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第三十九話 圧倒的な力の差

 それは、一瞬の出来事だった。


「んな、馬鹿でかい武器なら、小回りきかねぇーだろ!」


 そう叫び、私の横に立っていた土愚兎が奴に飛び掛っていったのは。肉弾戦なら勝てると、確信があったのか、それを合図に雷怨も上着を脱ぎ捨て地を蹴っていた。

 しかし、奴は微動だにせず、ただ二人が迫るのを待つ。飛び道具を武器として扱う者が最も警戒しなければならないのは、接近される事。特に、奴の様な大型の飛び道具を使う人は一番気をつけなければならないはず。なのに、どうしてあんなに余裕が――と、思った時、鈍い音が聞こえ、最初に飛び掛った土愚兎の体がくの字に折れ曲がり、膝を地面に落とした。


「がはっ……ごふっ……」


 暗がりでよく見えないが、血なのか、唾液なのか、分からないが口から液体が吐き出され、謝る様に頭が地面へと落ちた。その瞬間に、雷怨はすぐに踵でブレーキをかけ、後方へと飛び退く。その素早い動きに、関心した様に「へぇー」と声を上げた奴は、いつの間にか右手に小さな銃器を具現化していた。

 見た感じあの銃器はサポートアームズに見えるが、私達封術師やガーディアンが使うサポートアームズとは異質な感じがした。


「くっ……」


 雷怨が声を漏らしたのが聞こえ、奴は不適に笑いながら土愚兎の頭を左足で踏みつけた。


「悪いけど、アタシ、肉弾戦こっちの方が得意なんだよ」


 左拳を握り、更に左足に体重を乗せる。地面が砕け、土愚兎の頭が減り込んだ。

 力の差は歴然としていた。体中の毛が逆立ち、コイツは危険だと体が震える。


「それ位にしたら。ジャック」


 静かな口調で、綺麗な女の声が頭上から聞こえた。そのとたん、僅かに寒気が身を襲う。冷気が上空から漂い、足元に白い霧が流れていた。柱に縛り付けられ、誰が居るのか見ることは出来ないが、先程まで笑みを浮かべていたジャックと呼ばれた者は、その声の主に明らかに嫌そうな表情を浮かべたのが分かった。


「ゼロ。テメェ……何の用だ」

「別に用なんて無い。ただ、通りかかっただけ」


 静かな口調の返答に、ジャックは眉間にシワを寄せた。ゼロとジャック。二人の関係性は今のところ不明だが、あまり仲はよくないと言う事だけは、今のやりとりで分かった。

 ジャックは私の遥か上の方を睨みつけ、右手に具現化した小さな銃器の銃口を向けると、


「だったら、口出しすんじゃねぇ! ここはアタシの縄張りだ。アタシの許可無く暴れる奴は許さねぇ」


 と、怒鳴る。一方、その言葉に対し、「そう」と、小さく呟いたゼロと呼ばれた者が、鉄骨を蹴った音が耳に聞こえた。


(飛び降りた!)


 そう思った瞬間、目の前を鮮やかな群青色の髪をなびかせた少女が通り過ぎ、同時に眩い光が輝き、澄んだ金属音が僅かに響いた。鎖が鉄骨に落ち重々しい音を奏でた。あの一瞬の間にサポートアームズを具現化し、尚且つ鎖を切り裂く程の腕前。

 正直、勝てる気が全くしない。それ位実力差があった。

 鎖から解放されてもその場に立ち尽くすしか無く、ただ私は見ている事しか出来ないで居た。



 凄まじい爆音が下で轟いた。衝撃で鉄骨が揺れ軋む。土煙がゼロを包み込み、ジャックはその土煙へと右手に持った銃を連射する。乾いた破裂音が何発も何発も聞こえるが、それと同じ位水の弾ける音が響いた。

 この場に水など無いはずなのに、ピチャピチャと、水滴が落ちる様な音が――。その音に、ジャックは表情を曇らせ、引き金を引くのをやめた。破裂音が収まると、その水音も消え、土煙が徐々に晴れる。


