第六十四話 コンビプレイ
轟音と共に吹き抜ける爆風が、短いスカートを揺らす。
土煙から顔を守ろうと腕で顔を覆う。
「クッ! 何だよ! 一体!」
思わずそう叫ぶと、隣りで円が答える。
「多分、五大鬼獣が暴れてるんでしょ」
と。落ち着いた口調の円だが、その声に何処か焦りの様なモノを感じた。私も五大鬼獣の強さを知っている為、多少の焦りはあった。あんな強力な力を持つ化け物が五体もこんな場所で暴れていると思うと、自然とそうなってしまう。
激しい衝撃が弱まり、土煙が薄れ始めると彩が駆け出し校門を潜り、私はその背中を追った。
校門を潜ってすぐ、グラウンドが見えた。その手前で足を止める彩。私もその隣りに並ぶ様に足を止める。
未だ舞う土煙が先程の衝撃の強さを物語っており、その土煙の向こうに薄らと見える大きく陥没したグラウンドは、その破壊力がどれ程のモノだったのかを指し示していた。
そんな光景にただ立ち尽くし呆然とする。何が起こったのか、何があったのか、全く検討がつかない。ただ、分かるのは晃と守と五大鬼獣の火猿、水嬌、燃土、風童の四体が倒れているのだけだった。
動かない晃の姿に、師匠の事を思い出す。また一人になってしまう。そう思うと体が震える。
(大丈夫? 姫)
ヴィリーの声が頭に響く。その心配そうな声で、私は何とか体の震えを止めた。心配させてはいけない。私は気持ちを強く持たないといけない。そう自分に言い聞かせる。
(大丈夫……ごめん)
ヴィリーに謝り息を吐く。気持ちを落ち着かせる為に。
その時、体に絡みつく様な殺気を感じ顔を上げる。土煙の向こうに薄らと映る白銀の翼。それは、私の持つセイラとよく似ているけど全くの別次元のその翼を見据える。何がどう違うのか説明は出来ないが、それは異質で恐ろしく感じた。
だが、それよりも異質な存在があった。真紅の美しい肉体。額から突き出た一本の角。禍々しいその身がまとうオーラに思わず息を呑み、反射的に私はサポートアームズを具現化していた。
それは、他の三人も同じだった様で各々手に具現化したサポートアームズを握っていた。
「テメェら! 何者だ!」
思わずそう叫ぶと、翼を生やした男が不適に笑う。
「クックックッ……。全く、次から次へと――」
その瞬間、分かった。コイツが久遠達樹だと。そして、指は引き金を引き、乾いた銃声が何度も重なる。
蒼い弾丸。冷気を纏ったその弾丸が螺旋を描き回転しながら久遠へと迫る。だが、その弾丸の前へと一瞬の後に真紅の肉体を揺らす化け物が現れ、右手の人差し指でその弾丸を弾いた。小さな破裂音が一発聞こえ、私の放った無数の弾丸は消滅した。
最初の一発を弾き、残りの弾丸はその弾かれた衝撃だけで相殺されたのだ。
呼吸を乱す。今ので残っていた体力の半分を使ってしまった。俯き膝に手を着き、その視線に円の姿が映る。双剣を握り構える円の姿が。と、同時に耳に届く。武明の呪文を唱える声が。
「吹き抜ける炎風は、止まる事無く全てを燃やす」
武明の持つサポートアームズである鉄杭が赤く輝く。その輝きと声で久遠も気付いたのか、静かに口を開く。
「呪文を使われるのは面倒だな……」
と。その言葉に、真紅の身体の化け物は僅かに頷き、右手をコチラへと伸ばす。手の平で雷撃が弾け、それが小さく圧縮されていく。その最中、円が私の横を駆け抜け、その化け物へと突っ込む。その手に持つ双剣の切っ先で地面を裂き土煙を巻き上げながら。
後塵が私たち三人の姿を隠す。流石は円。敵に向かって行きながらも、後ろにいる武明の邪魔をさせない様にキッチリと仕事をこなす。コンビとして様々な戦いを潜り抜けてきた経験からだろう。
円が起こした土煙の向こうへと目を凝らす。そこで、円が後ろに飛んだのが見えた。
「ヴィリー」
『はいよっ』
ヴィリーを右手へと具現化する。子供っぽいヴィリーの声に、ニコッと笑みを浮かべ銃口を空へと向け額を合わせる。
『ひ、姫? ど、どうしたのさ?』
「ううん。何でも無い。少し、力を、集中したいの」
『ヴィリー。愛ちゃんの邪魔しちゃダメよ』
『う、うん。わ、分かった』
意識を集中する。額を合わせ、ヴィリーへと力を蓄える。円が行うであろう次なる攻撃の後押しになる様にと、念じながら銃口をゆっくりと真紅の身体の化け物へと向ける。
破裂音が数発。円がエディを二丁拳銃にし発砲したのだろう。次だ。と、確信があった。エディが姿を変えるその光りが土煙の向こうに見えた。
「滴れよ!」
(えっ! そ、それって!)
