第八話 砲閃火
明かりの消えた生物室。その闇の中から漂う香りに、思わず鼻を摘んだ。
異臭――その言葉が似合う程の悪臭に表情を歪めると、闇の中に何かが一瞬光った。それが何か分からないが、目を凝らすと生物室でウネウネと動くものが僅かに見える。
気色悪い動きをするそれを見据えていると、戸を開いた雪国さんが生物室に右足を踏み込む。この異臭の中表情も変えずに。
「臭くないの?」
「臭いわよ」
「――だよね」
苦笑して見せるが、相変わらず雪国さんの表情は変わらない。流石、封術師――、
「うーっ。クサッ!」
そう思った矢先に飛び出した言葉は、いつの間にか横にいた水守先生だった。神出鬼没とは、まさにこの事だろう。驚いていると、水守先生が無邪気な笑みを浮かべ、
「凄いよね。愛ちゃんて。あれぞ、封術師の鏡だよね」
「……あの、師匠……なんだよね?」
「うん。師匠だよ。どうして?」
不思議そうに首を傾げる。言いたい事は色々あったが、何を言っても無駄そうだったので、何も言わず雪国さんの背中を見据えた。
真顔の雪国さんは、生物室の中にうごめく何かを見据えたまま動かない。この悪臭の中微動だにしないのは凄いが、本当に水守先生が師匠なのかと疑いたくなる。
そんな疑いを向けられているとは知らず、ニコニコと笑みを浮かべる水守先生。本当に子供の様に無邪気だ。そんな無邪気な水守先生に、雪国さんが静かに告げる。
「砲閃火。植物系の鬼獣で属性は火。名前は『鳳仙花』から来てると思われます」
「大変良く出来ました……て、言いたい所だけど、その名の意味と能力まで答えてほしいかな?」
ダメ出しをする水守先生に対し、「すいません」と素直に頭を下げる雪国さん。その雪国さんに代わり、何やら楽しげにクルッと一回転した水守先生が、こちらに目を向け、丁寧に説明する。
「愛ちゃんに説明して貰ったけど、もう一度説明するね? 今、生物室にいる鬼獣は砲閃火って、言う火属性の低級植物系の鬼獣なのね。低級と言っても、それなりの力はあるから、油断は出来ないけど。エヘへ」
照れた様な笑いを一旦入れ、説明を中断する。その行動に何の意味があったかわからないが、もう一度「エヘへ」と笑ってから説明を続行した。
「その名は鳳仙花から来ていて、名前の意味は砲撃する閃光。言い直せば、火の閃光を砲撃する。遠距離型って所かな。こう言う植物系の能力は増殖。だから、早い内に手を打たないと大変な事になっちゃうわけだよ」
胸を張り自信満々に説明を終えた水守先生に、一つの疑問をぶつける。
「それで、手は打ったんですか?」
「ふへぇ? どうして、そんな事聞くのかな?」
「今、説明したでしょ。早い内に手を打たないと大変な事になるって」
その言葉に水守先生が僅かに首を傾げ、ゆっくりと雪国さんの方へと目を向ける。二人が視線を合わせると、雪国さんの方が首を左右に振った。二人の間に起こったアイコンタクトは容易に想像出来た。
『手は打ったよね?』
『いえ、私は何も』
多分、こんな短いやり取りだろう。一瞬だけ水守先生の表情が引き攣ったのを見た気がする。
僅かな沈黙の後、「こほん」と咳払いをして見せた水守先生は、いつもの様に無邪気な笑顔を見せ、
「うん。大丈夫。大丈夫だよ」
「……手は打ってなかったんですね」
「でも、大丈夫。愛ちゃん優秀だから」
笑顔でそう言う水守先生が、雪国さんの方へと目を向ける。それと同時に、校庭で悲鳴が上がった。
「キャァァァァァッ」
「な、何だこれ!」
「に、逃げろ!」
生徒達の声に、水守先生の笑顔が引き攣る。どうやら手遅れだった様だ。窓の外に目をやれば、増殖したと思われる奇妙な花が二・三うごめく。逃げ纏う生徒達の悲鳴が、更に人を集める。
唖然としていると、その横で水守先生も呆れた様に小さなため息を零した。これが、水守先生の言っていた大変な事なのだろう。
しかし、なんなのだろう、この植物は。成長が速過ぎるし、大きい。これが、鬼獣。見るのは多分初めてだと思う。こんな化物の存在を今まで知らなかったなんて――そう考えるとゾッとする。
(恐いのか?)
