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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編 魔術師たちよ

作者: 八神あき

 夜、魔導学園敷地内の森。

 クレアは二人の男子生徒から逃げていた。


「なん、でっ……こんな、ことに……っ!」


 思いが口からこぼれる。

 口にすると、答えはいくつも思い浮かんだ。 


 彼らが貴族で、自分が平民だから。

 いつもひとりでいたから。

 たまたまクレアが目についたから。


 だからいじめられた。夜の森の中を追い回されることになった。


 どうしようもないことだ。嘆いたところで、助けを求めたところで、聞き入れてくれる人などいるわけもない。


 木の根につまずいた。立ち上がろうとするも、限界だった。

 足は小刻みに震え、息があがって呼吸ができない。

 クレアの胸中を諦観が満たす。


「ギミー、動かなくなったぞ、あいつ」

「ダリーが調子乗るからでしょ。加減しないと長く遊べないよ」

「つまんねえの」


 二人の貴族が闇の中から現れる。

 同じ背格好に、おそろいの金髪。整った顔立ちには醜悪な笑み。

 ダリーが前に出た。


 目を閉じる。

 しかし、何も起こらない。

 不審に思って目を開けると、二人は背後を見ていた。クレアも森へ意識を向ける。


 木々をかき分ける音。

 がさごそ、がさごそ、だんだん近づいてくる。


 白い手が、茂みから飛び出した。

『もー、なにこれ!? どこ!?』

 聞いたことのない言語とともに、少女が現れた。


 年は三人と同じ17かそこら。背が高く、男二人と同じ目線だ。

 肩まで届く黒髪、クレアと比べて大きく盛り上がった胸元。

 やけに質のいい、正装でも乗馬用でもない、奇妙な服。


 少女は3人を目にするや立ち止まる。


 倒れ込んでいる少女ひとりに、男ふたり。

『なにやってんの?』

 少女の目つきが鋭くなる。


 ダリーが睨み返した。

「なんだ、お前。迷子か?」

 近づくも、少女は一歩もひかない。

『言葉わかんないな。……まあ、当たり前か』

「なに言ってんだよ、おい!」

 少女の肩を突き飛ばす。びくともしない。岩でも押したような感触。


「なんなんだよ、お前!」


 ダリーは少女に殴りかかるも、空振り。態勢を立て直すまもなくみぞおちを殴られる。


 普通の人間ならそれで終わりだったろう。

 だがダリーは魔術師。体は常に魔力で強化されている。


 ダリーはもう一度、拳を振り下ろす。

 少女は後ろに下がり、距離をとった。


『硬すぎでしょ、何あの腹筋』

 少女はぼやき、怪訝な顔をする。


 ダリーは二度三度と攻撃をするも、すべて避けられる。

 魔力はスピードも、反射速度も向上させる。なのに当たらない。

「くそ! まどろっこしい!」

 ダリーは少女に向かって右手をかざす。魔力を集め、術式を描いた。

「魔法はまずいって!」

「だまってろギミー! バレなきゃいいんだよ!」

 術式を発動。炎が飛び出した。


 少女は目を見開く。

『へー。ほんとに異世界なんだ、ここ』

 首を振って炎をかわすと、一気に距離をつめた。


 左のフックで顎をかすめる。

 脳が揺れ、ダリーは刹那、意識を失う。膝をついた。しばらくは立てない。


「ダリー!?」


