第五話 キルゲル
目の前には光り輝く蒼い閃弾。
圧倒的な圧力と破壊力で、体を呑み込むかの様に押し退けていく。
閃弾を受け止めるのは、一本の刃。その柄を握り締める二本の腕に、その全衝撃が襲いかかる。
ハッキリしている意識の中、目の前に起きている事が夢であればいいと、現実逃避。だが、腕に走る激痛は、間違いなく今感じている痛みだ。何でこんな事になっているのか、何でこんな目に合わなければならないのか、考えれば考える程わけがわからなくなる。
不適な笑みを口元に浮かべたのは、僕の意思ではなく、今体を扱っている奴の意思だった。その笑みが何を意味するのか、全く理解は出来なかったが、突如として両腕から力が抜ける。直後、体が前に倒れ切っ先が地面を指す。左右へと裂けた閃弾が、地面を抉り両端の壁を破壊し、爆音が周囲を包む。
何をしたのかさっぱりだが、刃が閃弾を両断した事だけは理解できる。
白煙が立ち込める中、上半身がゆっくりと起き上がり、振り下ろした刃が、静かに持ち上がる。視線が目の前に佇む一人の少女を真っ直ぐに見据え、口元が緩む。その行動に、目の前の少女雪国愛が、僅かに険しい表情を見せ、一歩後退した。
その刹那、体が前方へと傾き、足が地を蹴る。冷たい風が頬を伝い、逆風が髪を逆立て、右手に握った刃が地を削る。土煙が舞い、コンクリート片が飛び、火花が舞う。雪国さんとの距離が迫ると、雪国さんの口元に笑みが浮かび、銃口が額に向けられる。
(こ、この至近距離で――ま、まずいって!)
「黙ってろ! ガキが」
「終わりだ!」
二人の視線が交錯し、一方は刃を――、一方は弾丸を――、同時に放つ。蒼い閃光が、視界を遮ると、刃が風を切り上げ、何か硬い物とぶつかり合う。金属音が聞こえ、遅れて蒼い光の中に赤い火花が見えた。
そして、蒼い閃光が頬を掠めて後方へと流れ、目の前に揺れる長い髪。刃を押さえるのは漆黒のロングブーツ。液体の様な薄い膜が張られたそのブーツが、ゆっくりと刃を地面へと導き、遅れて見覚えのある顔が視界に移る。綺麗な顔立ちに、額の傷痕。間違いない。クラス担任の水守先生だった。
その人の登場に一番に声を発したのは――
「し、師匠! な、ななな、何でここ――にっ!」
雪国さんだったが、言い切る前に凄まじい風切り音と共に振り抜かれた水守先生の右足により、衝撃と爆音だけを残し地面へと叩きつけられた。コンクリートで舗装された地面が砕け、コンクリート片が弾ける。痛々しい血飛沫が舞い、水守先生のこちらに向けている笑みが――凄く恐ろしく見えるのは、僕だけだろうか?
