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【病院編完結】私と踊っていただけませんか、7階の死神さん(マドモアゼル)?  作者: 才式レイ
第1幕 Smile for me―――死神さんとの邂逅
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第4話

 チンという甲高い電子音が鳴り、エレベーターのドアが開く。亮は案内表示板にある『7F』にチラッと見て車椅子を漕ぎ出す。

 看護師の話によると、どうやらこれから会いに行く『ガラス姫』という絶世の美少女(あくまでも亮個人的な意見である)は、入院していた患者の中で一番歴が長いらしい。

 そして、彼女がいつもいる場所は7階にある談話室。だから、彼女を探すならあそこなんじゃない、と看護師の提案に従っているわけだが。


「けど、あのナース……最後に気になること言ったな」


 別れ際の時の彼女との会話を、頭の中でリフレインする。

 

『よかった。これでガラス姫が笑顔のままで逝けたら万々歳だけど……。って、そんな上手く行くわけがないか』


 ガラス姫が辿り着くのであろう結末を知っているかのような口振り。看護師が最後に見せた諦めた笑みが彼の頭から離れない。

 この病院は普通ではない、と本能的に亮は思った。


「とりあえず、様子見ということで……。それにしても、静かすぎるな」


 周囲の静けさに少し戸惑いを感じながらも、無人の廊下を進む。

 他の場所に比べると、明らかに人の気配が薄い。彼が7階に着いてから一人ともすれ違わなかったことが何よりの証拠だ。

 それに、この階自体が他の階とは少し違っていたかもしれない。

 ピカピカな床に、高く広々とした天井。大きな窓からは、日光を採り入れる仕組みになっているようだ。一見患者の快適さを追求して設計した環境のように見えるが。


「あれ?」


 彼は試しに窓を開けてみたが、少ししか開けなかった。計ってみると、丁度腕一本がギリギリ通る幅だった。

 これは自殺防止用のためなのか、はたまた閉じ込めさせる用に作った仕組みなのか。明らかに前者の方ではあるが、この階の異質さにより亮がそれを分からなくなってしまったのだ。


 人気のない廊下、高い天井、10cmしか開かない窓。

 もしかしたら、この病院には何かあるかもしれない。

 頭の中で警鐘を鳴らしているが、それを顔に出さず、そっと窓を閉めて車輪を回す手を再開させる。



 やがて、彼は談話室のプレートが掛かっているドアに辿り着いたが、自分の口角はまだ上がっていないことに気がついた。


「おっと、いけない。笑顔笑顔」


 一時的に心の懸念を隅に追いやって笑顔を作り、静かにハンドルを回す。

 

 亮が談話室に足を踏み入れると、小さなドアの開閉音が静寂を破った。柔らかな光が壁の淡い色調を引き立て、穏やかな空間を演出している。部屋の中央には快適な椅子やソファが備えられ、壁にはテレビが掛けられているが、どちらも使用されていない様子。

 窓辺に置かれたテーブルには整然とカップとティーセットが並べられていて。

 香り高い紅茶がゆっくりと蒸気を立て、その芳醇な香りが室内に広がり、彼の鼻腔を心地良く刺激する。書物や雑誌はそっと積まれていたが、そのまま触れられずに置かれているようだ。

 

 窓からは自然光が差し込み、その狭い隙間からぬるい風が入り込む。

 白いカーテンが揺れ、その傍らに座っている一人の少女の長い白髪がそよいでいた。彼女の存在により、静謐な空気が広がる。

 瘦せ細った身躯は長期入院患者としての苦闘を物語り、その碧眼には深遠な謎が宿っているように感じられた。


――やはり美しい。


 窓辺にひっそりと空模様を眺めている彼女の姿はやはり、どこか幻想的で美しい。その光景に圧倒されて、亮の口からはただため息しか出てこなかった。

 けれど、その硬質に引き締まっている顔は、また彼の心を締め付ける。


――美しい……けど、その顔にはそんな表情が似合わない。やはり、女の子には笑顔が一番だ。


 彼女のことをもっと知りたい。だけど、それ以上に彼女を笑わせたい。

 そんな下心で接近を試みる亮。

 

 次第に向こうも彼の存在に気付いて、一瞬碧眼が見開いた。その些細なことに嬉しく思い、彼は更に笑みを大きく広げる。

 まるで、ミュージカルの役者を彷彿させるような喋り方で、彼は高らかに言う。


「嗚呼! 先程、私とガチンコした美少女ではありませんカ!」

 

 








「……え?」


 無表情とは言えど、碧瞳の奥からは困惑の気配が滲み出ている。それに気付いていながらも、彼はここぞとばかりに畳み掛けた。


「嗚呼! まさか再び、こうして巡り会えるなんて……。これは神のお導きに違いナァイ!」


 亮の熱い語りにちょっと引いたと言わんばかりに、その眉間に皺が寄りかかった。だけど、彼は怖気づくこともなく、手の平を伸ばして意気揚々と名乗りを上げる。


「私は鶴喜亮(つるきりょう)! 麗しいお嬢さん(マドモアゼル)よ、どうか貴女の名前を教えてもらいたい」


「……頭大丈夫?」


 一見辛辣な言葉ではあるが、その落ち着いた口調から察するにそれは侮蔑ではなく、単純に心配で発したものだろう。

 大体の人は亮のアプローチを無視するかあしらうかの二択を取るのに、彼女は有り体のままで対応する。そのこと自体が驚きなのに面と向かってそう言われたのが初めてだ。

 二つの驚きを直面して、亮は思いっきり「ハァーハハハ」と笑い飛ばした。


「ご覧の通り、私は両足を骨折している身でしてね。だから、両足以外は全然大丈夫ですヨ!」


 はあ、と少女は呆れたように声を漏らし、俯く。

 短い沈黙の後、彼女は「一つ忠告しておく」と前置きする。


「……私とあんまり関わらない方が身のためよ。それに名乗るほどの価値の名前でもないんだし」


「じゃあ、私はこれから全身全霊で貴女のことを『姫』と呼ばせていただきます!」


「……え」


 少女は意外な展開に驚き、小さく口を開いた。

 いつの間にか二人は見つめ合う形になっていた――。

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