 ギミーは恐慌に陥る。

 逃げるか、戦うか、助けるか。

 選択肢が頭の中で渋滞を起こし、動きがとまった。


『ごめん』

 言下に、少女はギミーの金敵に膝蹴りを入れた。

「ほううああ!? くあ!?」

 ギミーは股間を押さえて崩れ落ちる。


 少女はギミーの横を通り過ぎ、クレアに手を差しのべた。

『大丈夫?』

「……かっこいい」

 クレアは慌てて口をつぐむ。高鳴る胸を抑え、その手を取った。


ーーーーーーーーー


 翌日、クレアは図書室にいた。

 肩を丸め、視線を落とし、人にぶつからないよう細心の注意を払いながら本棚の間を移動する。


 欲しかった巻物を見つけ、他に借りようとしている人がいないか周りを見てから、手を伸ばした。

 カウンターに持っていく。

「あの、……これ、貸し出しで」

 言うと、座っていた貴族の女子生徒が胡乱な目を向けた。


「破ったり汚したりしたら弁償だけど、お金あるの?」

「え、あ、や、ご、ごめんなさい! 明日の朝までには返しますので!」

「ふーん。こっちの仕事増やさないでね」

「あ、ありがとうございます」


 クレアはおじぎし、逃げるように図書室から出た。

 校舎を抜け出し、森へ入る。


 しばらく歩くと、小屋が見えてきた。

「ん? 家?」

 クレアが近づくと小屋から昨日の少女が出てきた。

『やっほー』

 クレアを見るなり手を振ってくる。それから小屋を指さし、中に入った。


 クレアは戸惑いながらも近づく。

 小屋は木々を円錐に組み、間に枝を編んだもの。


『こっちこっち。狭いけどね』

 手招きされ、クレアは身をかがめて小屋に入る。


 クレアが座ると、少女は自身を指さした。

『リサ』

「あ、はい。リサさんですね。えーっと、私はクレア。ク レ ア」

『クレアね。おっけー』


「えっと、これ、地図持ってきたんですけど」

 図書館で借りてきた巻物を広げる。

「ここが、今いるところ」

 地図上を指さす。

「あなたは、どこから来たんですか?」

 身振り手振りを交えて尋ねると、リサは地図から大きく離れた場所を指さした。


「……外国ってこと?」

 クレアは木の棒で大陸の地図を描いた。リサはまたも、離れた場所を指さす。

「大陸の外……うーん、わかんないなあ」


 試しに円を描き、中心に大陸の概略図を描く。

 リサはまたも円の外、それでもまだ足りないと言うように、空を指さした。

「もしかして、違う世界、とか……?」

 尋ねても、リサは首をかしげるだけ。

「やっぱり言葉がわからないとどうしようもないか」


 出身地の特定は諦め、持ってきていたチーズとパンを一緒に食べる。着替えを何着が渡し、寮へと戻った。


 翌日から、クレアは言語の解析に取り掛かった。

 木や石を指さして単語を教えてもらい、語彙が増えると文法を解析。

 最初は思うようにいかなかったが、文法規則ではなく助動詞によって単語同士の関係を表しているのだと気づいてからは早かった。


 わずか一か月で、リサのいる世界における最難関言語、とある言語学者に言わせれば”凶悪な言語”たる日本語を修得した。


 クレアが言語習得に精を出している間、リサは小屋の改造を重ねていた。

 二人が座れるように拡張し、石で暖炉も組んだ。


 クレアは暖炉の火にあたりながら、リサから聞いた話を整理する。

「つまり、リサは異世界出身で、神様からこの世界に呼ばれて、莫大な魔力ももらった、ってこと?」

