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第六十六話 終幕の時

 力なく空を見上げる。

 深く息を吸いゆっくりと吐く。何度もその動作を繰り返す。

 その時、衝撃が黒い膜へと広がる。誰かがあの膜を破壊しようとしているんだろう。波紋が広がりやがて不規則に形を変える。耳障りな甲高い音が響く。


『誰だか知らんが余計な事を……』


 ボソリとキルゲルが呟く。どう言う意味なのかは聞かなかった。何となく分かる気がする。この膜を破壊するとどうなるのか。だから、何も言わずただ息を整える事だけを考えた。

 静かなその一帯に、久遠の笑い声が響き渡った。その笑い声に視線を向けると、久遠は静かに肩を揺らす。


「この膜が破られた時、全てが終わる。全てが――」

『終わるのはテメェだ』


 久遠が言い終える前にキルゲルがそう叫んだ。それに続く様に火野守のサポートアームズであるフロードスクウェアが叫ぶ。


『お前が何を目的とし、何を起こそうとしているのか知らないが、これ以上この町で好き勝手をさせるわけがないだろ』


 フロードスクウェアの言葉に、久遠の目付きが変わり、空気が一変する。


「自分の状況も分からないで、喚くな。役立たず共が」


 明らかに変わった久遠の雰囲気に瞬時にキルゲルを構え直し、左手で胸倉を握った。突如放たれた久遠の殺気に、胸が苦しくなったのだ。それでも、キルゲルの切っ先を久遠の方に向けた。締め付ける様なその圧迫感に表情を歪める。


(大丈夫か?)

(何とか……)

(あと少しの辛抱だ)

(ああ……)


 心配するキルゲルの為に無理に笑みを作った。

 その時、狂った様な久遠の笑い声が響き渡る。そして、左腕をスッと伸ばす。


「やれ。雷轟鬼。こいつ等を潰して、鍵を奪え!」

「承知。我、屈辱を晴らす」


 久遠の言葉に、倒れていた雷轟鬼がゆっくりと立ち上がり、コッチに鋭い視線を向ける。怒りと憎悪の篭ったその視線に、表情は引きつる。流石に今、アイツとやりあう程体力は残っていなかった。

 やはり、蹴られた事が相当頭に来たのだろう。明らかな殺意をコチラに向けていた。そして、ゆっくりと右足が踏み出されると、唐突に久遠が叫ぶ。


「雷轟鬼! 左だ!」


 その言葉で雷轟鬼が左を向くと、そこに守が突っ込んでいた。完全に相手にしていなかった守の奇襲に反応が僅かに遅れる。無音で振り出される刃が身を退く雷轟鬼の首筋を掠めた。皮膚が裂け血が飛び散る。

 後方によろめく雷轟鬼に対し、前のめりになる守。大きく重いあの剣を振り抜いたばかりの守は明らかに無防備な形になっていた。雷轟鬼もそこを見逃さず、左拳を素早く突き出す。

 刹那、守の手から光りの粒子が散り、それとほぼ同時にまたその手にフロードスクウェアが具現化される。刃を雷轟鬼の拳へと向けた形で。


「ぐっ!」


 僅かに声を漏らす雷轟鬼。その拳に減り込むフロードスクウェアの刃。鮮血が散り、雷轟鬼の表情が歪む。具現化したフロードスクウェアが光りの粒子となり消滅し、守が雷轟鬼から距離を取った。肩で息をする守の背中を見据え、確信する。

 彼なら、彼になら、皆川さんを任せておける。だから、覚悟を決めた。キルゲルを逆手に持ち替え、振り上げる。狙うのは、足元へと寝かせた皆川さんの心臓。コレを突き立てれば、全てが終わる。


