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第四十四話 視線

“ドクッ……ドクッ……”


 漆黒の闇の中、小さな脈打つ音が弱々しく聞こえる。

 だが、やがてその音は失われた。

 体が冷たくなっていく感覚。力が失われていく。

 これが、死と言う感覚なのだろう。走馬灯なんて見えず、ただ闇だけ。

 誰かと戦っていた気がするが、もうどうでもいい。何の為に戦っていたのかすら思い出せないのだから。

 不意に考えたのは、自分が死んで一体何が変わるだろうか、と言う事だった。

 きっと、美空や優海は泣くだろう。加奈は……どうだろう。愛は怒るかも知れない。何で死んだのよ、と。折角パートナーとして認めてもらえたって言うのに……。

 そんな事を考える思考もやがて失われ、完全な闇の中へと落ちた。



 どれ位の時が過ぎたのか、遠くで聞こえる声が、闇の中に広がり、薄らと光が満ちる。


「晃! しっかり! 晃!」


 聞きなれた声に、指先が自然と動いた。その動きに、声の持ち主が僅かながら明るくなった気がした。


「晃! 大丈夫!」

「…………」


 薄らとぼやけた視界に映る少女の顔をジッと見据える。


「晃?」

「…………愛?」


 ボソリと呟いた言葉に、愛が首をかしげた。


「どうかした?」

「…………泣いてる?」

「なっ!」


 驚いた様に愛は腕で目をこすりながら、「泣いてないから!」と言うけど、間違いなくその頬を涙が伝っていたのを、僕は見た。何度も名前を叫んだのだろう。声も僅かながら枯れていた。


「だい、じょうぶ……それより、あいつは……」


 周囲を見回すが、もう奴の姿は無かった。いや、それよりも周囲に集まった人だかりに、表情が引き攣る。暫しの沈黙の後、心配そうな視線を向けていた周囲の人たちが、愛の方へと歩み寄ると、「よかったね」などと、優しく声を掛け去っていく。

 状況がイマイチ掴めない中、人だかりは散っていく。その光景に、呆然としていると、愛が立ち上がり、「ふぅ」と小さく息を吐いた。


「ま、愛……今の人達は?」

「えっ? ああ……あ、あんたを心配してくれてたのよ! こ、こんな所で倒れてるから!」


 怒鳴る様にそう言う愛に、苦笑した。本当の所はどうなのか分からないが、今日の所はそう言う事にしておこうと思った。あんまりにも愛の顔が真っ赤になっているから。とりあえず、心の中で一人クスクス笑った。

 と、そこで思い出す。久遠の目的を。


「キルゲル!」

「へっ?」


 思わず声を荒げると、愛が驚きの声を上げた。だが、今はそんな愛に構ってる暇はなく、ただ、ひたすらキルゲルに呼びかける。


「キルゲル! キルゲル!」


 何度もその名前を呼ぶ。その声に、周囲にまた人だかりが出来ていた。今度は痛い奴を見る様な冷たい視線が向けられるが、今はそんな事構っている場合じゃなかった。キルゲルが、大事なモノを失ってしまう。そう思うと声は更に大きくなる。キルゲルの存在を知って僅かな時間だったが、一緒に居た時間はもっと長く、その長く一緒に居た時間が、そう思わせたのかも知れない。

 何度呼びかけても返答はなく、胸の奥にポッカリと穴が空いた様な気がした。

 人の目など気にせず叫ぶ事数十回。ようやく、頭の中でキルゲルの声が聞こえた。


(あき……らか?)

