第五十一話 神盛町
飛び去った愛を追い、青桜学園のある神盛町へと入った。
隣町とは言え、流石に歩きで来るには中々体力を使う。
この町に来るのは二度目になる。一度目は入学式前、皆川さんに相談があるからと、この町で会う約束をした。中学時代から、皆川さんには相談を受けていた。同じ生徒会で仲良くなり、話している内に受けた相談で、僕は結局何のアドバイスも出来なかったわけだが、あれ以来何の音沙汰も無いと言う事は、上手く行ってると言う事なのだろう。
神盛町に入り暫く足を進めていると、重々しい感覚が体を襲う。その異常な感覚にキルゲルも『これは……』と、驚いた声を上げた。ここで何かが起こっているのだと、すぐに理解し更に足を進めていると、突如異変は起きる。空を黒いドーム状の壁が覆い尽くしたのだ。
「なっ!」
(走れ! 晃! アレは――)
脳に響くキルゲルの声に走り出す。町全体を覆い隠そうとするその黒い壁。それが、地面に届くその前に、ドーム状の壁の向こうへと滑り込んだ。
「はぁ…はぁ……なんだよ、一体……」
(コイツは、禁忌とされる過去の遺物だ。一体、何処のどいつが、こんなモノを……)
息を荒げるキルゲル。それ程の代物なのだろう。一体、このドーム状の壁にどんな力があるのか分からないが、それ程凄いモノには見えなかった。光が遮断され薄暗い町並み。そして、重々しい空気が一層強まり、胸が締め付けられる感覚を覚えた。
(気をつけろ。五大鬼獣の気配も感じる)
「五大鬼獣?」
(鬼獣の中でも別格に強い五体の鬼獣だ。知能が高く、戦闘能力も格段に高い連中だ。我も以前何度か戦った事がある)
静かな口調でそう述べたキルゲル。以前と言うのは、僕に寄生する前と言う事だろう。少なくとも、僕に戦った記憶は無いから。
キルゲルがこれ程まで念を押すと言う事は、五大鬼獣と言うのは相当の力を持っているのは間違いないだろう。出来る事なら、出会わずに居たいと願いつつ足を進めた。
「これから、どうするんだ?」
(あそこに向かえ)
キルゲルの意識が視線だけを支配し動かす。そして、視線の先に小さな山が映った。中腹辺りが僅かに白く染まり、なにやら嫌な雰囲気が漂っていた。
「あれって……」
(氷だ。しかも、かなり強い気配を複数感じる。それに、ホレ)
また視線が勝手に動き、その視界に青白い光を放つ小さな影が映った。
「えっ! あ、あれって!」
(お前の相方だ。攻撃している様だな)
「おいおい……」
白翼を羽ばたかせ、氷の弾丸を派手にぶっ放す愛の姿に、思わず頭を押さえため息を吐くと、またキルゲルの声が頭に響く。
(おい。あの娘が動くぞ。急げ!)
「わ、分かったよ」
緩やかな速度で動き出した愛の姿を目視しながら、僕は全力で走る。これ以上次々に問題を起こされては迷惑だった。それに、無意味な戦闘もしたくない。今日、ここに来た目的は、ただ一つ。久遠達樹を止める事。だから、無駄に体力を使うわけには行かなかった。
その事を愛はちゃんと理解しているのかと、思いながらただひたすらに走った。
見慣れない町並み。いたる所に沸いて出た様に鬼獣が出没するが、全く相手にしない。と、言うよりコッチの存在に気付いていない様に、どの鬼獣もただ一箇所を目指し移動している様だった。嫌な胸騒ぎを感じ、キルゲルに問う。
「おかしくないか?」
(そうだな……もしかすると、鍵が共鳴しているのかもしれん)
「共鳴? 何と?」
(言っただろ。我は姫の力を封じたと)
「あ、ああ」
走りながらそう返答すると、キルゲルは更に言葉を続ける。
(鍵の力がもれ始め、封印された姫の力と共鳴しあってる。そう言う事だ)
「はぁ、それじゃあ、はぁ、久遠がすでに?」
(ああ。もしかすると、こいつも久遠の仕業かもしれん)
キルゲルに言われ顔を上げ、町を覆う黒い壁を見据えた。そう考えると打点が行く。封術師やガーディアンの邪魔が入らぬ様に、この壁を作り出しゆっくりと鍵を回収する。そう言う魂胆なのだろう。
久遠の策略に、小さく舌打ちをしてポケットから携帯を取り出す。時刻は七時半過ぎ。久遠の目的が皆川さんだとして、何処に現れるかを考える。そして、導き出された答えに、足を止め周囲を見回す。
(どうした?)
「奴が現れるのは青桜学園。そうだ! 何で、もっと早く思い出さなかったんだ! くそっ! 鋭炎が言ってたじゃないか!」
(だからどうしたって言うんだ?)
「今日は平日だぞ! 生徒は何処へ行く?」
(学校……そうか! だが、場所が分からんぞ?)
「くっ。こんな時、愛が居れば……」
と、愛の向かった方へと体を向け走り出す。愛の向かった場所は高台でもある為、あそこからなら青桜学園の場所も分かると踏んだのだ。
(急げ。さっき、あの娘の向かった方向に雷鳴の様なモノが走っているのを見た)
「えっ?」
(おそらく鬼獣。それも、相当の力を持った奴だ。誰かが召喚した鬼獣なら良いが、そうじゃないとすると間違いなくやられるぞ)
キルゲルの言葉に走る速度を上げる。雷鳴と言う事は雷の属性を持つ鬼獣。水属性を持つ愛では相性が悪すぎるのだ。それに、ソイツがもし五大鬼獣の一人かもしれないと言う考えが頭を過り、一層焦った。取り越し苦労ならそれでいいのだが、あの場には他にも強い気配を感じる為不安は大きくなった。
全力で走り、ようやくふもとまで辿り着いた。月下神社と書かれた石門が石段の両脇に置かれ、長く続くその石段を思わず見上げた。
「マジか?」
(また余計な体力を使うな……)
「何考えてんだよ……愛の奴……」
と、大きなため息と一緒に両肩を落とす。全力で走って来てこの仕打ち。中々足に来る。久遠と戦う前に、コッチがガス欠になりそうだ。そんな事を考えていると、急に意識が飛び体の感覚が失われた。すぐにキルゲルに体を支配されたのだと分かり、頭の中で呼びかける。
(何してるんだよ? こんな所で余分に力は使えないだろ?)
「安心しろ。すぐ済む」
(えっ? ま、まさ――)
全てを言い終える前に、キルゲルは具現化した剣を腰の位置に構え、腰を落とす。風が渦巻き前方へと伸びる。突風が背中を押し、風の道が石段へと続く。
「行くぞ」
(ま、待て! ちょ――)
制止は聞かず、一気に地を蹴る。風が背中を押し前方に続く風の渦がそのスピードを加速させる。そして、一気に石段の最上段まで辿り着き、体がキルゲルから開放される。投げ出されよろけながら数歩前へと歩み出ると、目の前に巨大な氷の塊が――
(振りぬけ!)
キルゲルの声が頭に響き、反射的に具現化していたキルゲルを下から上へと振り抜く。鋭く疾風が駆け巡り、巨大な氷の塊が弾け飛んだ。降り注ぐ粉雪が、周囲一体を真っ白に染め、キルゲルを振り上げた状態の僕に、その場の視線が集まっていた。




