第六十七話 ありがとう
光の柱が漆黒の膜を貫いた。
膨張していた漆黒の膜は、光の柱に貫かれると何事も無かった様に粒子となり消滅し、光の柱もそれと一緒に消えていった。光が消えると、周囲を静寂が包み込んだ。何も聞こえず、誰一人言葉を発しない数秒の時が長く感じる。
やがて、膜の外に待機していた組織のメンバーの声が町中から木霊するのが聞こえた。その声が聞こえると、その場の時がようやく動き出す。
横たわる晃の姿。真っ先にそれが視界へと入り込んだ。その手からはキルゲルの姿は消えていた。キルゲルを元の鞘へと納める事に成功したのだと理解すると同時に、晃の死をも理解した。心臓の代わりをしていたキルゲルを失ったのだから、当然だろう。
思わず、涙が出そうになった。でも、それを堪え、深く息を吐いた。心を静め見据える。今そこにある現実を。
「クッ……馬鹿な事を……戻れ! 雷轟鬼。爆龍。嵐蝶」
久遠の声が聞こえ、その場に居た久遠の召喚した鬼獣が消えた。誰もがその光景を見据える事しか出来ずに居た。五大鬼獣の面々も、この場に居た封術師も、ガーディアンも。もう戦うだけの力を残してはいなかった。
そして、久遠は飛び立った。背中に翼を広げて。誰もそれを追わず、誰もそんな彼に追い討ちを掛けたりはしない。もう、この戦いに何の意味も無いと知っていたから。
傷つきひれ伏す五大鬼獣の火猿、燃土、風童。何とかその場に立ちつくすのは狼電。呼吸を乱し、その美しい毛を赤く染めながらも、何とかその場に立ってる様だった。一方で、水嬌は傷一つ無く、相変わらずの無表情でそんな四体の鬼獣を見据えていた。
「ふぅ……五大鬼獣と呼ばれる私達がこのザマとは……」
「うぐっ……」
水嬌の声に血に塗れた火猿がその手を僅かに動かす。
「悪い……」
「はぁ……。では、行きますよ」
「すまんのぅ……」
水嬌に対し、静かな口調で燃土が答える。水嬌はゆっくりと顔を狼電の方へと向けた。二人は知り合いの様だが、五大鬼獣と低級鬼獣である狼電が知り合いだと言う事が未だに信じられない。
そんな水嬌の視線に気付いたのか、狼電は重々しく足を引き摺りながら水嬌の方へと顔を向ける。
「私はいい。ここに残る」
「そう。でも――」
「いいから行け。時期、ここに多くの封術師とガーディアンが来るぞ」
水嬌の声を遮る狼電の声に、水嬌は僅かに眉間にシワを寄せ、その視線が私の方に向けられた。視線が僅かに交わる。でも、何かを言うわけでも無く、彼女は唇を僅かに緩め背を向けた。
「では、行きますよ」
と、彼女が告げると、五大鬼獣の火猿、燃土、風童の肉体を水の膜が覆った。時期に、その膜が光を屈折させ、三体の鬼獣の姿を隠し水嬌も足元からゆっくりとその姿を消していった。
程なくして、組織の面々がその場に現れる。鬼獣の残骸を回収する者。傷つき倒れる人を治療する者。様々な動きをしていた。不意に周囲を見回す。そこにあったはずの晃の姿がなくなっていたからだ。多分、回収されたのだろうが、誰がいつ回収したのだろう。と、そんな事を考えたが、すぐに考えるのをやめた。あまりの疲労に、思考が働かなかった。
暫し、ボンヤリとしていた。いつの間にか、空は夕陽に染まっていた。ぼんやりと空を見上げる。これから、どうすればいいのか、どうしたらいいのか考えていると、視界に影が掛かる。
「何?」
目の前に立つ水島彩に対し、ぶっきら棒に言い放つと、「彼の事――」と晃の事を口にしようとした彼女に、私はすぐに言い返す。
「別に、アイツとはそういう関係じゃない。単なるパートナーでしかないから」
と。否定的に言ってみたもののその言葉と反面に私は失ったモノの大きさに、心は沈みそれを隠す事はできなかったらしい。
「でも……何だか、寂しそう」