「キルゲル! だ、大丈夫なのか?」


 頭の中に響いた声に、思わず大声でそう返答していた。間違いなく、今、周囲にいる人だかりは、僕の事を頭のおかしい奴だと思っているだろう。所々で、ひそひそと囁く声が聞こえた。


「薬中じゃないか?」

「やべぇって」

「警察呼ぶ?」


 など、様々な声が聞こえたが、僕は気にせずキルゲルに話しかける。


「あの後何が――」

「ちょ、ちょっと! 晃! す、すいません、頭打ったみたいで」


 あまりの状況にそうフォローする愛が、僕の腕を引き歩き出す。突然腕を引かれ、つんのめて初めて今の状況を把握した。恥ずかしさに耳まで赤くした愛の横顔を見て、すぐに怒っている事は分かり、早足で彼女の横に並び、「ごめん」と軽く頭を下げた。だが、愛は黙ったまま顔を背けた。

 その後、暫く黙って隣りを歩いた。何度か謝ってみたが、愛は憮然とした表情を崩さない。

 やがて、あの公園へとたどり着いた。僕がキルゲルを初めて具現化し、あの人を殺めた場所。静かに足を止めた愛は、振り返り真っ直ぐにこちらを見据える。その目は先程までの怒りの眼差しではなく、真剣な鋭い目だった。


「それで、何があったの? あんたが、あんな所でただ寝てたってわけじゃないでしょ?」


 少し刺々しさが残っていたが、それはまだ怒っていると言うアピールなのだろう。


「あと、何か不思議な力を感じたんだけど、もしかしてそれも関係してる?」


 眉間にシワを寄せる愛に、静かに頷く。


「多分。何か人払いみたいな能力を使ってたみたいだ」

「人払い? そんな能力聞いた事無いけど……」

『愛ちゃん。過去にはそう言う力を持つサポートアームズもあったのよ? 人知れず鬼獣と戦う為に研究されてたみたいだけど、今は適合――と、言うより扱える人が居ないから、使わないみたいだけど……』


 セイラが愛の疑問に簡潔に答えると、「そうなんだ」と、愛は右手の人差し指を下唇の下に沿わせて頷く。意外に可愛らしい所もあるんだと、少なからず思ったが口には出さずそのまま話を進める事にした。


「それから、鍵を渡せって」

「鍵?」

(晃。我を具現化しろ。その事について、こやつ等にも話しておきたいことがある)


 愛が小首を傾げるとほぼ同時に、キルゲルの声が頭に響いた。周囲を見回し、人が居ない事を確認した後、キルゲルを右手に具現化し、それを地面へと突き刺した。


「これで、いいか?」

『地面に刺せとは言ってないがな。まぁいい』


 少々不満げなキルゲルに苦笑していると、愛は下唇に右手の人差し指を沿わしたまま、ジッとキルゲル(細身の白い剣)を真っ直ぐに見据える。


「ねぇ、何かあんたって、具現化するたびに形が微妙に変化してない?」

『……そうだな。我は使う者の能力やその思いによって形状が変わる。もし、そうだとするなら、それは晃の中で何かが変わって言ってると言う事だ』


 いつもと違い、やけに大人しい口調。いつもだったらもっと乱暴な返答をしてくるはずなのだが……。

 少しだけ、違和感を覚えながら、ジッとキルゲルを見据えていると、愛が腕を組み、


「それで、鍵って何の事? あんたが出てきたって事はその事についてでしょ?」

『そうだ。その鍵――』

「ちょ、ちょっと待て! その鍵って、キルゲル。お前の事じゃなかったのか? あの時、自分で我の事だって、言ってただろ?」


 思わずそう口を挟むと、愛が冷たい視線をこちらに向ける。


「だから、その事も含めて、今から説明するんじゃないの? もしかして、まだテンパってんの? いつもの晃らしくないわよ?」

「す、すまん……」


 小声で謝り話を進める様にと、右手を軽く振ると、キルゲルがゆっくりと語り出す。


『確かに、我は鍵だ。だが、鍵は鍵でも、ダミーの鍵だ。こうなる事を考慮して、そうしていたんだろう』


 そうしていた、と言う言葉に愛と顔を見合わせる。同じ疑問を抱いたのだろう。


「そうしていたんだろうって、一体誰が?」

『我が一番最初に寄生した奴……初代ガーディアンマスターだ』

「初代ガーディアンマスターって?」


 初めて耳にする言葉に首を傾げ、愛の方に顔を向けると、愛は腕を組みながら「うーん」と一人唸り声を上げていた。

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