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第三十六話 送別会

 帰宅すると、すでに準備は終わっていた。

 テーブルに並んだ料理の数に思わず唖然とした。メールして家に着くまでの僅かな時間の内にアレだけの数の料理を準備した、美空に妹ながら驚かされた。優海も部屋の飾り付けをしてくれたらしく、達筆に書かれた送別会の文字を褒めてあげると、嬉しそうに笑っていた。

 準備が終わると同時頃にチャイムが鳴った。


「あーきらー。信二さんと博人さん来たよぉ」

「手伝いに来たんだが……もう準備は終わってる様だな」


 居間に入るなり、信二がそう呟いた。


「悪いな。準備手伝って欲しいから早く来て欲しいって言って」

「いや、いいさ。でも、流石は美空ちゃんに優海ちゃんだな」

「けど、何で送別会なんだ? クラスの連中企画してただろ?」


 博人がテーブルの前に腰を下ろし面倒そうな顔をする。その言葉に不思議そうな顔をする美空と優海が僕の方に視線を向ける。苦笑しながら、そこにいたった経緯を説明すると、美空は呆れながら、「どんな先生だよぉ」と、肩をすくめ、優海は「可愛い先生なんですね」と、嬉しそうに微笑んだ。

 信二も博人の横に腰を下ろすと、掛けていた眼鏡を外し、目頭を抑える。なんだか疲れている様に見えた。


「大丈夫か? 疲れてるなら、無理して参加しなくても……」

「いや。家にいる方が疲れる」


 眼鏡を掛け直しながらそう告げた信二に、優海が複雑そうな表情を見せた。


「あ、あの……お嫌いなんですか? お家?」

「…………どっちかと言えば」

「ゆ、優海。あんまり、詮索するなよぉ。人には色々あるんだしさぁ」


 その場を和ませようと美空がそう言い笑った。

 信二の家の事は詳しく知らないが、どうも両親が厳しい人らしい。その為、中学の時は憂さ晴らしの為に風紀委員に所属していた。その時、博人とは何度もやりあったと聞いた事があるが、博人も信二もその事をあまり話したがらない。二人だけにしか理解出来ない事があるのだろう。

 暫くの後、愛と円さんが武明を引きずりながら家に来た。何でも見回りの最中に、出会ったその瞬間に逃げ出そうとした所を捕獲したらしく、武明の顔には殴られた様な痕が残っていた。「何故逃げ出したのか」と聞くと、「目を合わせた瞬間に逃げなきゃいけない」と、思ったと武明は語った。その結末がこれなんだが、どうも不運に見舞われたらしい。

 テーブルに並んで座る愛と円さんの二人に目を向ける。来ないと言ってたのに、またどうして来たのか分からないが、テーブルに並んだ料理を前に愛は嬉しそうに笑みをこぼし、円さんは相変わらず落ち着いた様子で本を読んでいた。


「で、何で来たんだ?」

「何でって、送別会でしょ?」


 当然と言わんばかりにそう言った愛に、ジト目を向けると、何故か睨まれた。


「何よ? 文句でもあるわけ?」

「参加しないって話じゃなかったのか?」

「まぁ、ちょっとね」


 一瞬、愛が複雑そうな表情を浮かべた。だが、それ以上は何も言わず、何を聞いても笑って誤魔化された。

 それから遅れる事一時間程が過ぎ、火野先生が加奈に連れられて家にやってきた。集まった皆の顔を見回し、嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべる。


「エヘへ。嬉しいなぁ。先生の為にこんなに、集まってくれるなんて」


 照れ笑いを浮かべ、頭を掻く火野先生に、加奈は「早く座って」と、背中を押す。案内された場所に腰を下ろした火野先生は、もう一度皆の顔を見回す。美空は早く料理を食べてもらいたくてうずうずしているのか、少し落ち着かない。一方の優海は疲れたのかすでにうとうととし始めていた。

