0話:諦めるにはまだ早い
目覚ましの音で渋々目を開ける。時刻は朝6時。気持ちは乗らないが布団から出て身支度を整える。
お湯を沸かしている間に身だしなみを整える。鏡に映る自分はいつも通り目つきが悪い。自分をにらみ返しなながら髭を剃り、ポットが鳴るまでに準備を終わらせる。
ドリップコーヒーを入れて、すきっ腹を満たす。朝はいつも食欲がない。これだけで昼休憩まで乗り越えるのも結構辛い。6時30分になったら、気分が乗らない自分をなだめながら玄関から飛び出した。
いつものルーティンで駅まで歩くと、脳内でたくさんの声が聞こえてくる。
”もういい”
”諦めた”
”疲れた”
”十分頑張った”
人生で何度も聞こえてきた”ネガティブ思考の声”。いつもの自分なら耐えられたはずだったが、今日は違っていた。駅に着くころには、すっかり受け入れていた。
毎日乗車している列車。”今日で見納めだな”と感傷に浸る。それと同時に、今までの辛い出来事、これから立ち向かわなくてはいけなかった不安を捨てることができて安堵していた。
"今日で最後"
6:57分発の列車が近づいてくる、向かいのホームにも下り方面の列車が丁度到着していた。自分も本当は”乗らないといけない”。体は感情とは真逆の行動をとり、並ぶ乗客を横目に一気に線路に飛び出した。
優柔不断な自分がこんなことをするなんて思わなかった。でもやっと決断できたことがうれしかった。
過去の思い出が走馬灯のようにあふれてくる。思えば42年、大したことない人生。悔いがないといえば絶対違うが、全てを”諦めた”。どうでもよい、早く楽になりたいとしか思えなかった。
上り列車との距離は10メートルくらい、今更原則したところで、間に合うことはないだろう。スローモーションで落ちる間に、停車している下り列車の下で動く生き物を見かけた。
最初は猫のように思えたが、よく見ると、大きな耳。白ウサギが一羽じっくりこちらを見つめていた。
あまりに突然の発見に驚いたのもつかの間、飛び上がったウサギは僕を蹴飛ばしていた。
衝撃のあまり、乗客の列の脇を最後尾付近まで飛ばされると、自分を”轢くはずだった”電車がそのままホームに到着して、驚いていた乗客たちをそのまま載せて定刻通りで発車していった。
千載一遇のチャンスを逃して、呆然としていると、さっきのウサギが膝の上に飛び乗ってきた。不気味な存在におびえていると突然顔を近づけてくる。
”なぁ、諦めるのはまだ早いだろ?今日は仕事休んで俺に付き合えよ”
僕はウサギをそのまま見つめていた。不気味な存在にただただ腰が抜けてしまったのだった。




