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【病院編完結】私と踊っていただけませんか、7階の死神さん(マドモアゼル)?  作者: 才式レイ
第2章 Smile for me―――家族、襲来
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第4話

「ああもう、兄さんを連れ戻すのを忘れたとか、あたしのバカバカ」


 周囲に目を光らせながら、早足で廊下を進む梨衣(りえ)

 問題児である亮を回収するのが目的だったはずなのに、それをすっかり忘れてしまったようだ。しかし、彼女がじきに思い悩まなくて済むのは、次に角を曲がった瞬間だった。


 視線の先には間違いなく、愚兄の談笑している姿があったが。問題なのは、お連れの方だ。相手も楽しそうに話しているけど、逆に無垢な瞳が彼の甘言に付け込まれていないかが心配になってくる。


――こ、子供!? え、人様のお子さんにまでナンパするなんて、何を考えてるんですか兄さん!

 早く懲らしめないと、という思考に駆られた彼女は、二人の方に急接近する。一方で、二度も狙われて事前に殺気を察知して、ガバッと振り向く亮。


――クックック。やはり姿を現したのですね、我が妹マイ・ディア・シスター

 自分の予想が当たって、どこかほくそ笑む気分でいる亮。

 

――しかし、自分の兄にこれほどまでの殺気を放つとは。やれやれ、どうやら今回も親愛なる妹マイ・ラブリー・シスターパンチ()を受け止めなければならない時が来たようだ。


 危機的な状況に陥ったとしても、余裕の態度を崩すこともなく、笑顔で立ち向かう亮。

 彼にとって、これはまさしく、絶体絶命なシチュエーションだと言えよう。

 もし梨衣のパンチを再び喰らったら、怪我が酷くなる可能性だってあるし、最悪入院期間延長の可能性だってある。


 確かに、こちらは車椅子の身で、相手は唯一の家族にも平気で鉄拳制裁を喰らわすような人間だ。

 けれど、男なら一度こういったシチュエーションに憧れる生き物である。自分が不利な状況にいればいるほど、敵を打ち勝つ時の愉悦は計り知れないと知ったからだ。

――面白い。やってやろうじゃないか……!

 顔を上げて、敵の突進を見据える亮。久しぶりに身体中に滾る血を感じ、興奮が最高値に達したその時、


「どうしたの、お兄ちゃん?」 


 どこか危機感の欠如した呑気な声で、みおの存在を思い出した。まずい、一刻も早く無関係者を避難させなければ。そう思った亮は、咄嗟に彼女を庇ってこう叫んだ。


「お兄ちゃん、悪い連中に命狙われてるんだ。だから、みおちゃん。早く安全な場所に避難するんだ! 私のことは構わな――」


「うん、分かった! ちょっと隠れてくるねぇ~」


「みおちゃん、辛辣にも程があるヨ……」


 何がの遊びと勘違いしたみおの思わぬ手の平返しに遭い、よよよと嘘泣きをする亮。だけど、梨衣(てき)が確実に迫ってくるこの緊迫した状況の中で、もうふざけている場合ではないと判断したんだろう。

 彼が顔を上げた時には、珍しく赤い眼が真剣な光を宿している。一度、気を落ち着かせるために深呼吸をして、パッと両腕を大きく広げた――!


「さあ、来い! 我が愛しき妹、梨衣(りえ)ヨ! 貴女の愛を受け止める準備はいつでもできてるからネ! 恥ずかしがらなくてもいいヨ!」


 大声で叫んだ焚き付けは、周りの注意を集めるのに時間も掛からなかった。しかも、とびっきりのいいスマイルで。

 傍から見れば、これは闘牛と何の変りもないだろう。これは宥めるでもなんでもなく、ただの煽りに過ぎないのだ。


 亮が放ったその一言は、まるで彼女こそが自分の妹であることを、大っぴらに宣伝するみたいなもの。昔から実の兄にこういった嫌がらせをされてきた人間からしてみれば、これはある種の公開処刑を意味するものだ。


「~~~~〜〜」


 恥ずかしさと怒りが梨衣(りえ)の心中に渦巻く。

 肩を震わせながら目元に涙を滲ませ、徐々に足を速め、拳を振り上げ。今まで積み上げていた苛立ちを全て亮にぶつける――!


「この、バカ兄さぁぁぁぁーーん!!」


「グホォォォッッ」


 またしても彼の顔面に容赦ない一撃を放ち、車椅子ごとぶっ飛ばした。亮の身体が宙に放物線を描いて、奥にある鉢植えの前へと落下。

 その瞬間に立てた大きな音で梨衣(りえ)がハッと我に返り、恐る恐る周囲を見回す。誰もがひそひそ話をしている中で、一人の患者が彼女のことをこう呼び始めるようになった。


「鉄拳の梨衣(りえ)だ……」


 次第にそれが波紋のように、目撃者の間に広がっていく。彼女の顔は見る見るうちに紅潮して、細身がぷるぷると震えている。

 まさか場所が違っても村での仇名が付いてくるのは、予想外といった様子。やがて周りの視線に耐えられなくなった梨衣(りえ)は、


「お、お家に帰りますぅぅぅぅ!」


 堰を切ったように大声を出して、脱兎の如く逃げた。そこで哄笑が起きたが、亮の身を案じるのはただ一人だけ。


「お兄ちゃん大丈夫ぅ~?」


 口ではそう尋ねているものの、つんつんと彼の頬を突くみお。亮は最後の気力を振り絞って、なんとか身体を起こそうとしたが、


「い、いいパンチだったぜ……ガクッ」


 力なく地面に倒れ込んだ。

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