第四十一話 回想
晃が気を失い、ジャックとゼロの攻防が激しさを増す。
いつの間にか、雷怨と土愚兎はいなくなっていた。
横たわる円の体から徐々に体温は失われ、呼吸も弱りつつあった。
水属性を持っていながら、彼女を治癒する事の出来ない自分に苛立つ。
そんな中だった。暖かな光が私を含め、武明、円の三人を包み込んだのは。
それは、とっても優しくも、熱く燃え上がる様な凄まじい熱を感じた。でも、敵意などは無く、体の芯から暖めてくれていた。
その光がやがて消え、一人の男か女か分からない黒いフードを被った人が私と武明の前へと現れた。
『彼女の傷はこれで少しは癒えただろう。後は安静に寝かせておけ』
その人のサポートアームズの声なのだろう。僅かに雑音の混じった年老いた声。その声に、武明は立ち上がり、拳を構える。
「何者だ! てめぇ」
その声で、ゼロとジャックの二人の動きが止まり、先ほどまで聞こえていた爆音が止む。静まり返った中で、その人はスッとゼロとジャックの向こう側に横たわる晃を指差す。
『奴も連れて、今すぐココから立ち去れ。巻き込まれたくないならな』
有無を言わさずそう告げ、ソイツは一つ上の鉄骨へと飛び上がった。軽々と。背中に翼でも生えているんじゃないかと思わせる程、軽く一蹴りしただけで。
ソイツをジッと睨む武明だが、すぐに視線を円の方へと戻す。呼吸は大分落ち着いていた。出血も止まり、体も僅かに暖かくなっていた。「くっ」と、武明が小さく声を漏らし屈むと、円の体を抱き上げ、私の方へと目を向け、
「行くぞ!」
「えっ、あっ、うん」
武明の言葉に慌てて返事を返し、セイラを具現化する。背中から伸びる白翼が羽ばたき、煌く羽が夜風を浴び数枚散った。
『愛ちゃん』
「えぇ」
短く返事をして、鉄骨から飛び降りる。翼を大きく広げ高速で地上スレスレを滑空し、ジャックとゼロの間を抜け、横たわる晃の体を抱えた。すれ違う直前、ゼロと名乗った女性の冷気が僅かに弱まり、まるで私達をワザと見逃した様に思えた。いや、彼女は元々私達を逃がす為にココに来た気がした。
両翼を大きく羽ばたかせ、空高く舞い上がる。僅かにサイレンの音が聞こえ、夜の街に赤いパトランプが並んで光っているのが見えた。この騒ぎに誰かが通報したのだろう。夜遅くにこれだけ派手にやりあえば、そうなる事は当然だ。
『愛ちゃん。早くココを離れた方がいいみたいよ』
「分かってる。けど、円と武明を――」
と、二人の居た方へと視線を向ける。その視界に飛び込んだのは土愚兎の姿だった。無数の土人形を引き攣れ、円を抱える武明を鉄骨の先へと追い込んでいた。
「なっ! アイツ、逃げたんじゃなかったの!」
(まずいよ。あのままじゃ、あの二人!)
