第七話 昼休み
午前の授業が終わり、教室はやけに静かだった。
半分以上の生徒が食堂、または購買所に向ったからだろう。教室に残ったのは弁当を持参している人と、寝ている人位だ。ちなみに僕は前者に当たる。もちろん、弁当を作ったのは美空なのだが……。
背筋を伸ばし「んんーっ」と声を上げる。流石に静かに教室にその声は響き、何人かの視線がこちらを見た。その視線を無視し、カバンから弁当を取り出す。それに遅れて、前の席に加賀博人が腰掛けた。右手に持った紙袋を乱暴に、僕の机へと置くと、周囲を窺う様に見回す。
とりあえず、一部始終を見届け弁当へと手を伸ばすと、博人がボソリと呟く。
「加奈ちゃんは何処だ?」
「知らん」
「俺の加奈ちゃんは――」
「博人。ストーカーにだけはなるなよ」
「今日こそお昼を一緒に――」
「いただきます」
「そう……今日こそ一緒にいただきます」
何と無く変な意味に聞こえたのは、僕だけじゃないだろう。教室に残っていた女子生徒達のコソコソ話と、視線が明らかに博人の方へと向けられている。これは関わり合ってはいけないと直感で判断し、無言のまま弁当を食べ進めた。
すると、沈黙に耐え切れなかったのか、周囲の女子の冷たい視線に耐え切れなかったのか、博人が乱暴な声を上げた。
「――て、何でだよ! そこ突っ込む所じゃねぇの? てか、見んな! このブス共が!」
「誰がブスよ!」
「あんたこそゴリラみたいな顔してるくせに!」
「そうよ! この不細工ゴリラ!」
教室に残った女子生徒全員を敵にまわす博人だが、全く退く事無く更なる暴言を吐く。
「うっせぇ! お前等みたいに男を顔で判断する奴に、俺の魅力はわかんねぇよ」
女を顔で判断する博人が、そんな言葉を並べた所で、何の説得力も無い。その為、女子生徒達からの反論は凄まじく、数分後には博人の方が屈服していた。完全に跪き両手を床に付くその姿は、情けなく見えて仕方ない。
無言で弁当を食べ進めていると、軽い足取りと共に鼻歌を交えながら吉井が教室へと現れた。
「フンフ、フ〜ン。桜嵐、もうお昼食べた?」
やけに上機嫌な吉井の声にいち早く反応を示したのは、
「加奈ちゃぁぁぁん! 待ってたよ!」
不細工ゴリラこと博人だった。即座に席を立ちコッチに向って来る吉井の方へと駆け出す博人だが、それを無視するかの様に素通りした吉井が、僕の前の席に腰を据える。肩口まで伸ばした外ばねした髪を右手で耳の後ろへと流し、いつもよりも愛くるしい笑みがこちらに向く。一方で、石化した様に動かなくなった博人。何とも哀れな姿だった。
「今日も、美空ちゃんの手作り?」
「まぁ、台所は美空のテリトリーだから」
「美空ちゃん、大雑把そうに見えるのに……今度、教えてもらおうかな?」
そう呟く吉井に、多少苦笑しながら、
「やめた方が良いよ。美空は人に教えるのは無理だから」
美空が人に教えるのが無理、と言うのは美空が大雑把だからだ。その為、美空の作る料理は毎回味が異なる。異なると言っても、薄くなったり濃くなったりする程度で、味自体がまずくなると言う事は無い。どうも同じ味の濃さをキープするのは苦手で、とてもじゃないが人に料理を教えられるタイプではない。
だから、そう答えたのだが、吉井は二度首を振り、
「ううん。大丈夫。美空ちゃん、ああ見えて、面倒見良いから」
ニコヤカな笑みを浮かべる。また、面倒見が良いのは認めるけど、それとこれとは別問題だ。だが、今の吉井に何を言っても無駄だろう。目は輝いているし、鼻歌が先程よりも上機嫌だ。
何だかんだ騒がしい中で、静かに弁当を完食すると、頭の中にキルゲルの声が聞こえた。
(騒がしい学校だな)
(そうだな。でもまぁ、賑やかな方が楽しいだろ?)
(さぁな。我には理解出来ぬな)
(そうかい……で、何か用があるんじゃないのか?)
