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第四十九話 いつも通り

 翌日。

 僕は普通に登校していた。

 何事も無かった様に、これからも何も変わらない日常が続いていくかの様に、ただひたすら普段と同じ自分の様に振舞い、時は過ぎていった。

 でも、何処かで綻び――いや、違和感があったのだろう。親しい間柄の加奈・博人・信二の三人は怪訝そうな表情をしていた。もちろん、愛も同じく何かが違うと、言う表情を見せていたのを覚えている。

 放課後、一人教室で窓の外を眺めていた。自分がすべき事を考えながら。

 まだ教室には何人かの生徒が残っており、その中に加奈の姿もあった。


「ねぇ。ちょっといい?」


 声を掛けてきたのはやはり加奈だった。周囲を気にする様にキョロキョロしているが、気にせず顔をジッと見据えると、加奈は困った様に視線を右上へと向け「うーん」と声を上げる。声を掛けたは良いが、言葉が見つからないと言った所だろう。

 とりあえず、何か言い出すまで加奈の顔を見上げる。暫しの時が過ぎ、加奈は自分に何かを言い聞かせる様に二度頷くと、「大丈夫大丈夫」と小声で呟き胸の前で両拳を固く握り締め、小さく息を吐く。


「あ、あのさ!」

「おーい! 桜嵐! 居るかー」


 唐突に戸が開かれ、霧咲さんが教室を覗き込んだ。相変わらずボサボサの短く切りそろえた金色の髪を僅かに揺らし、切れ長の目と視線が合う。


「おっ! まだ残ってた!」

「あうぅっ……」


 教室へと入り込み、こちらに歩み寄る霧咲さんに対し、加奈はガックリと肩を落としそんな声を上げた。なんとも間の悪いと言うか……と、言っても霧咲さんには悪気があるわけじゃない為、加奈も文句は言わず俯き頬を膨らしていた。

 そんな加奈が少々気の毒になり、思わず苦笑する。


「んっ? あっ、もしかして、邪魔だったか?」

「えっ、い、いえ! ぜ、全然!」


 霧咲さんも加奈の様子に気付いたらしいが、加奈は早口でそう返すと、「そ、それじゃあね」と軽く手を振って教室を出て行ってしまった。加奈の背中を見送り、霧咲さんは申し訳なさそうに頬を掻き、


「わりぃ。何か、大切な用事だったんだろ?」

「どうだろうな。まだ、何も聞いてないから判断は出来ないかな。それより、何か話しがあるんだろ?」

「まぁ、話って言っても大した事じゃないんだけどな」


 男勝りな感じの口調の霧咲さんが、あはは、と笑い頬を掻く。


「そう言えば、最近は勝負しろって言わないな」


 不意に思った疑問を口にすると、バツが悪そうに眉間にシワを寄せる。入学当初は何かにつけて勝負しろと、言ってきたのに、ここ最近はめっきりと、言うより教室にすら来なくなっていた。あんまり気にしてはいなかったが、やはりこうやって顔を見るとどうも気になってしまう。

 その質問に終始眉間にシワを寄せていた霧咲さんは、小さくため息を吐くと、


「いやさぁ、怒られたんだよ。まぁ、しょうがないんだけどさぁ」


 と、明るく笑う。誰になんと怒られたのかは分からないが、何となく何で怒られたのかは分かり、苦笑した。小さくため息を落とした霧咲さんはさっぱりわけが分からないと、言わんばかりに両肩を竦めると、頭を二度左右に振る。怒られた理由が分からないと、言いたいのだろう。自覚が無いと言うのは恐ろしいものだ。

 呆れていると、霧咲さんは思い出した様に机を叩き、


「そうじゃなくてだな、まぁ、なんだ……うーん。色々言おうと思ったけど、明日でいいや。うん。じゃあ、明日。必ず学校でな」


 霧咲さんは明るく、それで居て無邪気な笑みを浮かべると、軽く右手を上げ教室を出て行った。結局、なんだったのか分からないが、彼女も何らかの違和感を感じたんだと思う。彼女なりに励まそうとしていたのかもしれない。