ヴィリーの声が頭の中に響き、私は瞬時に右手にヴィリーを具現化した。けど、晃を抱えている為、上手くバランスが取れず、体は急速に落下する。
『ダメだよ! 姫! 今すぐボクの具現化を解いて!』
『そうよ。今は、両翼を維持する事だけを考えて!』
二人の声に、すぐヴィリーの具現化を解く。地面スレスレだった。何とか、両翼を大きく広げ、滑空し空へともう一度舞い上がる。その時、鉄骨の上に立つ黒いフードを被った人と視線が合う。ただ、一瞬の出来事だったが、ソイツが何かをしようとしているのは分かった。胸の前で球体を描く様に両手を広げ、その中心で赤い珠が輝いていたのが見えた。
何をするつもりなのか分からないが、直感的に危険なモノだと判断し、急いで円と武明の方へと突っ込む。
ゼロ・ジャックの両者も、異変に気付いたのか、突っ込む私の横を二人が横切ったのが見えた。ゼロの手にはアリス。ジャックの手には銃器が握られていた。甲高い破裂音が数発轟き、その弾丸が鉄骨に当たり火花を散らせる。
「テメェ! 何しようとしてやがる!」
ジャックの乱暴な言葉が背中で聞こえたが、私は目の前に迫る武明に叫ぶ。
「武明! 跳んで!」
「なっ! 分かった。ちゃんと飛べよ!」
武明が叫び、鉄骨を蹴った。それとほぼ同時に、土人形達が鉄骨の先へと雪崩れ込み、地面へとダイブして行った。ギリギリの所で、何とか武明の右手を掴んだが、三人分の体重を抱えて飛ぶのは無理があったのか、翼を羽ばたかせるが、体はゆっくり降下していった。
「おい! ちゃんと飛べよ!」
「む、無理言わないでよ! て、言うか、腕が切れる……」
腕も限界だった。左腕に晃、右腕には武明と円。私の腕はそんな体重を支える程、丈夫では無い。
力尽きた様に落下し、地面に尻餅を着く。大分地面に近かったのだろう、それ程まで痛みを感じる事も無く、武明も「イテテ」と、言う程度だった。
「お前、人に跳べって言っておいて、お前が落ちんなよ!」
「そんな事言ってもしょうがないでしょ! 行けると思ったんだから!」
そんな小さな揉め事をしていると、眩く暖かな光が廃ビル一帯を照らした。何が行われているのか、見えない程、眩い光の中で、爆音が轟き、刃が擦れ合う。ゼロとジャックの両者が、あの人を攻撃したのだろう。だが、すぐに音は消え、眩い光だけが残された。
「その後、目を開けた時、私は自室のベッドの中だったわ」
全てを話し終え、「ふぅ」と静かに息を吐く。これが、昨夜起こった一部始終だった。
私だって、あの眩い光に包まれた後、どうやって部屋に戻ったのかなど、分かっていない。ただ、今朝になってテレビを見た時、あの場所が消滅したと言う事実だけを知った。
静寂の中で晃が腕を組み、小さく息を吐く。
「何よ? 私の話に何か不満でもあるの?」
「あっ、いや。別に、そんな事は……」
作った様な笑みを浮かべ、否定する晃だが、どうもそんな風には見えなかった。武明もフェンスにもたれかかり、小さく息を吐き、
「俺達は、一体、何と戦ってるんだ? あいつ等は鬼獣なのか?」
と、疑問を口にした。
鬼獣が組織的に行動するなどと言う事は聞いた事が無い。それに、ゼロとジャック、雷怨が持っていた武器は、間違いなくサポートアームズだった。彼らが鬼獣だとして、どうして鬼獣の彼らがサポートアームズを持っていたのだろう。
サポートアームズは、鬼獣と戦う為に初代ガーディアンが作り出した武器だと、教わった事がある。それなのに、鬼獣が扱うなんて聞いた事が無い。
色々考え、小さくため息を吐くと、晃がつられた様にため息を吐いた。
「まぁ、僕等が何と戦ってるかは、分からないけど。敵だって事は分かる」
「そうね。それだけは確かな事ね」
『けど、奴等って、一体何が目的だったのかな?』
不意に武明のサポートアームズ、セルフィがそう呟くと、その言葉に武明も顎に右手を添え、
「確かに……あいつ等、何で俺達を殺さなかったんだ?」
『でしょでしょ? まるで何か目的があって生かしておいたって感じだよね』
明るく可愛らしい声で言葉を続けるセルフィに、円は渋い表情を浮かべるが、苦痛にすぐに表情をゆがめた。
「ちょ、ちょっと、無理しないでよ」
「ああ。お前は少し休んでろよ」
フェンスから体を離し、円を気遣う武明。これが、本来あるべきパートナーの姿なのだろう。私と晃の間には、こんな絆があるのかと、疑問に思い不意に晃の方に目を向けた。でも、晃は腕を組んだままジッと一点を見つめていた。
『正直な所、彼等にとって、私達は脅威でなかったのかも知れないわ』
セイラが不意にそう告げた。その言葉に円と武明が険しい表情を見せた。二人も分かっているのだろう。奴等との力の差を。




