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第5話

 ホラーゲーム禁止令から暫く経ったある日、三人はいつものように他愛ない話をしながら図書室に向かっている。

 ふと、姫は窓の方を見て、呟くように言う。


「……今日はなんだか肌寒いね」


「ええー、まだまだ暖かい方だよぉ~。だよね、お兄ちゃん」


「いやっ、姫が肌寒いと言ったら、寒いに違いナァーイ! 例え暖かろうが寒むかろうが関係ない! 私がそう判断したッ!」


「でも、暖かいと言えばぁ~?」


「ハイ、アタタカイデス」


 しょんぼりする亮にみおは「あはは、お兄ちゃん変なのぉ~」と軽く受け流した。談笑を続ける二人とは知らずに、会話の内容にビックリしたのは一人。


「――――ッ」


 長いことに発作が起きなかったから、油断した。この冷気は奇病の前兆であることを、すっかり姫の頭から抜け落ちたようだ。

 いつしか、彼女は身体を強張らせて細い息を繰り返していた。

 まるで、訪れる痛みに備えるように。


「……ご、ごめん。ちょっと急用を思い出したので、これで」


 二人には自分の苦しむ姿を見せまいと彼らから顔ごと背き、慌てて去って行った。これまで姫が唐突に彼らの元から離れたことはあったが、こんな必死なのは初めてだ。

 おかしいと思った二人は、同時に顔を見合わせた。


「お姉ちゃん、どうしちゃったんだろう……」


「気になるなら……後を追ってみようカ!」


「うん!」


 大きく頷くみおに亮は満足気に笑うと、こっそりと姫の後を追った。彼女が消えた角に曲がって、すぐに壁の陰に隠れる。

 視界の中に姫と雅代(まさよ)の姿を捉えると、ウキウキしながら身を乗り出したが、想像とはかけ離れた光景が目前で展開されていることに愕然。


「――――え」


 雅代(まさよ)に抱きかかえられた姫の棒のような白い腕。無力にぶら下がっていたそれからは枝の模様が広がっていく。しかし、それだけに留まらず、まるで彼女の痩身に寄生した植物かのように、まだ成長を遂げて葉っぱや棘まで生やしている。

 まるでファンタジー小説の世界から飛び出したかのような、神秘的で不気味な、そんなワンシーン。

 その様子はよりにもよって、姫が一番見せたくない相手に目撃されてしまった。


「お、姉ちゃん……?」


「ッ! 貴方たち……」


 一瞬、黒の双眸が見開かれたがすぐに冷静を取り戻した。

 「申し訳ございませんが、お嬢様が最優先でございますのでこれにて失礼します」との一言で現場を去る雅代(まさよ)

 残された二人は、ただぼんやりと見送ることしかできなかった。








 時刻は午後3時。

 亮とみおは静まり返った廊下をとぼとぼ進み、談話室のドアに辿り着いた。

 普段ならみおの方が率先して扉を開けるが、今はどこか気後れしている様子だ。その代わりに、亮がゆっくりと開けた。

 事情が事情なだけに、いつも浮かれて入室する亮でさえ、今回は『心配』という二文字が顔に刻み込まれていたのは明白だ。


 ドアが開けられて、窓側の二人もこちらに目礼する。気まずさもあってか、亮とみおはどこかソワソワしながら二人に接近。


「お姉ちゃん……」


「……なんか、ごめんね。二人にみっともないところを見せちゃって」


「ううん、お姉ちゃんが無事ならいいよ」


「……そうか」


 そう姫が返すと、みおは彼女にひしっと抱きつく。その仕草は、慰めるためのものというより、「みおたちから離れないよね?」と問い掛けているのようにも見えた。まるで「大丈夫だよ」と返すように、ポンポンと小さな背中を擦る姫。

 その一連を、亮はただ黙って見るだけ。


 憔悴した様子ではあるが、悲壮感が消えている。

 かと言って明るくなったわけでも、憑き物が落ちたわけでもない。ただ単にこれ以上隠すのは疲れたといった感じだ。

 この様子なら、もしかしたら教えてくれるかもしれない。そう思って、亮は意を決して姫の名を呼んだ。


「私は姫のことをもっと知りたい。だから、姫の病気のことを教えてくれないか?」


 雅代(まさよ)は一切の躊躇いを見せず、「申し訳ございませんが下郎、こればかりは」と拒絶しようとするも、当の本人に「いい」と遮られた。


「お嬢様……」


「……いいの。隠すつもりはなかったし。何より、これ以上心配させたくないしね」


 姫は微苦笑と共に、椅子の背もたれに寄りかかる。発作で暴れた後だからなのか、その声はやや掠れた感じになっていた。


「……でも、まだ疲れてるから。雅代(まさよ)、代わりに説明をお願いできる?」


 雅代は唇をぎゅっと結び、「かしこまりました」と姫に一礼をし、真剣な眼差しを亮とみおの方に向ける。


「では、お話しましょう。お嬢様しかかかっていない奇病――薔薇紋病(ばらもんびょう)のことを」


 けれど、その話題を切り出した彼女の顔は、どこか苦しげだった。

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