 暫しの沈黙の後、火野先生の視線がこちらに向く。


「え、えっと、そ、それじゃあ、これから、火野先生の送別会を始めます」


 思わずそんな言葉を口走ると、皆が拍手を始めた。司会進行は自動的に僕に決まってしまったようだ。とりあえず、手探り状態で進行して行く。ジュースで乾杯し、火野先生に挨拶をしてもらう。それから、皆で料理を食べた。

 特に変わった事も無く、時間は過ぎる。楽しそうに終始笑う火野先生に、皆も笑顔を見せる。

 送別会も終盤に差し掛かった頃、不意に火野先生が席を立った。


「いやー。こんな、盛大に祝ってくれてありがとうね。実は、ここでちょっと報告がありまして――」


 その言葉で、皆が火野先生の方へ目を向けた。ハニカム火野先生は、少しだけ困ったような表情を浮かべ、右手の人差し指で眉を掻く。


「え、えっとねぇー。言いにくい事なんだけど……」


 妙な間が空き、また火野先生が困った様に眉を掻く。


「ど、どうしたの? 恵ちゃん?」


 加奈が火野先生の事をそう呼んだ。火野先生は比較的女子の間では、下の名前で呼ばれており、先生と言うよりも女友達と言う感じで慕われている。


「えっとねぇ。実は、私、教育実習今日までだったんだよねぇー。あはは」


 その言葉にその場が静まり返る。何を言ってるんだろうと、皆が思ってる中で、更に困った様な表情を見せながら、


「うーん。予定は明日までだったんだけどねぇ。ちょっと繰り上がっちゃって。で、今日でお別れなのだよ」


 照れ笑いを浮かべながら胸を張る火野先生に、皆が呆然としていた。何を言っているのか、理解するまで少々時間がかかった。

 暫く続いた沈黙の中で、最初に口を開いたのは意外にも愛だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ! そ、それじゃあ、明日のクラスでの送別会はどうするのよ!」

「だから、今日、こうして、皆にしてもらったんだよ」


 まるで明日クラスで送別会をすると言う事を知っていたと言う口ぶりでそう言う火野先生に、信二は落ち着いた様子で眼鏡を掛け直し、問う。


「火野先生は、知っていたんですね? 送別会する事」

「えっ、ま、まぁ、短い間だったけど、一応担任をしたクラスだからね。色々把握してるつもりだよ?」


 あはは、と笑いながらそんな事を言う火野先生が、困ったように眉を八の字に曲げる。

 自分の為に隠れて送別会の準備をする生徒達に対して、言い出しにくかったのだろう。自分は何も知らないと言う事にしていたから。だから、今日、ワザワザ自分で送別会の事を口にしたのか、と納得した。


「ど、どうして、もっと早く言ってくれなかったのよ? そしたら、クラスでの送別会も予定を繰り上げたのに!」


 加奈の言葉に、頬を掻く火野先生は、僕の方へと視線を向けた。助けてと、言いたげな視線に、僕も困り苦笑した。

 そんな空気の中、一人本を読んでいた円さんが、その本を閉じ、静かに顔を上げた。


「いいんじゃない。こうして、送別会は出来たんだし」

「だな。別に、クラスで出来なくてもいいんじゃねぇ?」


 円さんの意見に賛同したのは博人だった。更に、武明もその言葉に賛同する。


「まぁ、送別会なんて、あっても無くても一緒だろ?」

「一緒じゃないわよ! 皆、火野先生にはお世話になってるんだから」

「えぇーっ。いやぁ、そんな事無いって。気持ちは嬉しいけどさぁ、流石にクラス皆に祝ってもらうと、泣いちゃうからさぁ」


 笑いながら加奈の言葉に返答した火野先生の眼に僅かに涙が浮かんでいるのが分かった。皆理解した。火野先生も悲しいのだと。だから、誰も何も言わず、最後に火野先生の別れの言葉を聞いて、送別会は幕を閉じた。

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