妙な威圧感を感じながら、体が自然と後退する。僕の体を操る奴も、水守先生に多少なりに危険な匂いを感じ取ったのだろう。下ろされた刃をゆっくりと構え直し、摺り足で左足を引く。その行動に、笑みを向ける水守先生は、
「晃、聞こえてるかな? ちょ〜っと、痛いかも知れないけど、我慢してね」
語尾に音符のマークでも付くんじゃないかと、言う程可愛らしい声でそう告げた水守先生が、その声とは似つかわしくない、破壊力十分の蹴りが右側頭部を打ち抜いた。意識が一瞬にして遠退いた。
「ううっ……」
目を覚ましたのは、柔らかなベッドの上だった。見慣れない部屋。棚やタンスの上には可愛らしいぬいぐるみが無数置かれ、女の子の部屋と言う事は何と無く分かる。これで男の部屋だったら――なんて想像すると、背筋がゾッとする。別に否定するつもりはないが、どれだけぬいぐるみが好きな男なんだ、と言いたい。
体を起き上がらせると激しい頭痛と吐き気に襲われる。あの先生のチョットって、ハンパじゃない。右手で頭を触れば、ざらざらとした布の感触。包帯を巻かれている様だ。
「イッ……。相当強い蹴り……だったみたい……」
頭を押さえていると、部屋の戸が開き、私服姿の雪国さんが入ってきた。ブカブカの青いティーシャツに、ハーフパンツ。それが、彼女の寝巻きなんだろう。手に持っているお盆には、水と氷の入ったボールとタオルが乗っていた。彼女が看ていてくれたのだろう。ついさっきまで、殺し合いをしていたとは思えない程だ。
頭を押さえていると、雪国さんが冷たい濡れタオルを差し出す。
「これで、冷やしておけ」
「ああ……ありがとう」
タオルを受け取りお礼を言うが、それ以上言葉は無く、鋭い眼差しを向け机の前に置かれたイスに腰を下ろす。もしかしなくても、監視されているのだろう。視線が凄く痛々しい。
とりあえず、受け取った濡れタオルを額にあてる。ヒンヤリとしたタオルが頭の痛みを少しだけ和らげてくれる。小さく息を吐くと、イスに座っていた雪国さんの視線が更に鋭くなる。
(な、何だ……。この威圧感は――)
「何だ? コッチをジロジロ見るな」
見たつもりは無かったが、彼女はそう感じたらしい。とりあえず、「ごめん」と謝り、ベッドにもう一度横たわった。色々と聞きたい事もあるけど、今はもう少し休もう。そう思い瞼を閉じると、思考が自然と停止し、深い眠りへと誘われた。
どれ位の時間が過ぎたのか、話し声が聞こえる。
「で、大体は理解したけど、あんたは誰?」
相変わらず刺々しい雪国さんの声。
「愛ちゃ〜ん。ちょっと、黙ってようか?」
可愛らしくそう発したのは間違いなく水守先生。何処か、怒りの様なモノが感じられるのは、気のせいだと思う。その声に「は、はい」と大人しく返答した雪国さんの声に続き、聞き慣れた声が返答する。
「我はキルゲル。そう呼ばれていた……」
この声は、間違いなく自分の声。だが、今僕は意識を――。薄らとする意識の中で、更に話が進む。
「ふ〜ん。あなたは“キルゲル”そう呼んでいいの?」
「ああ。構わない」
「ちょ、師匠! こんな奴の言う事を信じるんですか!」
怒鳴り声を上げる雪国さん。水守先生を師匠と呼んでるみたいだけど、どう言う関係なんだろう。そう思っていると、キルゲルと名乗った僕の声が言葉を紡ぐ。
「貴様等は、どう言う関係だ」
「はにゃ? 何々? 急にどうしちゃったのさ」
子供っぽい発言をする水守先生に、キルゲルと名乗った者が静かな声で、
「後は、コイツに聞け」
と、言葉を残し体を僕に返す。朦朧としていた意識が、すぐにはっきりとする。
「あ……れ?」
「んんっ? どうかしたのかな?」
顔を覗き込む水守先生。その背後には雪国さんが鋭い目付きを向けている。あいつ、逃げたな。小さくため息を吐くと、水守先生の表情がパッと明るくなり、突然抱き付いてきた。
「うわ〜っ。晃だぁ〜」
「ちょ、ちょっと! い、いきなり何だよ!」
「このまま、目が覚めないんじゃないかって、先生恐かったんだよ」
「師匠。先程、目を覚ましたと、伝えましたが……」
「打ち所が悪くて、ポックリ逝っちゃったかと――」
サラッと恐ろしい事を言う。と、言うか完全に雪国さんの事は無視の様で、幼い子供の様なはしゃぎっぷりだ。この人は、一体何処から何処までが本当の姿なんだろう。そんな事を考えながら、ズキズキ痛む頭で考え込んでいると、雪国さんの冷やかな視線に気付く。
いや、まぁ、最初から気付いてたけど、気付いてないフリをしてた。何か怒ってるみたいだし、スルーした方がいいコトだってある。




