第五十五話 青桜学園
青桜学園と書かれた校門の前に立っていた。
目的地であるその場所に踏み入る覚悟が決まらず、その場でただ息を整える。すでにその校舎内には、多くの生徒が居るのか、時折声が聞こえた。突如、この町を覆った黒い壁を不安がるそんな声が。
第二ボタンまであけたシャツの胸倉を左手で握り、瞼を閉じる。心を落ち着かせ、体中に酸素を取り入れた。頭の中でキルゲルの声が囁く。
『後戻りは出来ないぞ』
と。妙に優しい口調で。そんなキルゲルの態度が少しだけおかしく思わず笑ってしまうと、その瞬間に胸を刺す様な殺気が周囲に広がった。右手に持った細身の刀身のキルゲルを構え、視線を上げる。その先に映るのは一人の男。久遠達樹。
殺気の篭った眼差し。意味深な笑み。その瞳を見据えただけで、体中を鎖でがんじがらめにされた様な錯覚を覚えるほどだった。再認識する。コイツはヤバイ奴だと。どうあってもここで止めなければならないと。
視線がぶつかり合う中で、久遠達樹の方が先に口を開く。
「キミもここに来ていたんだね。桜嵐晃君」
どうしてここに居るんだと、言いたげなその瞳をジッと見据え、奥歯を噛み締める。
「あんたを止める為にここに居る。これ以上、罪を重ねるのは止めろ」
大声で怒鳴る。もちろん、そんな言葉が通じる相手じゃない事は分かっていた。ただ、もしかしたら、そんな思いでそう叫んだが、意識が飛び、突風が体を包んだ。キルゲルが体を支配し、久遠に告げる。
「さぁ、始めようぜ。ここで決着を付けてやろう」
低音の声に、風音が重なる。そして、一閃。音も無く振り抜かれた刃が空を斬り、前方へと風の刃を飛ばす。だが、放たれたその一撃を久遠はいとも容易く相殺する。前へと突き出した右手の手の平で。
一瞬の事だった。久遠に当たる直前右手が突き出され、僅かな爆音だけを残し風の刃はそよ風へと変わり、久遠の金色の髪を揺らす。
久遠の足元に漂う僅かな土煙がゆっくりと消え、すり足で右足が前へと出される。
(来るぞ!)
「分かって――!」
キルゲルが言い終える前に、体が浮き上がる。一瞬で間合いを詰め、顎へと一撃。ただの下から打ち上げる様に殴打しただけだが、脳が揺さぶられよろめき膝を折る。
「くっ!」
「今のは単なる打撃。何の力も使っていないよ。さぁ、キミの回復力ならもう立てるだろ?」
不適に笑みを浮かべる久遠。まるで時間が来るまで遊んでいる様に思えた。力を隠して尚も圧倒する久遠に、キルゲルは静かに笑う。
「面白い……なら、無理矢理でも力を使わせてやろう!」
右足で地を蹴り立ち上がりながら久遠へと突っ込み、右から左へと横一線に刃を振るう。それを後方へ飛び退き上体を仰け反らせかわした久遠は、そのままバク転し距離を取る。だが、キルゲルは間を空ける事無く攻め立てる。左から右へ、上から下へと、流れる様に幾度と無く刃は振り抜かれた。
しかし、刃は無情にも空を斬るだけ。切っ先は地面を僅かに裂き、土煙と刃音だけを残す。
「くっ! コイツ」
「ふふふっ」
(キルゲル! 落ち着け!)
