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第三十四話 呼び方

 あれから一週間程過ぎた。

 円さんも武明も随分と学校になじんでいた。

 二人はこの町に派遣されたガーディアンと封術師で、愛とは同じ組織だが所属する支部が違うとの事。

 その辺の事は組織の事を知らない僕には、さっぱり分からない事だった。愛と円さんは、武明をボコボコにすると言う事で意気投合し、大分仲良くなった様だ。元々、似通った所があったからだろう。


「それじゃあ、今日も円と見回りして帰るから」


 愛はそう告げると、教室を後にした。

 何も言わずそれを見送った後、窓の外へと目を向ける。運動部は校庭を走り、部活に入っていない生徒は校門の方へと歩いて行くのが見えた。

 すでに僕や愛が化物と戦っていると言う事は学校中の生徒が知っている。その所為か、最近は滅多に話しかけられなくなった。別にそれで困っていると言うわけでは無く、そうなってくれてよかったと思っている。

 これで、誰かが巻き込まれて傷つく事が無くなればいい。そう思っているからだ。

 だが、例外もある。


「あーきら。今日は一人? 一緒に帰らない?」


 髪を短く切った吉井さんが、顔を覗き込む。黙ったまま吉井さんの顔を見ていると、困ったように眉が八の字になった。


「大丈夫? 体調悪い?」

「えっ、いや……そんな事無いけど?」


 あんまり心配そうな顔をするので、そう返答する。


「ホント? 何かさぁ、最近無理してない?」

「無理? してないけど……そんな風に映ってるのか?」

「そうね。晃の場合、何でも一人で抱え込むってイメージあるから」


 やや苦笑気味にそう返答する吉井さんが、一層心配そうな表情を見せる。

 幼馴染だからこそ、分かる事なんだろう。けど、自分ではそんな風にしてるつもりは無く、そう言われてもあんまりピンとこなかった。

 腕を組み少し考えてみるが、やはり思い当たるふしは無い。不満そうな表情をしていたのか、吉井さんはまた困った様に眉を八の字にし、


「その様子だと、自覚無いみたいだね」


 と、笑う。その笑顔が何処か寂しげに見えたのは、多分気のせいじゃない。吉井さんとは長い付き合いだから、なんとなくそう感じた。


「まぁ、そう言う所、晃らしいよね」

「えっ? そ、そうか?」

「でもさ……」


 後ろで手を組み、窓を外へ目をやる吉井さん。何処か寂しげなその横顔に、思わず目を奪われる。長年一緒に過ごしてきたが、そんな寂しげな表情に胸が痛む。

 そして、数秒の間が空き、吉井さんがニコッとこちらに笑みを向け、


「少し位、周りの人を頼ってもいいんじゃないかな?」


 と、優しく言う。

 その言葉が胸に深く突き刺さる。

 出来ればもう誰も巻き込みたくない。そんな僕の考えを見透かされている様に感じた。

 思わず視線をそらし、うつむく。何と返事をしていいのか、分からなかった。


「もう、何、マジになってんのよ? 別に、責めてるわけじゃないし、怒ってるわけでも無いんだから。ただ、私に出来る事があれば、相談に乗るよ? って、それだけの事でしょ? 晃って、ホント、そう言う所不器用だよね」