「そうそう、そんな感じ。でさ、魔法教えてよ!」

「え、ま、魔法!? ……うーん、いい、けど」

 クレアは自信なさげに視線を泳がせる。


「けど?」

「けど、……私ほとんど魔力ないし、実技は壊滅的だし……。筆記試験でぎりぎりなんとかなってるだけど……」

「つまり、めちゃくちゃ頭いいってこと?」

「そ、そんなことないよ! たしかに試験は上の方だったけど……」

「すごいじゃん! てか、一か月で日本語覚えたんだよ。天才じゃん。あたしなんて、いまだに英語さっぱりわかんないし。たぶん中一のテスト受けても赤点取る」

「でもやっぱり実技って違うし……」

「そんなこと言わないで。あたし、クレアに教わりたい!」

 クレアの手を取る。

 クレアは頬を赤らめ、視線をそらした。


「そ、そう……物好きだね」

「うん、よく言われる。変人とか頭おかしいとか」

「自慢げに言うことなの?」

「あと、自己肯定感の塊とも」


 胸を張るリサに、クレアは苦笑。

「もう、しょうがないなあ……。どれくらいならできる? 魔力を操ったりは」

「無理。っていうか魔力とかほんとにあるの? ってレベル」

「まあ、そっか。あの時も強化なしで殴ってたもんね。じゃあ、えーっと、手、出して」

 リサが両手を差し出すと、クレアはその手を握り、魔力を流した。


「おー。すごい。なんかピリピリする。これが魔力?」

「うん。他者の魔力混入による拒絶反応」

「拒絶?」

「魔力は魔素っていう、粒子の流れなの。人間にはそれぞれ固有の魔素の配列があって、別の人の魔力が体に入ると拒絶反応を起こすの」

「今のピリピリ?」

「うん。痺れたり、痙攣したり、最悪ショック死したり」

「え、死ぬの!?」

 素っ頓狂な声に、クレアは笑ってしまう。

「大丈夫。私は魔力がほとんどないだから。せいぜいピリピリするくらい」

 自嘲気味に笑う。


「そうなんだ。あたしはどれくらいあるの?」

「どうだろうね。測定器は校舎にあるけど、生徒じゃないと入れないから……」

「じゃ、夜こっそり入ろう」

「ええ!? 怒られるよ!?」

「大丈夫、大丈夫。バレないって」

「もう……」

 クレアは口を尖らせるも、頼み込まれると断れない。


「あ、あたし火とか出したい。あと、体強くしたり」

「はいはい、わかったよ。じゃあ、身体強化から」


 クレアは要望通り魔法を教える。

 二つとも簡単な魔法なので、夜が更けるまでには修得することができた。


ーーーーーーーーーー


 深夜、二人は校舎へと向かう。

 森の中を歩いていくと、木々の合間から壮麗な建物が見えた。

「すっご……お城じゃん」


 永い歳月で変色した石造りの壁。

 三階建。規則的に胸壁が設けられ、窓はガラス張り。隣には巨大な塔。

 重厚な扉を開けば、中は大理石の宮殿。


「すっごいね! クレアってもしかて超お嬢様!?」

「違うよ。私は平民。校舎は国が建てたものだから」

「いいなー。海外旅行来た気分」

「海外どころか違う世界でしょ」

「測定器って、どこにあるの?」

「測定は仮想空間内で行うの。アクセスするための装置はいくつかあるけど、ここからなら資料室が近いかな」

「仮想空間?」

「幻覚魔法で構築した空間に、テレパシーで意識を投影するの。中では現実とまったく同じように動けるけど、怪我をしても現実の体は傷つかないから、試合したり、危険な実験とかでも使われる」

