第三十八話 カウントダウン
血が雫となり地面へと落ちる。
鉄骨からうなだれた円さんの右腕。まるで死んでいる様に見えるが、まだ息はある様だ。ただしその息も弱々しく、かなり危険な状態だと言う事は分かった。
「くっそ! この!」
声を荒げる愛。武明はまだ意識は無くうなだれている。
そして、キルゲルは怒りに拳を震わせ、鉄骨に立つ雷怨を睨み叫ぶ。
「貴様!」
風が吹き荒れ、キルゲルが地を蹴る。幾度見ただろう風の道が空へと登る。雷怨目掛けて、一直線に。
キルゲルの怒りを感じる。初めての感覚だった。キルゲル自身の感情が自分の中に流れ込んでくる。
刃を包む風がその感情に同調する様に鋭く一層強く吹き荒れる。だが、風の道を一直線に駆けていると、突如横から衝撃を受け吹っ飛んだ。
激しく地面へと叩きつけられ横転し、右肘と左膝から血がにじむ。
「くっ!」
「甘い甘い。僕の事忘れてもらっちゃ困るよ」
空中を回転し元の場所へと着地した土愚兎が、不適な笑みを浮かべこちらを見下ろしていた。左脇腹に思いっきり奴の膝が入り、膝が震える。一撃で足に来る程のダメージを与えられ、キルゲルも内心驚いているのが分かった。
激痛を感じるが、キルゲルは表情一つ変えない。しかし、呼吸が僅かに乱れている。何か焦っている様に感じた。だが、それが何なのか分からなかった。
額から流れる汗を拭い、土愚兎の方へと目を向ける。赤い瞳と視線が交わる。
「キミの瞳も真っ赤で綺麗だよね。まるで血の様で」
クスクスと、土愚兎が笑う。そんな土愚兎から視線を外し、雷怨へと視線を移す。その視線に気付いたのか、雷怨は鉄骨から飛び降り、音も無く地上へと降り立った。真っ白のマフラーが優雅に揺れ、漆黒のスーツの裾がはためいた。
「貴様は私と戦いたい様だな。時間も残り少ない所だ。ここは私が相手をしてやろう」
「えぇーっ。ちょっと、雷怨。作戦分かってんの?」
「ああ。分かっているさ」
静かな口調でそう告げると、雷怨は首に巻いていたマフラーを解き、スーツを脱ぎ捨てた。パサッとスーツとマフラーが地面に落ちると、雷怨は静かに息を吐く。
「あーぁ。雷怨てば、作戦無視。しらないぞぉ」
土愚兎が頭の後ろで手を組みながら、そんな事を呟いた。
金色の髪が揺らぎ、威圧感のある視線が向けられる。獣に睨まれた感覚に思わず足を退く。キルゲルがここまで圧倒されている所を初めて見るかも知れない。
静かに過ぎる風。土煙が穏やかに舞い、雷怨の金色の髪に雷撃が走る。
雷怨。名の通り、雷を使う鬼獣なのだろう。見た目は人間そのモノだが、それでも何処か獣の様な雰囲気が漂っている様に思えた。怨と言うのは、やはり怨みと言う事なのだろう。
相手を分析していると、不意にキルゲルが「くっ」と言葉を吐いた。
(どうした? キルゲル?)
「何でもねぇ。テメェは黙って見てろ」
相変わらずの言葉遣いに大人しく黙る事にした。
互いに睨み合うキルゲルと雷怨。全く攻める気が無い様に見える雷怨に、キルゲルが僅かながら苛立っているのは分かった。
「くっ! 来ないなら、コッチから――」
キルゲルが怒鳴り右足で地を蹴ったその時だった。雷光が眩く視界を遮り、腹部に拳が減り込んだ。一瞬だった。何が起こったのか分からず、その場に蹲る。
「かはっ……うぐっ……」
血の混じった唾液が口から吐き出された。蹲る僕の頭を雷怨の足が踏みつけ、額が地面に擦り付けられる。
「この程度だ。貴様の力は」
「うぐっ……」
剣を握る手に力を込めるが、まだ腹部に残る激痛にキルゲルですら動く事が出来ずに居た。
「カウントダッウーン!」
突如、土愚兎がそう叫んだ。何の事か分からぬまま、カウントダウンが進む。
「三! 二! 一!」
と、次の瞬間、視界が一瞬ブラックアウトし、意識がすぐに戻る。その瞬間、全身に今までの比ではない程の激痛が走った。
「ぐああああっ!」
「晃!」
愛の声が聞こえたが、返答出来る状態ではなかった。
(晃! 確りしろ!)
キルゲルの声が頭の中に響く。体が元に戻った為、キルゲルの力で押さえ込んでいた痛みが直接感じた。肋骨の亀裂、腹部への打撃、疲労。満身創痍とはこの事を言うのだろう。
激痛の最中、何故キルゲルの意識が戻ったのかと、疑問が生まれた。そして、思い出す。土愚兎が行ったカウントダウンを。奴等は知っていたのだ。こうなる事を。もちろん、キルゲルも知っていたのだろう。だから、焦っていたのだ。
「はい。時間切れ。雷怨。とっとと、トドメ刺してよ」
「トドメ? その必要は無いだろ」
雷怨がそう告げ、スーツを着るとマフラーを巻き直し、背を向けた。
「何だよ? 僕等のミッションは――」
土愚兎の声が途切れ、爆音が耳に届いた。
「ぐっ! 何だ」
鉄骨が崩れる音が聞こえ、一つの足音が聞こえた。
「貴様は……」
雷怨が呟き息を呑む。遅れて土愚兎が「げげっ」と、声を上げたのが分かった。
突如として重苦しい空気が周囲を包む。激痛に耐えながら顔を上げると、かすんだ視界に一つの影が見えた。右脇に抱えた大きく重々しい兵器を構えた人の影を。何処かで見たその人物と目が合った。
「何だ。そのザマは。桜嵐晃」
「だ、誰よ! あんた!」
愛が叫ぶと、土愚兎が「ば、バカ!」と怒鳴ったのが聞こえた。重々しくすり足で足が動いたのが分かった。そして、右脇に抱えた大きな兵器が静かに地面に置かれる。
「コイツはアタシの獲物だ。それに、ここはアタシの縄張り。お前達、誰の許可を得てここで暴れてんだ」
低く威圧感のある声がその場を制する。どこかで聞いた声。一体誰だっただろう。
激痛を伴いながらも、考え、思い出そうとするが、上手く頭が働かない。それどころか、意識がだんだん遠のいていく。薄らとする意識の中で、話し声が聞こえた。
「私達は貴様の部下ではない。貴様にアレコレと指図される覚えは無い」
「そう。なら、アタシに殺されても文句ねぇな!」
声が消え、激しい爆音が聞こえた気がする。もう朦朧としていた意識は静かに消え、深い眠りへといざなわれた。




