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第2話

 自ら名乗り出るように、雅代(まさよ)の前まで移動する亮。

 突然の声に誰もが目を白黒させている中、一番早く立ち直ったのは麗夏(れいか)嬢である。笑顔が少し崩れたではあるものの、一瞬の隙を見せないように表情を保ちながら返した。


「あらやだ。同士討ちだなんてとんでもない。これは我が家特有のコミュニケーションよ。そうよね、(すみれ)お姉様?」


「うん、そうそう~」


「だから――空気の読めない外野は引っ込んでろ♪」


 少々言葉遣いが荒くなったものの、彼女は悪びれることもなく、平然とした顔で貫く。だけど、こちらも気圧されず、“いつも”のように対応する。


「なんと! この未来のビッグスターを外野扱いにするとは、嗚呼、なんて嘆かわしい! だけど、だからこそ燃えル! さあ、共に主役の座を奪い合おうじゃないカ!」


 彼のミュージカル役者を彷彿させる喋り方に、相手は困惑を隠せずにはいられなかった。『なんだこいつ頭おかしいじゃないの?』的な目で見られても、その手の攻撃は彼には無効だ。

 周囲の白い目と比べたら、これくらい、彼にとっては大したものではない。麗夏(れいか)嬢は彼に向き直り、負けじと笑みを浮かべる。


「あらぁ、もしかして聞こえなかったかしらぁ? これは華小路(はなこうじ)家に関することよ。庶民が富豪(我々)の土壇場に上がるんじゃねえぞ、と言っているのよ? それとも、それすら分からない程のおバカさんっていうことかしら、坊や?」


「いえいえ、私のことを幾ら罵っていただいても構いませんが――」


 亮は自虐的に笑い、目を伏せる。

 だけど次に頭を上げた時には、その童顔から笑顔が消えていた。


「――姫がこうして貴女方の前に立っているのは、彼女が闘病してきた尊い証。勝手に亡き者にするのは、その努力を蔑ろにするのと意味すること。取り消せ、彼女への侮辱を」


 いつもの明るい声色とは真逆の、酷く沈んだ声。

 彼の赤瞳にはとっくに笑みが消えていて、静かに怒りの炎を燃やしている。普段笑顔の彼がここまで怒りを露わにしたのは初めてで、その変化に相手の二人は勿論、雅代(まさよ)と姫までもが吃驚。


 そこで、みおが壁の後ろから身を出した。

 恐怖のあまり、目を閉じて手足が震えあがっているけど、それでも彼女は懸命に言葉を絞り出す。


「そ、そうだ! お姉ちゃんを悪く言うの、めーだ!」


 みおの声でハッとなった雅代(まさよ)は、彼女の後を続くように畳み掛ける。


「ここは華小路邸ではございません。ここは高山中央病院の中であり、そしてお嬢様はここで療養中の患者の一人に過ぎません。ですので、屋敷のピーチクパーチクをこのような公共の場に持ち込まないでいただきたい。どうか、お引き取りを」


 華小路(はなこうじ)家とは全く関係のない赤の他人(一般人)が姫を庇う。そのこと自体が非常に驚くべきことはずなのに、麗夏(れいか)嬢はただ値踏みするような目付きで、二人を眺め回すだけ。

 重い沈黙を経て、彼女が「ふーん」と鼻を鳴らした。


「お友達が増えてよかったね、一姫(かずき)。行きましょう、(すみれ)お姉様」


 二人が7階から離れたのを確認して、重荷を下ろしたようなため息が雅代(まさよ)の口から漏れた。

 それとほぼ同時に、みおは姫に抱きつく。まるで「大丈夫だよ」と慰めるように、姫が優しく小さな頭を撫でると、


「……怖がらせちゃったね。ごめんね」


 みおは「ううん」と彼女のお腹に顔を埋める。そのまま泣くかと思いきや、みおは少し手を緩めて見上げてきた。


「みおは平気だよ。だって、お姉ちゃんの方こそ、みおよりもずっと怖い思いをしてたもん。だから、これは慰めのぎゅー」


 更に腕に力が込められるのを感じながらも、みおの発言に驚く姫。これまでに幾度もみおの鋭さにドキッとさせられ、その都度感心させられてきた。

 何が思うところがあってか、姫はふと撫でる手を止めて顔を上げる。すると、清々した顔付きの亮が視界の中に入ってきた。


「いやぁー。皆さん、よくやりましたね! 初めての共闘にしては上々だ! これからも引き続き鬼退治を続きましょうぞ! フハァーハハハ!」


「失礼な人ですね。ああでも一応、お嬢様でございますよ?」


 雅代(まさよ)は「それよりも」と前置きして、姫に向き直る。


「申し訳ございません、お嬢様。ワタクシめの不注意であの者どもの侵入を許してしまいました。どうか、お赦しを」


「……いいよ。雅代(まさよ)のせいではないし。それに、勝手に転がり込んできたの、お姉様たちの方だしね」


 それを聞いて、雅代(まさよ)はホッと胸を撫で下ろした。

 先程の二人の様子から見るに、雅代(まさよ)の不在を狙って嫌がらせを仕掛けてきたと考えられる。確かに、彼女が一時傍を離れたのが遠因になったとしても、責められるいわれはない。


「て、そっちの方がよっぽど失礼ではないカ! それに、雅代(まさよ)さんの『ピーチクパーチク』、中々冴えてますよ。よっ、未来のお笑い芸人!」


「失敬な。ワタシは、いつだって真面目でございます。あれは、単に本心が漏れただけでございます」


「おっとと、本心でしたか。それなら……尚更、コンビを組もうぜ! 私たち『リョウ&マサヨ』なら、お笑い業界で天下一を取るのも夢ではないゾ!」


 雅代(まさよ)は戯言に呆れたと言わんばかりの吐息を落とし、たちまち反論する。いつもの光景だ。


「どうやら下郎の耳は耳クソ――失礼、耳垢で詰まっているのようですね。今度、妹さんに会ったらそのように提案させていただきます」


「そこは『どうかワタシに亮様のお耳掃除させてください!』って流れじゃあありませんか」

 

「あら、触りたい人に触ってもらえればいいだけの話ではございませんこと?」


「おふ、厳しィイイイ!」


 なんだかんだ言って、二人の言い合い(コント)も定番になりつつある。おかげで、どんよりとした空気がいつの間にか晴天のように一点の曇りがなくなった。

 二人を眺めているうちに姫が、自分はいつの間にかこの空気に助けられていたのだ、と気付かされた。


 死はいつ自分の元に訪れるのかは分からない。7階の死神だって例外ではない。

――だったら、生きている()のうちにちゃんと伝えなきゃ。

 その思いに突き動かされたかのように、細い唇が震えながらも開けられた。


「……みんな」


 姫の呼びかけに、三人は同時に彼女の方を振り向く。

 しかし、いざ伝えようとした途端、思いのほか恥ずかしさが彼女の胸中に押し寄せてきて、暫く「えっと、その、あの」と口ごもってしまった。


「……あ、ありがとね」


 三人は予想外のお礼に驚いた表情を浮かべつつも、すぐに満面の笑みで返した。

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