「キルゲル……後は任せる。今まで……本当にありがとう」


 静かに告げ、瞼を閉じる。聞こえる。風の音が。足音が。刃が振り抜かれる音が。そして、聞きなれない女性の声が守へと告げる。


「守! 奈菜ちゃんが!」


 その声に瞼を開くと、守と視線が合う。その一瞬の出来事だった。雷轟鬼が踏み込み、フロードスクウェアが叫ぶ。


『守! 避けろ!』


 だが、彼の耳には届いていなかった。反応できず、雷轟鬼の左拳が彼の腹を抉る。骨が軋む音が痛々しく響き、彼の体はくの字に曲がり吹き飛ぶ。地面を転がる彼の姿を見据える。

 そんな中、雷轟鬼の遠吠えが大気を揺らす。その声にこの街を包む黒い膜が激しく揺れる。


「うぐっ……」

(そろそろ、準備が出来るぞ)

「ああ……」


 キルゲルの静かな声にそう答え、ジッと守を見据えた。

 刹那だった。唐突に訪れた静寂。木霊していた雷轟鬼の声が止み、それと同時にキルゲルの声が響く。


『晃!』


 いや、キルゲルだけじゃない。その場に居た全ての者のサポートアームズがその主の名を叫んだ。それは、危険を告げる声だったが、その言葉に反応する前に事は起きる。

 街を包む膜に亀裂が走り、風が一気に流れ込む。外から入り込む風により、膜は膨張する様に徐々に大きく広がっていく。コレが破裂した時、この街は吹き飛ぶ。そう言う事なのだろう。

 その時だった。


「誰かが、やら、なきゃ……行けない事、だから」


 僅かに耳に届く。守の声。それに遅れて、


『お前、死ぬぞ。これ以上は無理だ!』


 と、フロードスクウェアの声が聞こえた。直後、「それでも――」と言う彼の声を遮る様に僕は口を開いていた。


「キミは、簡単に命を捨てられるんだね」


 と。自分の事は棚に上げて、と自分でも思う。今の僕も、きっと彼と同じ用な事をしているのかも知れない。簡単に命を捨てようとしているのかもしれない。それでも、考えに考えた末の結果だ。生きたくても生きると言う選択肢が選べなかったから、更に怒りがあった。

 強い眼差しを向け、更に口を開く。


「キミは随分と周りから信頼されているみたいだけど、キミは何とも思わないのか?」

「……」


 彼は何も言わない。彼の気持ちは分かっていた。それでも、告げる。彼には皆川さんを、彼女の中にある強大な力を守ってもらいたかったから。命を無駄にはして欲しくなかったから。


「返答しないと言う事は、何とも思ってないと見る。キミは自分の死がどう周りに影響するか、考えた事は無いのか?」


 強い口調で言うと、彼は俯く。そんな彼に代わり、彼のサポートアームズであるフロードスクウェアが声を上げる。


『何が言いたい! ハッキリ言いやがれ!』


 怒鳴るフロードスクウェアに、落ち着き冷静さを保ちながら言い放つ。


「今、キミがやろうとしている事は無意味だ。無駄に命を捨てる事になるだけだ」

「なら……キミが、やろうと、している事は……意味が、ある……のか?」


 思わぬ反論を述べる守に対し、静かに答える。


「そうだね……。少なくともキミのしようとしている事よりは、意味のある事だよ」

『その娘の命を絶つ事が……か?』


 フロードスクウェアの静かな声に、表情が歪む。でも、こうするしか方法がないのだ。だから、僕は――


「それじゃあ、試してみようか」


 と、告げ、その手に握り締めたキルゲルを、皆川さんの胸へと突き立てた。


「止めろ!」


 と、守の声が聞こえた気がする。だが、すぐに意識は霞む。突き立てたキルゲルから眩い光りが溢れ、その光りが一瞬で消える。いや、光りが消えたわけではなく、僕の意識が失われた。キルゲルを失った代償として、僕自身の命が失われたのだ。

 暗闇の中で僅かな光りを見た。眩く明るい光りを――

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