踏み切りの音が響いていた。


 弟は植物状態になった。

 脳にダメージを受け意識が戻らないかもしれないと言われ、両親は泣いていた。

 私は後悔に苛まれて泣けないでいた。

 もし帰る時間がもう少し早かったら、気をつけてと言っていたら、電話が繋がらなかった時にすぐに帰宅していたら、倒れている弟を見た時迷わず駆け寄っていたら、何かが違ったかもしれない。

 今更そんなことを考えても何も変わらないと理解はしていたが、それでも考えは止まらなかった。


 弟が目覚めないまま冬になった。

 ほぼ毎日見舞いには行っていたが、結局泣くことは出来なかった。

 もし弟に手袋を渡せていたら、今頃使ってくれていただろう。そう思って病室にいる弟に手袋を着せた。

 青白く細い手首が手袋と病衣の間から覗いていて、見ていられなかった。

 そのとき、弟はもう目覚めないのだと気づいてしまった。


 家族の負担を考えるのならば、すぐにでも弟のことは諦めるべきだ。しかし両親がそんな決断をするはずがない。ならばどうしたらいいか。

 あの日何もできなかった代わりに、今何をすべきか。

 私は弟を呪うことにした。

 呪い殺してしまえば、両親に止める方法はない。弟のこんな姿を見られることもなくなる。

 だがこれは私の自己満足でしかないので、責任を取らなくてはいけない。

 呪いは、呪われた者だけでなく呪った者にも降りかかるらしい。その点も都合が良かった。

 私も一緒に死ぬのであれば、弟も許してくれるのではないか。そう思い、なるべく信頼できるような実績ある呪いの方法を探した末、「丑の刻参り」を見つけた。

 必要な道具を揃え、すぐに行動に移した。





 ガン、と音がなり、気づくと杭は完全に藁人形に刺さっていた。これで儀式は終わりだ。

 道具を片付けて、神社を後にした。

 金槌にぶつかった指は赤く腫れていたが、やはり痛みは感じなかった。

 

 家に帰り、誰にも気づかれないよう儀式に使った道具を元に戻し、何事もなかったかのように眠った。


_________________________________________________


 数日後、ある病院で1人の少年が心肺停止により亡くなった。同時刻、この少年の姉も同様に亡くなっていたことが後日判明した。

 関連性はないとされている。


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