第四十六話 過去と記憶
静寂の中で、一陣の風が吹き抜けた。
遊具が軋み、六時を告げるチャイムが園内に鳴り響く。
まばらにいた子供たちの足音が、僕らの背を通り過ぎ次々に門を抜けていった。
俯き、拳を握り締める愛。信じられないのだろう。過去に封術師がそんな事をしていた事を。
ただ、よく考えれば分かる事だ。ガーディアンの扱うサポートアームズと、封術師の使うサポートアームズの違いに。ガーディアンのは鬼獣を倒す為、封術師のは鬼獣を封じる為。一部の封術師には戦闘にしようする事も出来るサポートアームズもあるが、それでも最後は鬼獣を封じるのが目的。しかも、封術師には封じた鬼獣を召喚する事も出来る。明らかにガーディアンの使うそれとは別物だ。
チャイムが鳴り終わり、また園内に静けさが戻った。地面に突き刺さったままのキルゲルは、そんな沈黙に静かに口を開く。
『悪いが、本題はまだ終わってないんだが?』
やや不機嫌そうなキルゲルの声に、僕も本題を思い出した。
「そ、そうだ。例のカギの話だよ。話がそれたけど……」
「それてないわよ。封術師が過去に鬼獣を使ってその姫って言うのを狙ったとして、どうしてそんな事――」
『力を欲してたんだよ。姫の持つ世界を滅ぼす程の力を』
その言葉に、「ぐっ」と、愛は息を呑んだ。頭では分かっているのだろう。理解しているのだろう。でも、納得出来ない、そう言いたげに右手を大きく振ると、
「な、何の為によ! 封術師は、鬼獣を封じる為、世界を守る為の――」
「過去の話だ。そんな、熱くなるなよ」
興奮気味の愛にそう声を掛けると、キルゲルが『どうだかな』と、小声で言ったのが聞こえた。だが、その事を追求する事はしない。今追求すると、更に愛が熱くなりそうだったから、口を紡いだ。それに、これ以上話が脱線するのは、僕としても不本意じゃない。
キルゲルもその気持ちを察したのか、それ以上その事を口にはしなかった。
どれ位わめいていただろう。愛は息を荒げ、近くのベンチへと腰を落とした。疲れきった表情を浮かべて。まだ信じられないと言う表情を浮かべているが、それを無理に納得させる様に自分に言い聞かせる。葛藤があるのだろう。
そんな愛に、キルゲルは静かに問う。
『もう本題を話していいか?』
「……えぇ。カギの話だったわね。それで、カギがその姫とどう関係するのよ?」
「何か疲れてるみたいだな」
「そうね。何か、もう疲れた……」
『じゃあ、簡潔に話そう』
愛の状況を知り、キルゲルが静かにそう呟いた。簡潔に、と言う言葉に僕も静かに頷いた。これ以上、愛に余計な心配はさせたくなかったから。
ベンチに座り、小さくため息を漏らす愛に目を向けると、キルゲルが静かに話し始める。
『カギ。それは、姫の力を封じる為のモノ。初代ガーディアンマスターは、自らの死期を悟りそのカギと、そのカギの力と対なる、自分自身の為に最初にして最後の最強のサポートアームズを生み出した。彼は、その武器で敵をなぎ払い、姫を救出後その力を封印した。その封印を施したのが、我だ』
静かに風が流れた。
以上がキルゲルの知る歴史。黙ってそれを聞き、ただ頷く愛。静かにゆっくりと時間が流れる。ただ沈黙が続き、愛はゆっくりと顔を上げた。まだ色々納得していない様に見えたが、ベンチから立ち上がると、いつもの様に笑顔を見せる。
「ありがとう。とりあえず、話は分かったわ」
「ほんと――」
「じゃ、私疲れたからそろそろ帰るね。うん。ごめん」
背を向け謝った愛に、なんて言葉を掛ければいいのか分からず、ただ黙ってその背中を見据えた。
まだ、心の整理が出来ていないのだと思う。過去の事とは言え、自分が信じてきた封術師が鬼獣を使って人を襲う様な事をしていたなど、信じたくないのだろう。