そう問いかけると、キルゲルが小さく息を吐くのが聞こえた。一心同体なわけだから、その態度は筒抜けなのだが、本人はいたって気にした様子は無く、静かに答える。
(さっきから、奇妙な気配を感じる)
(奇妙な気配?)
「桜嵐さん。ちょっと良い?」
突然、背後から聞こえた声に周囲が静まり返る。先程までの騒がしさが嘘の様だ。皆の視線が僕の後ろに立つ人物へと集まっている。とても嫌な予感がするし、さっきの声には聞き覚えがあった為、聞こえないフリをして無視する事にした。
「あの、桜嵐さん?」
「……」
「聞こえてる?」
「……」
視線を廊下の向こう側へ――所謂、窓の外へと向ける。ここは、物思いにふける様な遠い目を――と、思った矢先、キルゲルが問う。不思議そうな声で。
(貴様の事を呼んでいる様だが、何故無視するんだ?)
(今は……ソッとしておいてくれ……)
「桜嵐――」
「桜嵐晃! もう我慢できネェ! 何で、お前みたいな不細工が! 俺は、俺は――」
騒然となる教室。と、言うか、博人には悪いが、お前に不細工と言われたく無い。色々と言いたい事があったが、僕が言うより先に周りの女子達が一斉に博人に突っ込んでいた。
「お前の方が不細工だ」
とか、
「その顔で人を悪く言うな」
とか。仕舞いには、
「冗談は顔だけにしろよ」
とも言われていた。何だか博人が可哀想だが、中学の時から変わらないこの扱いは、何だか懐かしく感じる。が、そんな事を思っている余裕は無く、博人が雄叫びを上げてこちらに向って来る。
「うおおおおおっ! 俺の魂の一撃を――」
(どうするつもりだ?)
「もちろん――」
「へっ?」
驚いた声を上げたのは、前の席に座る吉井。席を立つと同時に、そんな吉井と目が合う。驚き目を丸くする吉井に、笑みを見せると、
(女に笑っている暇があるのか?)
「分かってるよ。ごめん。今度、ゆっくり一緒にお昼食べよう」
それだけ告げ、右足を窓枠へと掛け、そのまま窓を越えて廊下へと出る。窓越え……行儀が悪いが、そこは緊急事態と言う事で、大目に見てほしい所だ。
廊下に飛び出してすぐ聞こえたのは、博人の叫び声だった。奇声だった為何を言ったのかは聞き取れなかったが、その場に居るのは危険だと本能が告げ、僕はその場を足早に去った。
暫く走った後、行く当ても無い為、ブラブラと廊下を歩いていた。屋上――は、立入禁止。中庭は目立つし、校舎裏はあまり近寄りたくない。静かに吐息を吐くと、自然と足が止まった。
(ほぉ〜っ……貴様が、気配を探れるとは知らなかったな)
「はぁ? 何言ってるんだ?」
「それは、コッチの台詞なんだけど」
「――!」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこに眉間にシワを寄せた雪国さんが立っていた。何やらご立腹の様で、殺気だって見えるのは気のせいだろうか?
(いや。気のせいじゃないだろ)
と、問いに親切に答えてくれるキルゲル。ありがとう。キミは本当に親切だよ。
(そりゃ、呼びかけたのに無視して逃げれば、誰だって怒るだろうな)
分かっているさ。そんな事。分かっていて逃げ出したんだから。
そんな怒りの見え隠れする雪国さんを尻目に、現実から逃げる様にキルゲルに問いかける。
(それで、ここに何かあるのか? ただの生物室だけど……)
(ただの……か。貴様は、無意識でここに来たのか?)
(そうだね。ただフラフラって……)
(そうか……。どうやら、貴様は嗅覚に優れているようだ)
犬じゃないんだから。そう言うおうとしたが、止めた。異様な空気と嫌な匂いが漂ってきたからだ。何と無く嫌な予感が脳裏を過り、それと同時に雪国が生物室の戸を開いた。
どうも。崎浜秀です。
更新が遅れてしまった事を、まず謝りたいと思います。
すいませんでした。
どれだけの方が楽しみにしてるかは、分かりませんが、これから更新頑張っていきたいと思います。
よろしくお願いします。