「あなたに何かを言うつもりは無いから」


 静かな口調でゼロがそう延べ、地面に突き刺さった大きな剣を抜くと、「どうせ言っても聞かないし」と小声で呟いた。

 ゼロの目の前に広がっていた水の膜が弾け地面へと散った。この水の膜が先程の水音の正体だったのだろう。そして、さっきの衝撃はあの剣が地面に突き刺さった時に起きたモノ。恐ろしくなる。あんな剣を飛び降りながら具現化し、鎖を切ったのかと思うと。

 土が舞い上がり、私の身長とほぼ同じ大きなの剣を、顔の横に水平に構えた。十字架をかたどった様な美しい大剣の刃の付け根に輝く青い水晶から、美しい女性の声が響く。


『お姉さん達、争いたいわけじゃないの。お願いだから、退いてくれないかしら?』


 大人びたその声に、ジャックの右手に握る銃器から掠れた男の声が響く。


『アリースバーバスト。貴様の願いでも、それは聞けない。ジャックの邪魔をするなら、僕は全力でキミ達を消すよ』

『あら。お姉さんの事はアリスって、呼んでって言ってるはずなんだけど?』


 アリースバーバスト、彼女の通称はアリスなのだろう。凄く不満そうな声を上げていた。一応、奴等の使うサポートアームズにも意思はある様だった。適合者よりも、サポートアームズ同士の方が仲良く見えるのは、少しだけ不思議な感覚だ。


『愛ちゃん。愛ちゃん!』


 不意にセイラの名前を呼ぶ声が聞こえ、私ははっとし、円の方へと駆け寄った。武明も意識を取り戻し、円を抱き起こすが、血がとめどなく流れ、体は体温を失いつつあった。


「円! 確りしろ!」


 体をゆするが反応は無い。血を流し過ぎたのだろう。私が駆け寄ると、割れたサングラス越しに、武明が私の目を真っ直ぐに見据え、


「お前、確か、水の属性も持ってるんだよな! だったら、今すぐ癒しの術を!」

「む、無理言わないでよ! わ、私、回復系統は苦手なのよ」

「はぁ! んな事言ってる状況かよ!」


 武明が怒鳴り、肩を掴んだ。そのあまりに強い力に思わず表情が歪む。それほど、円を心配しているのだろう。けど、どれだけ頼まれても私には使えない。そもそも、本来私に水属性を扱う程の力は無い。私が水属性の力を使えるのは、水属性のサポートアームズであるヴィリーを片目に移植しているからだ。だから、水属性を使えると言ってもその力は微弱なモノ。こんな酷い傷を治すなど不可能だった。


「ごめん。でも、無理なの!」

「何でだよ!」

『武明。ごめんなさい。愛ちゃんは、本来水属性を扱える体じゃないの。愛ちゃんが水属性を使えるのは、右目に移植されたヴィリーの力なのよ。ここまで酷い傷はヴィリーの力だけじゃ無理よ』


 私に代わって、セイラがそう説明する。「くっ」と武明が声を漏らしたのが聞こえた。こんな時いつも思う。何故、私には力が無いのかと。元々才能があったわけじゃない。ただ、たまたまヴィリーとの適合性があっただけ。それだけで、右目を奪われ無理矢理移植され……別にヴィリーを怨んでいるわけじゃない。どうせなら、もっと才能のある、力のある人と適合していればと。こんな中途半端は私じゃなくて――。

 拳を握り、鉄骨を殴りつける武明。皮膚が裂け血が滲む。

 どうすればいいのか、分からず目を伏せると、その下で轟音が大気を揺らした。激しい青白い光の弾とゼロの剣アリスが衝突していた。白煙を大量に噴かせるのは、ジャックが傍らに抱えた大きな銃器。風を呑み込む様な音を轟かせながら、まだ光の弾は大きく膨れ上がっていく。その弾丸の凄さよりも、それを受けながらも、全く押される事も無いゼロのその姿に驚いた。

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