と、彼女に言われてその事に気付く。自分の感情を隠すのは得意だったはずなのに、と思わず笑みを浮かべてしまうと、彼女は「ごめん」と小声で謝った。
別に彼女が悪いわけではないと、軽く首を振り、自分の感情を押し殺し静かに答える。
「言っただろ。アイツは単なるパートナー。そんな関係じゃない。アイツがどうなろうと、私には関係ない。ただ……」
言葉を続けようとすると、涙が溢れそうになった。咄嗟に鼻を啜り、唾を飲み込む。拳を硬く握り、細く長い息を吐き顔を上げた。彩の顔を見据えると、彼女の目が潤み今にも涙が零れそうになっていた。
そんな彼女の姿がおかしくなり、思わず笑う。
「クスッ……なんで、あんたが泣いてんだよ。あんた、アイツの事知らないだろ?」
「な、泣いてなんかない。ただ、少し悲しくなっただけ」
と、彼女は潤んだ目を右手で拭い、鼻を啜った。想像したのだろう。彼女のパートナーである火野守がもし、晃と同じ事になったらと。アイツと晃は何処か似通った所がある。態度や口調、性格は違うが、同じ考え方を持っていると、私は思った。
だから、素直に彼女に言う。
「ふ〜ん。もし、自分のパートナーがそうなったら……なんて、考えたのか? まぁ、あんたのパートナーも、アイツと似た所あるからな」
と。けど、彼女は顔を真っ赤にすると、
「べ、別に、そんな事考えてないわ! ちょ、ちょっと目にゴミ…が……」
と、否定の言葉を告げる途中で言葉を呑む。私の顔をジッと見つめて。
押し殺していた感情が、思わず表情に出てしまったのだろう。晃と言うパートナーを失った悲しみが、思わず……。
それでも、無理に笑顔を作って見せる。彼女を安心させる為に。それでも、沈黙が続き、私は静かに口を開く。
「あんたも……大変よね」
と、静かに淡々と。彼女は「へっ?」と間の抜けた声を上げ、私はそんな彼女に更に言葉を続ける。
「ああ言う連中は、残された人の気持ちとか考えないから……」
「やっぱり……」
「違うわよ」
私の言葉に一層悲しげな表情を浮かべた彩に、首を振りながらそう答える。私は知っているから。晃の帰りを待っている人の存在を。だから、彼女の事を考えると自然とため息が零れた。
「アイツの事……好きだった奴が居るのよ」
「へぇーっ」
意味ありげな視線を送る彩に、「もちろん、私じゃないから」と付け加える。そんな私の言葉に照れ笑いを浮かべる彩は「違うの?」と呟き、私はその問いに対し、「違うわよ」とドスを聞かせて答えた。
「まぁ、私も嫌いではなかったわ。パートナーとしては、結構頼りになったから。でもね……彼女はアイツの事をずっと思い続けていたから、きっとショックを受けると思う。家族も悲しむ……特に妹さん達は――」
彼の妹である美空と優海。きっと彼女達は泣くだろう。そして、こんな戦いに巻き込んだ私を怨むだろう。晃が選んだ道……そう言えば聞こえが良いかも知れないが、結局、私が彼を巻き込んでしまったのだ。彼のサポートアームズであるキルゲルを目覚めさせてしまった事によって。
そんな事を考えていると、彩の悲しげな表情が不意に目に入った。感情的で喜怒哀楽の激しい彩。私とは違うそんな彼女の姿が、何処か師である水守さんとダブって見えた。きっと水守さんと一緒で、明るく真っ直ぐな娘なのだと、思う。だから、私は彼女を安心させる為にまた笑顔を作る。
「私は……平気だからさ。あんたは、あんたのパートナーの所に行ってやんな。きっと、色々と凹んでると思うからさ」
私の言葉に「……ごめん。色々……」と、小声で言う彩に、
「良いって。私の方こそ、ごめん。色々、気ぃ使わせて」
と、笑顔で答える。そんな私に彼女は軽く頭を下げ、走りだした。きっと彼の所に行くのだろう。
私はそんな彼女の背中に向かって呟く。
「ありがとう」
と。