「魔力はかるだけだよね?」

「魔力量多い人が本気出すと危ないから。近くに魔道具あると壊れるし。……着いたよ」


 扉を開けると、中は雑然としていた。高校の教室よりずっと広いが、資料や機材が散乱している。

 窓辺には椅子が置かれ、ひとりの少女が腰かけていた。


 少女は闖入者に目を向ける。

「だれかしら、こんな時間に」

「う……ファナ先輩」

 クレアは顔をしかめる。

「クレア・クレス。へえ……。じゃあ、隣にいるのが」

 ファナはリサを見るや目を細め、立ち上がった。


 身長は140センチほど。リサよりも頭ひとつ小さい。

 金縁の黒いローブ、紅い長髪。幼い顔立ちに似合わない、冷酷な瞳。


「お初にお目にかかります。ファナ・ドゥーランと申します。……先日はダリーとギミーがお世話になったようで」


 ファナは一礼すると同時、術式を練る。

 火魔法とは比べものにならない、精緻で複雑な術。


 地面に伸びる影が起き上がる。巨大なタコのような形をしたそれは、無数の目でリサと、クレアを見た。

 リサは無意識に構えをとる。


「クレア、あれなに?」

「た、たぶん……中級悪魔」

「やばいの?」


 クレアが頷くのと同時、黒い触手が二人を襲った。

 リサはクレアを抱きかかえ、身体強化を使う。

「つかまってて!」

 リサは走り出す。


 八本の触手は不規則に動き回り、地面をえぐる。

 リサは触手の間を潜り抜け、窓から飛び出した。

「きゃああああああ!!!」

 クレアが叫ぶが、かまう暇はない。後ろを見ると、影は触手の一本にファナを乗せ、二人を追って来た。


 ファナは氷の礫を生成し、射出した。

 リサは巨大な炎で氷を溶かし、目くらましとする。その隙に森へ逃げ込んだ。


 奥にある巨大な木の陰にクレアを下ろす。

「隠れてて。出てきちゃだめだよ」

「ダメだよ、危ないよ! リサが逃げて! ……私、おとりくらいにはなれる、と思う……」

 声を震わせるクレアの頭を、そっとなでる。

「無理しなくていいよ。大丈夫、喧嘩は得意だから」

 リサは言い残し、ファナのもとへ向かった。


 一方、ファナは炎の壁に阻まれていた。

「小賢しいですわね」

 突風で炎をかき消す。


 二人の姿はない。森に入ったようだが、まだ遠くへは行っていないはずだ。


 二体の悪魔を召喚。歪な翼をはやした蛇のような見た目。

「二人を探しなさい」

「探さなくていいわよ」


 リサはひとり、森から出てきた。20メートルほどの距離を置いてファナと対峙。

「あら、殊勝なことね。もうひとりは?」

「二対一じゃかわいそうかなって」

「言うじゃない」

 ファナが腕を振ると、蛇は空を飛び、リサへと襲い掛かる。


 リサは一匹を掴むと、振り回してもう一匹を殴り飛ばした。

「なんて野蛮な」

 ファナは顔をしかめ、地面を操りリサの足を拘束。


「やりなさい」


 影は触手の先端を槍のように伸ばしてリサを貫こうとした。

 リサは触手を殴って勢いを殺し、そのまま掴んで引き寄せる。


 影は引っ張られるまま飛び掛かった。リサは圧縮した炎を放つ。

 炎の槍は影を貫き、後ろの校舎も溶かして、夜空に紅の線を描く。

「なんて馬鹿げた魔力! あなた、なんなんですの!?」

「さあ……。ただの通りすがりの空手家だよ」

 リサは笑い、力づくで足を引き抜いた。


「平民風情が!」


 ファナは二体の竜を召喚。白く巨大な竜と、しなやかな黒い竜。


 白い竜が口を開け、炎を放った。リサがよけると、その先に黒い竜が回り込んでいる。

 炎の槍で黒竜の目を狙う。竜がひるんだ隙に体の下を潜り抜け、真下から攻撃。


 竜は叫び、空へ逃げる。黒い夜空に溶け込んだ竜は真っ赤な目でリサを見据え、炎を吐いた。

 同時に強い魔力を感じた。


 魔力の発生源は、ファナの肩の上に浮く無数の目を持つ球体。

 球体は強力な念動力を発生させる悪魔。リサの周囲の木々を引き抜いて先端を尖らせ、巨大な杭とする。


 上からは炎。地上は杭に囲まれ、白い竜が予備として残っている。

 逃げ場はない。


 炎が近づき、杭がリサに向かって放たれた。


 リサは炎の槍ですべての杭を焼き尽くした。

 さらに特大の炎で竜のブレスを相殺。


 白い竜の特攻は、一歩ステップを踏んでかわし、横腹に回し蹴り。

 白竜は体をくねらせながら吹き飛んでいく。


 間髪入れずに黒竜が降って来た。リサは真上を見据える。


 竜たちと戦うリサを見て、ファナはふと疑問に思う。

 あれだけの魔力と体術。一見すると高位の魔術師だが、それにしては炎と身体強化以外の魔法を使っていない。


(体系的に魔術を学んだわけではない? ……試してみましょうか)