愛の姿が見えなくなり、僕はキルゲルに目を向けた。
「ガーディアンと封術師、どっちが――」
『そんなもん知るか。互いに譲れぬ思いがあったのだろう。それに、争い事にどっちらが良いも悪いも無い』
質問しようとした事が分かったのだろう。言い終える前にキルゲルはそう答えた。そして、小さくため息を吐き、
『お前は今の説明で納得したか?』
「ある程度。けど、疑問も残るな」
『そうか……』
「それに、ガーディアンマスターのクダリがゴッソリ抜けてるからな」
肩をすくめると、『気づいたか』と、小さく呟いた。キルゲルもその事にはあんまり触れたく無い様だった。だが、ゆっくりと言葉を述べる。
『我は、カギだ』
「えっ?」
『我はカギ。姫の力を封じるカギ。言っただろ。初代ガーディアンマスターが生み出したカギ。それが、我だ。奴は、死期を悟り、我を生み出した。そして、自らの身に我を寄生させた。消えかけた命として』
その言葉に心臓がドクンと大きく脈打った。キルゲルの声に反応する様に。何か重大な事を、忘れている気がした。それが、何なのか思い出せない。ただ、思い出したくないだけなのかもしれない。
そんな僕の気持ちを悟ったのか、キルゲルが言葉を濁した。
『すまん……お前にとっては嫌な事を思い出すかもしれん。だが、言っておく。お前の――』
「キルゲル!」
『…………そうか。なら、今はやめておこう』
思わず吐いた怒鳴り声に、キルゲルは静かにそう告げた。
胸騒ぎと同時に、微かな目眩が体を襲った。何かが、頭の中に流れ込むそんな妙な感覚。色々な事がフラッシュバックされる。が、すぐに現実へと引き戻される。キルゲルの声によって。
『大丈夫か? 晃』
「えっ? ああ……」
気づくと、両膝を落とし空を見上げていた。夕焼けに染まり始めた空を。
『どうかしたのか?』
「い、いや……何でも……くっ」
突然、ズキッと頭が痛んだ。まるで、何かを思い出せと訴えかける様に。頭を押さえ、表情をしかめると、
『おい、本当に大丈夫か?』
「ああ……大丈夫……」
ズキッズキッと頭が痛む。
何だと言うのだろう。何を思い出せと、訴えてるんだろう。一体……。
胸の奥でドクンとまた一つ強く脈打つ。その鼓動に、キルゲルは静かに口を開いた。
『晃……お前……。そうか……拒否反応か……』
「拒否反応?」
『お前の記憶が、封じられる事を拒否している。いや、お前自身が思い出そうとしている』
「どういう……イッ!」
頭を激しい頭痛が襲う。
そして、キルゲルは告げる。
『お前は、一度死んだ』
一瞬、言葉の意味が分からなかった。何を言っているんだ、キルゲルは、と思う。死んだなら、何で僕はこうして――。
激しい頭痛と、脈打つ鼓動に、視界がグニャリと歪む。呼吸が乱れ、頭の中に遠い過去の出来事がフラッシュバックされた。それは、まだ僕が幼かった頃……小学校に上がる前の事。そこで、一人の少女の顔が浮かぶ。幼いが間違いなくあの日この公園で出会ったあの人。と、もう一人。何処か水守先生に似た女性。二人が何かを話し、あの人が僕の胸へと手を押し当てた。冷え切った体に流れ込む暖かな光。遅れて、ゆっくりと胸の奥でドクンと脈を打った。
「これで、大丈夫ね……」
「うん。でも、私はこの子を……」
「琴音。自分を責めないで。あなたは良くやってくれた……」
「ごめん――」
二人の話し声が僅かに聞こえ、意識がブラックアウトする。
琴音……それは水守先生の名だった。もしかすると、あの女性はまだ高校生位の水守先生なのだろう。それじゃあ、あの人と水守先生は……。
そして、僕は記憶の世界からゆっくりと目覚める。キルゲルの呼び声と共に……




