第五十三話 五大鬼獣
爆音と一緒に白煙が上がる。
それに対し、後方で「いい判断ね」と愛の声が聞こえ、思わず怒鳴る。
「やめろ! 愛!」
「あら。良いじゃない。もうあんたの相棒が喧嘩吹っ掛けたんだから」
私よりもキルゲルに文句を言えと、言いたげにそう言う愛に表情をしかめる。
「ダメだ! 僕等は――」
「無駄口を叩いているとは余裕だな」
声を遮り、白髪の女性が冷ややかな口調でそう述べる。先程までとは明らかに違うその口調、そして殺気。この状況に思わず、「クッ! 何でこんな事に!」と呟くと、キルゲルは楽しげに声を上げた。
『クハハハハッ! 楽しもうぜ! 相棒』
だが、楽しんでる時間は無かった。二つの刃がぶつかり合った瞬間、急に動きが止まる。漂う冷気に体が硬直し、同時に耳に届く。殺意の篭った静かな声が。
「私をなめるな。氷結粉砕」
彼女の声が耳に届いたと思った矢先、刃が凍りつきそれは瞬間的に体全体を覆った。完全に凍りつき動けないが、意識は確りしており、体温が奪われていっているのが分かる。感覚が薄れていく中、キルゲルの声が頭に届く。
(晃。ぶっ壊すぞ)
(早く頼む……)
そう頼むと、キルゲルは突然笑い声を上げる。
『フフフフッ……』
「――!」
キルゲルの笑い声に白髪の女性は驚いた表情を向け、視界を包む氷に亀裂が走り砕けた。氷が砕け僅かによろける。そんな状況でもキルゲルは甲高い声で笑い、
『フハハハハッ! あの程度で我をどうにか出来ると思っていたのか?』
「僕の方は軽い凍傷なんだけど」
『その程度すぐに回復するだろうが! 細かい事気にしてんじゃねぇ』
「あのな……。僕も一応人間なんだよ。細かい事じゃないんだよ」
と、呆れた表情をキルゲルに向けた。確かにキルゲルのおかげで凍傷は徐々に回復しているが、僕だって人間だ。痛みは感じるし、痛いのは嫌だ。流石にこれ以上無駄に痛い思いはしたくないし、無駄に体力は使いたくなかった為、強制的にキルゲルの具現化を押さえ込んだ。
その行動に、愛は不満そうに声を上げる。
「おい! 何、具現化解いてんだよ!」
「く・ちょ・う。また、乱暴になってるぞ」
「うるせぇ! とっとと具現化しやがれ!」
乱暴な口調でそう言い放つ愛に、ため息を吐く。頭痛がして、右手で額を押さえた。これ以上愛と話しても無駄だと判断し、大剣を思った少年と小麦色の少女、白髪の女性の方に深々と頭を下げた。今までの無礼を許してくれと、言う意思を伝える為に。
それから、暫し沈黙が続き、愛が不服そうにコッチを睨んでいるのが分かった。だが、あえてそれを無視し、小さく息を吐く。
(晃! 何かがコッチに来るぞ!)
「えっ?」
思わず声を上げると、確かに何か強い気配が近付くのが分かった。それに気付いたのは多分僕だけではない。喋る犬も、白髪の女性も険しい表情を見せる。
(来るッ! 駆けろ! 晃!)
「えっ? ああ……」
キルゲルの声で一気に駆け出す。それに遅れ、後方で爆音が轟き衝撃が背中を押した。それにより完全にバランスを崩し地面を転がり、木に背中をぶつけた。
「イッ……」
(今の気配は、五大鬼獣の火猿か?)
「火猿? あっ、そう言えば、愛を――」
(大丈夫だろう。それより、急ぐぞ。五大鬼獣が来てると言う事は、奴らも封印が弱まっていると分かっているんだ)
キルゲルの言葉に、誰の所為だと言いたかったが、それを呑み込み立ち上がった。愛の事は心配だったが、愛の事だから何とか乗り切るだろうと、振り返る事無く走り出す。ここに来た目的を果たす為に。森林の中をひたすら走った。
自分だけの足音が響く中、不意に気配を感じ足をゆっくりと止めた。先程の荒々しい気配とは別の澄み渡す様な静かな気配。肩を大きく揺らしながら息を整えていると、何処からとも無く静かな声が聞こえる。
「何処へ行くつもりです」
か細く今にも消えてしまいそうなその声と一緒に一人の女性があわられた。銀色の長い髪を束ねた切なげな目をした女性。何処か白髪の女性と似た印象を感じる。と、同時に意識が飛びキルゲルに肉体を支配された。
(な、何すんだ?)
(いいから黙ってろ。コイツとは顔見知りだ)
(だからって、勝手に体を――)
(悪い。少しの間だけだ)
キルゲルとそんなやり取りを繰り返し、渋々体を使う事を了承する。呼吸を整えたキルゲルは、右手に白刃の剣を具現化し、風を集め甲高い風を切る鋭い音を響かせる。すると、その女性は左手を前に出し静かな口調で告げる。
「無駄な戦いにエネルギーを消費したくありません」
「無駄な戦い? フン。我にとっては無駄じゃねぇ」
静かにそう述べたキルゲルに、頭の中で怒鳴った。
(何考えてんだ! 僕らは今無駄に戦ってる場合じゃないだろ!)
(言っただろ。少しの間だ。すぐに片付く)
いつに無く大人しいキルゲルにそれ以上何もいえなかった。そんなキルゲルに対し、その女性は軽く首を振ると、
「貴方に言ったわけじゃありません」
と、静かに告げる。流石にキルゲルの声が僅かに上ずる。
「わりぃが、今は我の体だ。我の好きにさせてもらう」
まるで、俺と戦えと言わんばかりのキルゲルに女性は呆れた表情を見せ、
「話の分からない人です……」
と、小さくため息を吐き左右に首を振った。そんな女性に対し、キルゲルは不適に笑みを浮かべる。
「我は人間じゃねぇ」
「そうでしたね。しかし、何故貴方が生きているのです。キルゲル」
流れる様にキルゲルの言葉をスルーした女性は逆に質問を返す。その質問の意味が全く分からなかった。その事をキルゲルに問おうとした矢先、体を風が包む。何が起こったのかわからず困惑していると、体の感覚が軽くなった感じがした。
手に伝わる感覚に、その剣の形状が変化しているのが分かる。これは僕の想いではなく、キルゲル自身の願いによって形成された剣。その剣を目の当たりにし、女性は静かに口を開く。
「それが、今の貴方の姿ですか。また、随分と風変わりしましたね」
「それは、お互い様だ。あの時の小娘が、まさか五大鬼獣にまで成長してるとはな」
嬉しそうに笑みを浮かべるキルゲルに対し、女性は表情一つ変えず、
「昔とは違う。貴方を殺す事など容易い事です」
と、静かな口調で答えた。その言葉に不適に笑ったキルゲルは、
「やってもらおうじゃないか。今も昔も我の方が上だと見せ付けてやろう」
と、彼女を挑発する。すると、その女性は右拳を握り締めると、その拳から一滴の水滴が零れ落ちた。その水滴が地面に弾けると一瞬時が止まった様な錯覚を覚える。そんな奇妙な感覚にキルゲルは眉間にシワを寄せた。
「貴様……何をした!」
「さぁ。何でしょう」
静かで落ち着いた声でそう述べた女性の手からまた水滴が零れ落ちる。