(愛ちゃん!)
驚くヴィリーとセイラ。私が行おうとしている術は回復の術。しかも、それをあの化け物に対して行って。驚いて当然だ。
けど、私は回復系の術は苦手で、この術を相手に使ったからと言って回復するわけじゃない。私の狙いはただ一つ――
「――蓮の葉の雫!」
「――雷鳴一閃!」
円と声が重なり、ヴィリーの引き金を引く。乾いた銃声が一発。それに遅れ、雷鳴が周囲を包む。雷を纏った円の大剣が振り下ろされ、切っ先が地面を砕いた。
私の放った水の弾丸と円の放った雷撃が合わさり、その威力を倍以上に膨れ上がらせ、化け物へと直撃する。
激しい爆音が轟き、爆風が土煙を巻き上げる。土煙の向こうへと続く雷撃が地面を抉った跡。その跡が今の攻撃の威力を物語っていた。
呼吸を乱し肩で息をしながら、次の攻撃に備え力を集中する。今の攻撃で仕留められなかった時の備えだった。
一方で、円は勝ちを確信した様に笑みを浮かべているのが見えた。自信があったんだと思う。自分が放った全力の一撃に。でも、その笑みは凍る。土煙の向こうに佇む無傷の化け物を見て。
「そんな……」
具現化されたエディーが円の手から消える。全力を出し切りエディーの具現化を保てなくなっただけでなく、その心が折られた。最大の一撃で傷を負わせる事が出来なかった事が。
地に手を着き俯く円に、その化け物は一歩踏み出す。
「悲観する事は無い。汝の一撃は強力。だが、我に、雷撃は効かぬ」
静かな口調でそう述べると、その手の平で雷撃を弾けさせた。あの時、気付くべきだったのだ。奴が雷の属性なのだと。
拳を握り、チラリと武明の方に視線を向けた。ようやく、武明の方も準備が終わり、声高らかに叫ぶ。
「焼き払え! 炎翼の羽ばたき!」
武明の声で炎がその化け物に向かって突き進む。火の属性の中級呪文だ。それが、今の武明に出来る最大の呪文。広範囲に広がる術で、基本的に多くの敵を相手にする時に使う事が多い呪文だった。本来なら、上位の術を使いたかったのだろうが、恐らく円がヤバイと思いこの術を発動させたのだと思う。
迫り来る炎を見据え、その化け物は小さく息を吐いた。その瞬間を私は見逃さず、ヴィリーのグリップを強く握り締める。
「我に、その程度の――」
化け物が静かな口調でそう述べる途中、私は叫ぶ。
「全てを裂け! 疾風の牙!」
引き金を引くと、銃口から放たれる。螺旋を描く突風が。それが炎を取り込み一直線に化け物の身体を飲み込んだ。