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第1話

 高台にそびえ立つ、お城のような邸宅――華小路邸(はなこうじてい)

 正門を潜り抜けても、本館の玄関までの距離はなんと2km(キロメートル)もあり、車での移動は必要不可欠。

 合計すれば、二千坪以上にも及ぶ広い敷地に複数の庭園が広がり。その中でも一番の目玉だと言われている大噴水は夜になってもライトアップされ、暗くなってもその美しさを眺めることができる。

 使用人用の別棟まで用意されており、随時約100人がそこで生活し、日々の業務に勤しむ。無論、その中には錦雅代(にしきまさよ)も含まれている。 



 華小路(はなこうじ)家の使用人になる方法は、二つ。

 人伝か、精鋭中のプロでも突破するのが極めて困難と言われている、厳しい選抜試験をクリアするか、この二択のみ。

 そして、錦雅代は後者の方だ。まさか、たかがのメイドオタクが合格できるとは彼女自身でさえ想定外だったが、だからこそ、今彼女が就いたこの職に常に誇りを持っている。

 彼女が華小路(はなこうじ)家のメイドになってから、雑務をこなすだけの日々が続いた。その中に、必ずと言ってもいいほど、決まってある絵の手入れをさせられていた。


――別に一日サボっても、埃が増えるわけでもありませんのに。

 雅代(まさよ)は内心で愚痴りつつも、絵にばたばたと羽根はたきをかける。



 華小路邸(はなこうじてい)のダイニングの真ん中に飾っていた大きな一枚絵。

 バックには一部の使用人も描かれたそれの中心に座っているのは、華小路(はなこうじ)家四代目当主、華小路一三(はなこうじいちぞう)氏その人である。

 そして、一三(いちぞう)氏に抱えられているのが、幼き日の一姫(かずき)だ。そんな一姫(かずき)の愛らしい微笑に、ウットリする雅代(まさよ)。何を隠そう、この瞬間こそが、彼女の日々の激務終わりに密かに楽しむ時でもある。

 そんなある日、雅代はいつものように、絵の中にある一姫(かずき)の微笑みを眺めると、ふとある疑問が彼女の脳裏をかすめた。

 

――色んな絵画が飾っていたのに、どうして当主様はこの一枚にだけ、ご執心なんでしょうか。毎日お手入れをしなくても良いと思いますが、お金持ちのやることは分かったようじゃありませんね。


 当時、選抜試験を合格したのは、ただ雅代一人だけ。その実力を買われて、彼女はこの絵の手入れをする、と直々当主様に命じられた。

 この命を受けた当初は、雅代自身も疑問に思ったが、一姫かずきの微笑みを目にして以来、むしろ感謝するようになった。


「まあ、それはつまり、守るべき資産の中に一姫(かずき)お嬢様の可愛らしさも含まれている、ということですね。さすがご当主様です。ご英断すぎます」


 そう結論を出してはフフフ、と埃をはたいて落とす彼女。

 後に、彼女がこの絵の重要性を知ることになるのは、更に一ヶ月後――華小路(はなこうじ)家のメイドを務めてから三ヶ月目に突入した頃のことだった。



 仕事をしていればするほど、一三(いちぞう)氏の一姫(かずき)への贔屓はいかに顕著なのかが明らかになってくる。

 食事の際に必ず彼女と同席したり、四人の姉を差し置いて、二人だけで外出したり、旅行までしたりした。おまけに、彼女たちにお嬢様学校に行かせておいて、一姫(かずき)だけが屋敷の中で英才教育を受けさせる。


 自分の息子を平然と屋敷を追い出すような冷徹な人間が、孫の可愛らしさに虜になり、溺愛していた。そのせいで、一姫(かずき)は他の姉たちに毛嫌いされていたが、当の本人がその理由を知らなかった。

 とは言っても、彼女が姉たちと一緒にいる機会は滅多になかったため、当時の彼女も気に留めもしなかったが。


 同じ屋根の下で住んでいるのに、どうして一緒にいる機会が少ないかと聞かれると、使用人たちもその一役を買っていたからである。

 『もし一姫が他の姉たちと話しかけるようであれば、さり気なく彼女を引き離す』という命を仰せつかっていた。無論、下したのは、他でもない祖父の一三(いちぞう)氏である。


 一三(いちぞう)氏は外部の人間にも、身内にも厳しい人間だ。

 そんな彼がここまで一姫(かずき)に入れ込んでいたのは、きっと彼女を華小路(はなこうじ)家次期当主として見据えているからに違いない。

 この見解は、ある使用人がこれまでの一三(いちぞう)氏の言動を分析して出したものであり、それが驚くべき速さで使用人たちの間に広まった。雅代(まさよ)自身もその考えが妥当だと認め、必然的にそうなるであろうと思った。

 だけど、それがうっかりと姉の一人の耳に入ってしまった。それからだった。彼女たちが一姫(かずき)を無視するようになったのは。

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