第四十話 ニュース
目を覚ますと、自分のベッドの上だった。
見慣れた天井をボンヤリと見据え、いつもの様に美空と優海の二人の足音と、乱暴に開かれた戸の音。そして、視界に二人の笑顔が飛び込む。
「おはよう! 晃!」
「おはようございます。お兄様」
二人の声に、ゆっくり体を起こす。まだ、頭が上手く働いていなかった。何で、部屋のベッドで寝ているのか、あの後どうなったのか、考える事は山ほどあったが、とりあえず今は二人に笑顔を向け、
「ああ、おはよう」
と、返事をする。最近は心配を掛け過ぎている。これ以上心配は掛けたくなかった。だが、その返事に何処か違和感があったのだろう、美空はあからさまに怪訝そうな表情を浮かべ、優海は少しだけ心配そうな表情を見せていた。
「どうかしたか?」
思わずそう尋ねると、腕を組みムスッとした表情を浮かべる美空が、
「どうかしたか? じゃないだろ? それは、コッチのセリフだよ。また、何かあったのか?」
「そうです。今日のお兄様変です!」
美空に続け、胸の前で手を組む優海が眼鏡越しに訴えかける様に声を張る。優海がこんなに声を張る所を、初めて見た気がする。元々、優海は控えめで大人しい。そんな優海が声を張り上げる位だ。相当、違和感があったのだろう。
二人がそれ程まで心配しているのは、分かった。けど、やはり言えない。そんな事を言えば、余計に心配を掛けるのは分かりきっている事だから。
その場を笑ってやり過ごし、逃げる様に家を出た。学校へ向かう最中、色々な事を考えた。愛はどうなったのか、円さんは大丈夫だったのか、武明はどうしただろう。など、色々な事を思い考えていると、いつの間にか校門の前へとたどり着いていた。
校門の前でぼんやりと、立ち尽くしていると、
「おう。桜嵐。おはよっ」
背後からの声に振り向くと、そこに霧咲さんが大きな欠伸をしながら立っていた。
「寝不足か?」
思わずそう尋ねると、右手で目をこすりながら、
「まぁ、そんなとこ。夜中からパトカーがうるさくて」
と、もう一度大きな欠伸を一つ。よっぽど眠いのか、霧咲さんはややふらつきながら歩き出す。その後姿をジッと見据え、小さく息を吐き歩き出した。
教室に入ると、生徒達がざわついていた。何を話しているのか分からないが、時折視線がこちらに向けられる。何か嫌な予感がした。いや、初めからそうじゃないかと、思っていた。ただ、確信が無かっただけ。だが、その確信を席に着くと同時に信二が持ってきた。
「おい。晃。お前、昨日あの後、どうした」
真剣な表情で問い、肩を掴まれる。いつに無く強い力に、思わず表情を歪むが、それを堪えながら信二の目を真っ直ぐに見据えた。
「何かあったのか?」
「何かって、お前、今朝のニュース見てないのか?」
驚いた様子の信二に、小さく頷く。普段はちゃんとニュースを確認するが、今朝は逃げる様に家を出た為、ニュースを見ている程余裕が無かった。一体、何があったって言うのだろう。
「実はな――」
信二がそう言葉を発すると同時に、上着の胸ポケットで携帯が震える。
「あっ。悪い……」
携帯を取り出し、ディスプレイを確認する。そこに、『雪国愛』と名前が表示されていた。愛から電話だなんて何かあったのだろうか、と思っていると、信二が小さく息を吐き、
「その様子だと、雪国さんか? なら、多分雪国さんの話も俺と同じ用件だろうし、そっちに聞いた方が早いだろう」
「えっ? そ、そうなのか?」
「ああ。あのニュースを見た限り、そっちの関連の話だろうからな。それより、早く出ないと、また怒鳴られるぞ」
と、信二が手の中で震え続ける携帯を指差した。それに目を落とし、苦笑し「そうだな」と呟き通話ボタンをプッシュすると、
『いつまで待たせんのよ!』
と、大音量で愛の声が響いた。周りの席の生徒達は、「またやってる」と、コッチに目を向け、僕は苦笑しながら頭を下げた。
携帯を耳にあて、窓の方を向き皆に背を向け、
「何だよ? 用があるなら、教室で言えばいいだろ?」
小声でそう言うと、向こう側で小さくため息を吐いたのが分かった。なんとなく、愛が右手で頭を抑えている風景が頭の中に浮かんだ。
『あんた、今教室なの?』
「えっ? ああ。そうだけど?」
『昨日の事、覚えてる?』
「昨日の……ああ。気を失う前までの事なら……あの後、何かあったのか?」
そう尋ねると、暫し沈黙が続いた。数十秒ほど沈黙が続き、たまらず、
「おい、愛?」
と、返事を催促する様に名前を呼ぶと、
『とりあえず、屋上に来て。武明も円も屋上に居るから』
静かな口調でそう告げられた。やはり、あの後何かあったのだろう。ニュースに取り上げられる程の何かが。
「分かった」と、返答し携帯をきり振り返ると、信二と目があった。何か言いたそうな顔をしていたが、信二はそれを隠す様に目を伏せると、いつも通りの落ち着いた表情を見せる。
「授業が始まる前までには戻れよ? 代役するのは、結構大変だからな」
「ああ。悪いな」
笑みを浮かべ、信二の横を通り過ぎ教室を出た。
廊下を駆け、階段を駆け上がり、昇降口から屋上へと出ると、そこに愛、円さん、武明の三人が居た。昇降口の屋根に腰掛けていた愛が、「遅い」と呟き飛び降り、フェンスに腕を組みもたれかかっていた武明は、真新しい楕円のサングラスを掛けなおす。円さんは、まだ傷が痛むのか、右手で腹部を押さえながら表情をしかめている。
三人とも傷だらけだった。多分、円さんは一番の重症だろう。本来なら、こんな所にいるべきではないはずだ。それでも、ここにいるのは、やはりガーディアンとしての使命があるからだろう。
何も言わず数秒が過ぎ、静かに愛が口を開く。
「今朝のニュースは見た?」
「いや。今朝は見てない。信二も言ってたけど、一体何があったんだ?」
「一夜にして、廃ビルが消滅。しかも、大きな穴だけを残して」
フェンスに身を任せたまま腕を組む武明がそう告げた。その廃ビルが昨夜、戦いの舞台になった場所だと言う事は容易に検討がついた。だが、驚いたのはあの後に大穴が開く程の戦いがあったと言う事だ。
そして、思い出す。霧咲さんが今朝言っていた、「パトカーがうるさくて」と、言う言葉を。これが原因だったのだと。幾ら愛の組織でも、これ程大事になると隠し通す事が出来なかったのだろう。
苦痛に表情を歪める円は、ゆっくりと立ち上がると、
「それから……何があったの。朝、私は自分の部屋で寝てた。それに、傷も大分癒されていた。一体、どう言う事?」
「さぁな。それは、俺もわからねぇー」
「私も目が覚めた時は家だったし、正直、今生きてる事も不思議。本来なら、あの一撃で四人とも消滅してておかしくないんだから」
ふぅ、と愛が吐息を漏らした。武明もサングラスで表情は分からないが、おそらく怪訝そうな表情を浮かべているのだろう。腕を組んだまま俯いていた。静かな時が過ぎ、愛がゆっくりと語り出す。昨夜の出来事を。




