第四十七話 過去と違和感
目を覚ますと、ベンチの上だった。
ぼんやりとする意識が徐々に鮮明になる。
周囲はすっかり暗くなり、街頭が点灯していた。
(大丈夫か? 晃)
キルゲルの声が頭の中で響く。まだ、頭の中にはモヤが掛かっている。俯き右手で頭を押さえ、頭を二度振った。自分の体に隠された秘密。それを垣間見た気がするが、どうもハッキリと思い出せない。大切な事だったはずなのに……。
結局、思い出せないまま、数分の時が過ぎる。
(おい。晃)
「おっ! 晃?」
頭に流れる声と、もう一つの声が重なる。不意にその声のする方へを顔を向けると、そこに見慣れた顔があった。
「こんな所で何してんの?」
「加奈……」
吉井加奈だった。帰宅途中だったのだろう。カバンを片手に持っていた。
隣りに座った加奈は、どこか嬉しそうな笑みを浮かべ、空を見上げる。少し話したいと、言う事で隣りに座ったはずなのに、笑みを浮かべたまま一向に話そうとしない。
「話すんじゃなかったのか?」
思わずそう問うと、「えっ? そ、そうだっけ?」と、裏返った声で返答された。幼馴染だから何となく分かる。特に話したい事なんて元々なかったのだろう。きっと、僕の様子がおかしかったから、心配になった。それだけの事。加奈も幼馴染で長い付き合いだから、すぐ様子がおかしい事にすぐ気付いたのだろう。
小さく吐息を漏らすと、隣りからジトーっとした視線を感じた。
「な、何?」
「別にー」
顔を加奈の方に向けると、加奈はそっぽを向いた。怒っている様だが、何故怒っているのか全く分からない。
首を傾げ、もう一度吐息が漏れた。自然と出たため息に、またジトーっとした視線が向けられ、
「やめてよね。ため息なんて」
と、加奈の不機嫌そうな声が届き、顔を向けるとジト目を向けた加奈が不満そうな表情を浮かべていた。よっぽどため息を吐かれた事が嫌だったのだろう。
「ごめん。ちょっと、考え事があってね」
「だからって、隣りでため息吐かないでよね。こっちまで気が滅入るじゃない」
「そうだな。悪かったよ」
素直に謝り、ベンチの背もたれへ体を預ける。背骨が伸び、コキコキと音が鳴った。その音を聞くなり、「ジジくさいぞ」と加奈が苦笑する。確かに少しジジくさいと、思いながら空を見上げる。心が少しだけ穏やかになった気がする。
「そう言えばさぁ、晃に会ったのって、この公園だよね」
「えっ?」
不意の一言に驚きの声を上げると、加奈が不思議そうな顔をした。
「そうだったじゃない。忘れたの?」
「えっ、いや……」
「あたしは、結構鮮明に覚えてるんだけどなぁ……。晃は忘れちゃったんだー」
ため息混じりに大声でそう言う加奈に、苦笑すると、小さくため息を吐く。
「まぁ、しょうがないかな。あの後、結構大変だったみたいだし」
「大変だった?」
「本当に、覚えてないの?」
不思議そうな表情を向け、加奈が首を傾げる。一体、何があったのか、気になった。もしかすると、さっき見たあの記憶に何か関係があるんじゃないか、そう思うと、胸の奥で何かがドクッと脈打った。
唇が震え、乾いた喉を唾液が通る。聞くべきなのだと分かっている。だが、それを口にしてしまうと、自分の中で何かが変わる、そんな気がした。キルゲルは言った。
『お前は一度死んでいる』
と。
そして、先程見た記憶。アレはきっと、一度死んだ時の記憶。あの二人はきっと死んだ僕を蘇らせた人。何の理由があって蘇らせたのか、どうやって蘇らせたのか分からないが、間違いなくそうだろう。僅かな記憶の断片が重なり合い、見え始める。自らの過去。
息を呑み、震える唇をかみ締め、恐る恐る尋ねる。
「その日、一体、何があったのかな?」
「本当に覚えてない?」
「ああ……」
頷くと、怪訝そうな表情を浮かべる。それから、思い出す様に唇に指を当て、「うーん」と唸る。それから数十秒が過ぎ、
「確か、十年位前かな? この公園で、あたしと、晃と、もう一人誰か女の子が居て、三人で遊んでたら、突然ガス爆発が起こったんだよ」
「ガス爆発?」
意外な言葉に思わず聞き返してしまった。この公園内にガスなんてあっただろうか、と疑問。その疑問に、気付いたのか、加奈は「ほら」と、大声をあげ、
「この公園の管理室。あそこにガスボンベを運んでたんだよ。一応、管理室はガスとか使える様になってるし……」
と、加奈が指差す先を見据える。街頭の明かりに照らされるボロ屋。確かにあの小屋は昔、管理室になていた。良く管理室のおじさんにお菓子なんかをもらった覚えもある。でも、あの管理室にガスボンベがあっただろうか。思い出そうとするが、その辺の記憶は曖昧だった。
ボンヤリとモヤのかかった記憶に、加奈も失笑する。
「実はさ、あたしもそこん所曖昧なんだよね。周りの人がガス爆発だって言ってたから、そう思ってたんだけど……。今、思うとあの管理室って、ガスボンベなんて置いてなかった気がしてさ」
当時は五、六歳だ。そんな細かい事まで完璧に覚えきれない。でも、僕と加奈の同じ違和感。この瞬間、頭の中に過ったのは鬼獣と封術師、ガーディアンの三つの文字。もしかすると、あのガス爆発と呼ばれる事故は――。
一つの仮説を考えた時、ズキッと頭が痛み、先程見た記憶の断片がフラッシュバックする。
『私は、この子を――』
『違う。これは――』
薄らとあの二人の言葉が思い出される。
『だからって、そんな事したら! この子を巻き込むつもり』
『元々、この子には能力があった。多分、このまま成長していればいずれ――』
懐かしい二つの声。それと同時に胸の奥にあるモノがカッと熱くなる。
『そうかもしれないけど……それじゃあ、この子が――』
『大丈夫。この子は真っ直ぐに成長する。だから……』
『分かった。もう止めない。あんたがしたい様にしなさい』
暖かな彼女の声に、もう一つの声が『うん』と嬉しそうな弾んだ声を発した。
「晃? 大丈夫?」
唐突に記憶の世界から引き戻される。加奈の声によって。我に返ると、心配そうな表情の加奈の顔が目の前にあった。
「な、何?」
「ボーッとしてどうしたのよ?」
「いや、何でも無いよ」
苦笑すると、「またそうやって」と、加奈は不満そうな声を上げ、小さく息を吐いた。
そんな加奈の姿に、小さく笑うと、ムスッとした表情を浮かべ、立ち上がり、
「それじゃあ、あたし、そろそろ行くから」
と、右手をヒラヒラ振り歩き出す。その背中を見据え、「ありがとう」と声を掛けると、街頭に照らされた加奈の耳が赤くなったのが見え、それを隠す様に「じゃあ、また明日」と、早口で言うと走っていってしまった。
そんな加奈の様子に、思わず笑った。心の底から。
静けさの戻った園内で、一人ベンチへと腰を下ろした。
(何か思い出したか?)
「少しだけな……。キルゲル。これは、僕の勘なんだけど……」
キルゲルに全てを告げる。
キルゲルはそれを黙って聞き、最後に静かに肯定した。お前の考えは全て正解だと。その言葉を聞き、胸の痛みが何だったのか理解した。そして、同時に覚悟する。自分がしなきゃ行けない事を。




