第六十三話 水島彩
駆ける。
青桜学園に向かって。
肩に一人の女性を担いで。
自分でも不思議だ。何故、鬼獣上がりのこの人を助け様としているのか。そして、火猿、水嬌、燃土と五大鬼獣の三体と出会ったと言うのに、今生きていられる事が。鬼獣達の中で最強と呼ばれる五体の鬼獣。一生の内、一体と出会う事すら珍しいと言われている五大鬼獣三体と一日で出会うなど、想像もしていなかった。
そして、対峙して気付かされる。五大鬼獣と呼ばれる鬼獣の強さと恐ろしさを。
「けど、急にどうしたのかしら?」
『燃土の事?』
不意に呟いた言葉にセイラが尋ねる。その言葉に「うん」と小さく返事を返し足を止めた。
流石に人を一人担いで走ると言うのは辛かった。それに、燃土の事を思い出したから。
突然だった。対峙して余裕を見せていた燃土の表情が唐突に変化し、その場を去っていった。戦わずに済み内心ホッとしたし、命拾いしたのは確かだ。彼女も死に掛けてはいるが、燃土が立ち去ったおかげで止めを刺されずに済んだ。いや、燃土は元々止めを刺すつもりは無かったのかも知れない。
(確かに、変だったよね。急に怖い顔しちゃってさ)
ヴィリーの声が突然頭の中に響き、私は「そうね」と静かに呟いた。
ヴィリーの言う通り、燃土の顔は恐ろしかった。正直、あの顔を思い出すと体が震える。出来れば二度と出会いたくない相手だ。
『それより、晃君は大丈夫かしら?』
セイラが思い出した様に呟く。その言葉で、また歩みを進める。休んでいる場合じゃないのだ。今回、ここに来た理由。久遠達樹と呼ばれる男を止める事。きっと晃はもうその男と戦っているに違いないからだ。
激しく爆音の轟くその場所。そこが恐らく青桜学園だろうと、予測をたて走る。セイラを具現化して空から探せばすぐに場所は分かるが、セイラを具現化して空を飛ぶほど体力は残っていない。それに、青桜学園に着けばきっと戦闘になる。その時に備えて力を残しておかなければならないのだ。
ようやく、青桜学園の校舎が見え、校門の前に円と武明の二人が居るのが分かった。それと、もう一人見慣れない女の子が一緒に居るのも見えた。
それが誰なのか分からないが、円も武明もその娘と親しげに話している事から、知り合いなのだと理解し、その下へと走った。
「そう……。――園よ」
その娘が言葉を発しているのが僅かに聞こえ、
「――ここに?」
武明が何かを尋ねる。よく聞き取れないのは、武明の声が僅かにかすれていたからだろう。そんな武明に対し、彼女は怒った様に声を上げる。
「知らないわよ! 何で私が――」
その声はハッキリと聞き取れ、何か揉めているのだと分かった。こんな状況下で揉めている三人に無性に苛立ち、
「テメェらうっせぇよ!」
と、つい怒鳴ってしまった。その声に三人は息を合わせた様に同時に振り返り、驚いた表情を向けていた。乱暴な口調で言うつもりは無かったのだが、つい鬼獣と戦っている時のキャラ作りの癖で口調は悪くなってしまった。
そんな私に対し、円は「何そのキャラ」と言いたげな冷ややかな眼差しを向け、武明は呆れた様に引きつった笑みを見せていた。一方で、おびえた様子を見せる一人の少女は、円と武明の顔を交互に見る。
「無事だったの」
「あったりめぇだろ」
円の言葉に思わず乱暴にそう返答した。心配してくれてるのがその声から伝わってきたし、無事を確認出来て安心してきたのも伝わってきたが、その気持ちがちょっと恥ずかしくなったのだ。でも、本当によかった。二人が無事で。
二人の無事を確認し安心した所で、すぐに二人と一緒に居た彼女へと視線を向け円に問う。
「それより、ソイツ誰だ?」
視線を向けると、彼女は怯えた様に円と武明の後ろへと隠れる。二人の肩越しに彼女の引きつった笑みが見えた。流石にコレはやり過ぎただろうと、後悔するが後の祭りだ。