「我は冷静だ!」
キルゲルが右足を踏み込むと一気に切っ先を向け、腰のひねりを利用し一気に刃を突き出す。飛び退いた直後の久遠の胸にギリギリ届く距離のはずだった。だが、気付いた時、地面に倒れていたのは僕の方だった。
体に走る激痛。ただ眩い光が視界を遮ったと思ったその瞬間、凄まじい衝撃が全身を襲い後方へと投げ出されていた。意識は完全に反転し、体はキルゲルの支配から解放されていた。
『くっ……』
「一体、何が……」
額から血が流れ、僅かに視界が遮られる。立膝を着き、大きく肩を揺らせ、久遠の方へと視線を向けた。肩を大きく上下させ、切っ先を地面に突きたて立ち上がると、久遠はその背中に翼を広げ空へと舞う。
風が吹き荒れ土煙が激しく体を襲う。体を襲う砂利が皮膚を裂き血がにじむ。微かに感じる痛みに耐え、左腕で顔を庇いながら真っ直ぐに久遠の姿を見据える。
「キルゲル!」
『ああ。構えろ』
叫ぶと同時に右足を踏み込む。体重を右足の指先へと乗せ、腰を落とす。切っ先を後方へと向け腰の高さで水平に構え、小さく息を吐く。意識を集中し、キルゲルの刃に吹き荒れる風を取り込む。刃が風を取り込み震え、その振動が両手を襲う。
その振動を押さえ込む様に肩から力を込め、確りと腰の位置に構え、久遠の姿を目視する。余裕の見える笑みに、奥歯を噛み締め眉間にシワを寄せた。
(まだだ。もっと風を集めろ)
「くッ……でも、もう手が……」
抑えきれない程の振動が腕を襲う。握力を奪う様に激しく暴れまわる刃に、表情が歪む。
(今だ!)
「うおおおおっ!」
キルゲルの声に叫び暴れ狂う風を解き放つ様に振り切った。放たれた風の刃は、吹き荒れる風を裂き真っ直ぐに久遠へと向かう。だが、また久遠の右手が突き出され、眩い光が放たれ相殺された。
「くっ!」
『またか』
風が弱まり、上空に浮かび上がる久遠を見据える。背中の翼が大きく風を仰ぐ。揺れる金色の髪を右手で掻き揚げた久遠は、真っ直ぐにコチラに目を向ける。
「そう言えば、フロードスクウェアにはあったかい?」
突然の問いにキルゲルが小さく舌打ちしたのが聞こえた。フロードスクウェア。確か、あの神社に居た少年が持っていたサポートアームズの名前だ。一体それが何なのか分からず、首を傾げる。すると、久遠は静かに笑う。
「ふふっ。何だ? 知らないのか? フロードスクウェアは本来、キミが手にするはずだったサポートアームズだよ」
久遠の言っている意味が良く分からなかった。何故、そこでフロードスクウェアと言うサポートアームズの名前が出るのか。
わけが分からず、戸惑っていると、久遠は不適な笑みを浮かべる。
「フロードスクウェア。アレはキルゲルと対となるモノ。本来、アレはキルゲルが寄生した者としか適合しないサポートアームズ。故に、今キルゲルを寄生しているキミが手にするはずサポートアームズだと言う意味だよ」
「待て! その話はおかしいだろ! フロードスクウェアと呼ばれるサポートアームズはすでに適合者が居るじゃないか!」
当然の問いを返すと、久遠は首を左右に振った。そして、キルゲルも小さく息を吐くと静かに口を開く。
「確かにそうだね。どう言うわけか、彼、火野守君はフロードスクウェアに適合し、具現化している」
(火野? もしかして……)
久遠の言った火野守と言う名を聞き、火野恵先生の顔が思い浮かぶ。以前、彼女に聞いた事がある。「私にはキミと同じ位の歳の弟がいるんだ」と。もしかすると、その弟と言うのが――。と考えていると、キルゲルの声が頭に響く。
(今は余計な事を考えるな。アイツに集中しろ)
(で、でも、もしアイツの言う事が正しいなら、彼は――)
(確かに、奴の言ってる事は本当だ。本来、我とフロードスクウェアは二つで一つ。それは、我を宿したガーディアンマスターが、自分にしか使えない様に、特殊な細工を施したからだ)
(じゃあ、何で彼がそれを扱えるんだ?)
(例外がある。それは、血だ)
(血?)
思わず聞き返すと、キルゲルは小さく息を吐く。
(もしかすると、奴にはガーディアンマスターと同じ血が流れているのかもしれん)
(えっ、じゃあ――)
「おしゃべりは済んだかい?」
唐突に現実へと引き戻される。久遠の声と同時に体を襲う打撃。重々しい拳を受け地面を転げ、土煙が体を覆った。
「くっ……」
『だから、集中しろと言っただろ』
「全く、人が話をしていると言うのに、自分達だけで話を進めるなんて……非常識じゃないか?」
空へと舞う久遠が両手を広げる。ゆっくりと立ち上がり、そんな久遠を睨み、呼吸を整えた。