 ファナは風魔法を使う。学園なら一年で覚えるような、基礎的な魔法。対抗するのも同じ魔法でいい。

 けれど、風魔法が使えないなら、防ぐ手段はない。必殺の魔法。


 酸素を奪う、簡単な魔法だ。

 リサは苦悶に顔を歪め、膝をついた。


「あら、まさか本当に炎しか使えないなんて」

 ほくそ笑む。

「手こずらせてくれましたわね」


 二体の竜が牙を向ける。

 サイコキネシスで岩を割り、槍を形作る。


 再び全方位からの攻撃。


 リサは昏倒する手前で踏みとどまっていた。

 無酸素空気を吸ったことで血中の酸素が激減。胸が焼けるように熱い。


 肺が空気を求めて暴れまわり、気管の奥が締め付けられる。脂汗がにじみ、耳鳴りもする。


 試合で、トレーニングで、極限まで追い込まれたときと同じ。


 リサは、嗤った。


 ドーパミンが際限なく放出される。

 命の危険を前に、集中力が極限まで高められる。

 ギアが一段上がる。


 体が燃えたぎる中、理性は研ぎ澄まされていた。

 自分の体に尋ねる。あとどれくらい動ける?


 無呼吸運動、万全の状態から始めても40秒が限界。

 しかし、今は魔力がある。


 2分。


 充分だ。


 リサは敵を見据える。拳に魔力を集中。正面の岩を砕き、包囲を抜ける。

 後ろから残りの岩が迫ってくるが、気にしない。追いつかれる前に終わらせる。


 正面には白い竜。フレアで目くらまし。竜が対抗して炎を吐く。

 リサはジャンプし、竜の脳天を蹴り砕いた。


 白い竜は地面へ叩きつけられ、リサを追って来た岩が竜の体に突き刺さる。


 リサの顔には呼吸を奪われた苦しみなどなく、淡々と敵を排除する。

 ファナはそこに狂気を見た。


「ひっ!」


 怖い。同じ人間とは思えない。化け物。

 悪魔に命じてリサの動きをとめるが、莫大な魔力を前にサイコキネシスは砕け散る。

「なん、ですの! なんですの、お前は!!」


 リサは拳を握りしめ、駆ける。

 だがファナに届く一歩手前、黒竜が追いついた。リサの足に牙を突き立てる。


 牙は貫通し、血が溢れるが、歯牙にもかけない。

 目の前にいる敵を仕留めるには、腕の一本あれば十分だ。


 左足を引きちぎるつもりで前に出る。


 腰を回し、ファナの顔面を狙い、正拳突き。


 びたりと、ファナの鼻先で拳が止まる。


 ファナは小さく悲鳴をあげると、崩れ落ちた。白目をむき、失禁する。


 ファナが意識を失うと召喚されていた悪魔たちは消え、空気も戻った。

「っはあ! 死ぬかと思った!」

 大きく息を吸いこむ。膝をつきそうになるのをこらえ、体を起こし、呼吸法で息を整える。


「リサ!」

「クレア。大丈夫? 怪我ない?」

「それはリサだよ! 大丈夫なの、その足!?」

 全身傷だらけだが、特にひどいのは左足。牙が貫通し、無理やり動いたせいで傷口が広がっている。運よく活動性出血にはなっていないが、服は血だらけだ。

「だいじょぶだいじょぶ。死ななきゃ問題ない」

「問題あるよ!」


 話していると、校舎が騒がしくなる。生徒や教師らが騒ぎを聞きつけて来た。

「やっば、人くるっぽい。逃げよっか」

 クレアに手を差し出す。クレアは反射的に出そうになる拒絶の言葉を飲み込んだ。

 逡巡し、リサを見上げ、ためらいがちに手を取る。


 その瞬間、ものすごい力で引っ張られた。

「え? わあ!」

 抱き上げられた。落ちないよう、リサの首に腕を回す。

「つかまってて!」


 リサが、飛んだ。

 木々を眼下に、校舎よりも高く。

「うっひゃああああ!!」

 クレアはきつく目をつぶってリサに抱き着く。

「大丈夫、怖くないって」


 優しい口調。

 その言葉を信じ、目を開けた。


 満天の星。届きそうなほどに月が近い。

 リサと目が合った。心臓がはねる。

「ね?」

 二人しかいない空、無数の星々に照らされるリサは凛々しく、戦いの余韻など感じさせない。

「……かっこいい」

 思わずつぶやき、はっとして口を押える。

 今はもう、言葉が通じるのだ。


「ありがと」


 甘い言葉が耳朶をうつ。

 リサ以外のすべてが消え去る。


 クレアはうなずき、抱きしめる腕に力を込めた。

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