 自分では違和感の無い様に振舞っていたのに、こんなにも違和感を感じてる人が居るなんて、少し嬉しかった。こんなに自分の事を気に掛けてくれている人が居ると言う事が。思わず笑みがこぼれるが、その瞬間に廊下の方から、


「気持ち悪いから。一人でニヤニヤと」


 と、愛がこっちにジト目を向けていた。


「な、何だよ! 気持ち悪いって!」


 思わず赤面しそう返答すると、「気持ちわるっ!」と、引きつった表情を見せながら教室の中へと入ってくると、自分の席に戻りカバンを片手にコッチに向かってきた。


「さぁ、行くぞ」

「はぁ? 行くって?」

「屋上」

「まさか……こく――」

「違うから」


 即答と同時に右拳が額を貫く。ゴンッと、言う鈍い音に教室に残っていた生徒の視線が一気にコッチに向けられ、「うわっ」とか、「痛そう」とか言う声が聞こえたが、そんな声など気にせず椅子に座る僕の腕を無理やり引っ張る。


「うわっ! ちょ、ちょっと!」

「いいから、来い!」

「わ、分かった。分かったから、腕を――」


 脛を机の脚にぶつけバランスが崩れ、椅子ごと倒れた。額を隣りの机の角へぶつけ、机の脚が床に引きずられ嫌な音が響いた。


「いってーな。危ないだろ……」


 額を押さえながら愛の顔を見上げると、蔑んだような冷たい視線をコッチに向け「うわーっ」と小声で呟いていた。何でそんな風な目で見下されているのか、全く持ってわけが分からないがすぐ立ち上がりジト目を向けると、小さくため息を吐かれた。


「おい。今のは全面的にお前が悪いだろ?」

「はいはい。じゃあ、早く行くわよ」


 謝る気配も無く急かす様に背を向け歩き出す。何がしたいのか理解不能だが、とりあえず彼女に後に続き、教室を出て屋上へと向かった。その途中ふと思う。何かあると毎回の様に屋上に行くが、本来屋上は立ち入り禁止のはずなんだがと。

 屋上へ出ると、やはり思ったとおり武明と円の二人が居た。二人とも何やら苛立った様子だが、愛は全く気にせず右手を軽く上げ、「遅れた」と笑う。そんな愛に対し、相変わらず楕円型のサングラスを掛けた武明がフェンスにもたれ腕を組みながら、


「遅過ぎだろ……何十分待たせんだ!」


 と、怒鳴った。しかし、愛は変わらず笑顔を向ける。


「まぁ、コイツの所為よ。文句はコイツに言って」

「コイツ言うな! て、言うか、文句言われてもコッチが困るから」


 あまりの理不尽さにそう返したが、愛は相変わらずガン無視。それどころか、円に鋭い視線を向けられ、「やる気あんの?」とまで言われる始末。あまりの迫力に「ごめん」と謝るが、謝った後に何故謝ったのかと首を傾げた。納得はいかなかったが、文句は言わない。どうせ、何を言っても無視されるだろうから。

 渋々、扉を閉め三人の顔を見回すと、愛が腕を組み顔を近づけてきた。


「で、何なの? 今日のあの態度は?」

「はぁ?」

「だーかーら! 今日のあの態度は何なのよ!」


 怒鳴る愛に後退ると、一層不服そうに眉間にシワを寄せる。何を怒っているのか分からず、戸惑っていると、円が小さく息を吐く。


「今日のあんた、何処か変よ。何がって聞かれると分からないけど、何処か変! 何を隠してるの」

「な、何をって……別――」


 そこまで言った時、唐突に意識が遠退く。キルゲルが意識を支配したのだと気付いた時には、キルゲルが全てを告げていた。あの鋭炎に言われた全ての事を。

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