キルゲルの問い掛けに、素直に答える。
「当然だろ」
それが当然の答えだ。あんな化物を見て恐怖を覚えない、と言う方がおかしい。鼓動が激しくなる中、キルゲルが静かに言う。
(我に代われ。さすれば、被害を最小に抑えてやる)
「……本当に、最小限に抑えられるのか?」
(約束しよう。最小限に抑える)
「……分かった」
頷くと同時に体から力が抜け、右手に刀の様な剣が現れる。僅かに感じる感覚。それは、以前は感じなかったモノだった。
(感覚が――)
「今回は無理矢理出てきたわけじゃないからな」
「あーっ! 私の晃から出てけ!」
突然そう叫んだ水守先生を無視して、キルゲルは体の感覚を確かめる様に屈伸運動をする。キルゲルに無視された水守先生は、雪国さんに泣きついたのか、くぐもった声が聞こえた。
「うーっ! 私の晃が〜」
「し、師匠……」
(キルゲル……フォローしていけよ)
「断る。我は敵を倒すのみ」
そう告げると、キルゲルは窓枠に足を掛け、不敵な笑みを浮かべる。静かに剣を肩に掛け、ゆっくりと砲閃火の位置を確認する。その視線の先は確りと僕も確認できた。僅かに二度頷き、キルゲルが静かに右足に体重をかける。
(おいおい……落ちるなよ)
「馬鹿を言え。ここから、飛び降りないでどうやって下に行くつもりだ」
(階段使えよ)
そう反論した瞬間、キルゲルが窓枠を蹴り、体を宙へと投げ出した。
(うおい! ちょ、チョット待て! ここ、三階――)
「その程度の高さから落ちて死ぬか」
(いや、死ぬ! 死ぬよぉぉぉぉっ!)
叫び声を無視して、キルゲルが地上へと降りた。着地と同時に両足の衝撃が走り、強烈な痺れが全身を伝う。
(う〜っ!)
「いちいちうるさい奴だ」
言葉にならない声を上げる僕に、キルゲルが落ち着いた口調でそう述べた。
両足に残る痺れを気にせず、キルゲルは走り出す。校庭に咲く鮮やかな赤い鳳仙花。大きさは二メートル前後と言った所だろう。不気味にツルを動かす以外は特に変わった様子は無い。
(本当に、あれが有害なのか?)
「さぁな。それは、自分の目で確かめろ」
(自分の目って……それすら、自由に使えないんだけど……)
「なら、黙ってみてろ」
何とも自分勝手な意見だが、渋々黙る事にした。逃げ惑う生徒の合間を素早く逆走するが、全くぶつかる気配は無い。と、言うか生徒達は、僕の存在に気付いていないのだろうか? まぁ、今は細かい事は気にしないで置こう。
視線の先に一体目の砲閃火。こちらの接近には気付いていないのか、全く動こうとしない。本当に危険なモノなのだろうか?
そんな考えと裏腹に、口元に笑みを浮かべたキルゲルは、右手に握った刃を一閃する。
「まずは、一体目だ!」
手応えは軽いが刃は砲閃火の茎を裂き、緑の樹液を吹き上がらせる。あまりの手応えの無さに、足を止め「ククククッ」と小さく笑う。だが、その瞬間、鳳仙花の実が赤く光り、破裂音を轟かせ爆ぜた。
今年の更新は多分最後になると思います。
現在、引越しをしたため、インターネットが使えない状況にある為、執筆が出来ない状態にあります。
来年にはインターネットも使える様になると思いますので、来年もよろしく願いします♪