円の方も多少呆れた様な眼差しをコチラに向け、武明は我関せずと感じだった。やがて、彼女は意を決した様に息を整えると僅かに震えた声で答える。
「わ、わた、私は水島彩……です」
恐る恐ると言った感じの彼女の自己紹介に、少しだけ罪悪感を感じる。円や武明の知り合いだから、きっと生意気な奴なんだろうと思っていたけど、どうやらそうではない様だった。悪い事をしたと思うと同時に、不意に先程月下神社で出会った火野守と言う妙なガーディアンの顔を思い出した。きっと、奴が彼女、水島彩のパートナーに違いないと直感的に理解し、私は担いでいた女性を地面に降ろしゆっくりと彼女へと歩みを進めた。
円と武明はすぐに道を開け、私が近付くと彩は驚き二人の顔を交互に見据える。そんな彼女が愛らしく思えたが、あの守と言う男が彼女のパートナーなのだと思うと不憫でならなかった。その為、思わず肩を掴み、
「お前、あれの相方か?」
と、尋ねていた。彼女自身、何の事か分からず、「……あ…れ?」と疑問詞で返答し、小首をかしげる。まぁ、そんな反応だろうと思いながらも、パートナーが変わっていると言う点で彼女の苦労が手に取る様に分かり、嬉しくなってしまった。
「お互い大変だよな。うんうん」
肩を叩き頷いていると、気味悪そうにこちらを見る円が、
「何の話をしてるか分からないけど、本題に移りたいんだけど」
と、逸れた話を戻そうとするが、あえてここは空気を読まずにとぼける事にした。
「本題? 何それ」
だが、失敗だった。円の恐ろしい程に冷たい表情。その眼は言っていた。怒っていると。それでも尚とぼけて見せる。暗い雰囲気を一掃したかったからだ。
沈黙が続き、円の冷たい視線を浴び数秒。諦めた様に円の方が口を開く。
「あなたも五大鬼獣とやりあったの?」
彼女の言葉に右手の人差し指で下唇を触りながら、
「ン〜ン。別にやりあったって程でもねぇな。火猿には圧倒されたし、燃土の方は対峙してすぐ消えちゃったし」
と、笑顔で答えると、円のサポートアームズであるエディが驚きの声を上げた。
『五大鬼獣の内二体と鉢合わせる何て、愛ちゃん強運ね』
相変わらずの綺麗な声に、セイラは僅かに吐息を漏らし間違いを訂正する。
『エディ。二体じゃなくて、三体よ。水嬌とも会ってるから』
「あなた、良く生きて居られたわね……」
セイラの言葉を聞き即答で円が声を上げ、呆れた様にジト目をコチラに向ける。本当、自分でも生きてる事が不思議と思っていたが、いざ人に言われると無性にムカつき不貞腐れる。と、同時に先程の円の言葉を思い出す。
“あなたも”
と、言ったそのフレーズを。も、と言う事は円達も五大鬼獣の誰かと遣り合っていたと言う事だろう。もちろん、五大鬼獣の力は半端ではないが、円達は彩と武明も合わせて三人も居るのだから、少なからず勝算はあっただろうと、つい刺々しい口調で、
「で、あんたは倒したんでしょうね? まさか、三人も居て完敗したとか言わねぇよな」
と、問うと円の眉間にシワがより、顔を僅かに横に向け、
「うるさい……。あの二人は戦力外よ。実質あたし一人で戦ってたわけだし……」
ボソリとそう延べ息は吐く。その円の言い分が少しだけカチンと来た。少なくとも一緒に戦う事の出来る人がいるのに、その人を戦力外だと言った事に腹が立った。だから、「カーッ。言い訳かよ。ったく」
と、つい言ってしまった。
流石の円もその言葉にカチンと来たのか、額に青筋が浮かび、
「何よ。あんたも結局手も足も出なかったんでしょ!」
と、刺々しい口調で言われる。当然、言っている事は正しいが、そこで引き下がるわけにも行かず、「なっ! なんだと!」と円を睨むと、「何よ!」と円も睨み返してくる。と、その時グランドで激しい爆音が轟き、言い争っている場合じゃないと言う事を思い出す。
校門の鉄格子越しにその爆風が届いた。激しい土煙を巻き上げながら。