 明るく笑う吉井さん。

 今まで、当たり前の様に見ていた吉井さんの笑顔。その笑顔を見ていると、大分心が和む。本当は分かっていた。彼女の笑顔が、いつも僕を助けてくれているのだと。


「何? 人の顔マジマジと見て?」

「んんっ? いや。吉井さんの笑顔って、可愛いよなぁ、って」

「な、なな、な、何言ってんのよ!」


 顔を真っ赤にする吉井さん。そして、思わず口にしてしまった言葉に、自分自身も顔を真っ赤にする。何で、あんな事を口にしてしまったのかと、後悔するが後の祭りだ。

 二人揃って顔を赤くしたままうつむいていると、廊下の方から博人の声が聞こえた。


「おーい。晃。武明来てるぞ」

「あ、ああ。分かった」


 赤面しつつも、廊下側の窓の向こうに居た博人に右手を上げて返答すると、博人も右手を上げて「じゃあ、またな」と言って去って行った。

 そんなやり取りを見ていた吉井さんは、不思議そうに首を傾げる。


「あのさぁ、仲直り……したんだよね?」

「えっ、あぁー、まぁ、したけど?」


 吉井さんが鬼獣との戦いに巻き込まれた一件で、殴られて以来博人とは絶交状態だったが、先日の武明と円さんの事件があった後、仲直りした。理由は良く分からないが、博人の方から「悪かった」と言って来た。多分、武明と円さんの来た日に、博人の心境を変える何かがあったんだと思う。


「それが何?」


 不思議そうな顔をする吉井さんにそう尋ねると、もう一度首を傾げ、


「何か、よそよそしくない? 前はもっと仲良かったよね?」

「えっと、それは――」


 吉井さんの言葉に思わず苦笑する。多分、吉井さんが居るから、博人はああ言う態度を取ったんだと思う。気まずいのだろう。僕を殴った事は吉井さんの耳にも届いていたから。当の本人はそんな事気にしていない様だけど。

 苦笑していると、吉井さんはムスッとした表情を向ける。


「ねぇ、何か隠してない?」

「か、隠してないけど?」

「ホント? じゃあ、なんで、加賀はあんなによそよそしかったわけ? ちゃんと説明してよね」


 顔を近付け睨みを利かせる吉井さんに、表情を引きつらせていると、教室の戸が乱暴に開かれ、大きな物音が響く。教室に居た生徒の視線がそこに集まり、僕や吉井さんもそっちに視線を移す。


「いつまで待たせんだコラ!」


 楕円形のサングラスを掛けたいかにも柄の悪い男が怒鳴り込む。


「あっ、えっと……確か……」


 腕を組み考え込む吉井さんに、男は引きつった表情を浮かべ、


「たーけーあーきーだ。武明!」

「あー。うん。知ってる。武明って名前なのは知ってるけど、苗字が出てこなくてさぁ」

「はぁぁっ! 舐めんなコラ!」


 怒鳴り散らす武明に、耳を塞ぎながら、


「はいはい。分かった分かった」


 と、返事を返す吉井さん。

 なぜだろう。武明は、やたらと女子に弄られているイメージがあるのは。多分、あの二人の影響だと思う。


「ま、まぁ、落ち着けって」

「落ち着けじゃねぇだろが! コッチは廊下に待たされてんのに」

「普通に教室に入ってこればいいじゃん? 他のクラスとか関係ないよ?」

「うるせぇー黙れ」


 吉井さんに冷たく当たる武明。相当、ストレスが溜まっている様だ。


「で、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、お前のパートナーが円を連れて見回り行ったんだよ」

「それは、愛から聞いてるけど? それが、何?」

「マナ?」


 武明に返答した僕の言葉に吉井さんがそう呟いたのが聞こえた。


「ど、どうかした?」


 仏頂面でこちらを見据える吉井さんにそう声を掛けると、腕を組み胸を張りながら、


「へ、へぇー。晃って、雪国さんの事、名前で呼び捨てなんだぁー」

「えっ、いや、それがどうかした?」


 そう言うと一層不服そうな表情を見せ、


「私と、晃って、どれ位の付き合いだっけ?」

「えっ? そうだなぁ……」


 腕を組み考える。

 吉井さんとは幼稚園の時初めて言葉を交わした。家は近所で一応顔見知りではあったが、ちゃんと話したのはその時だ。それから、小・中と九年も連続で同じクラス。陰謀じゃないか、と何人もの男子生徒に責められた事がある。


「で、どれ位の付き合い?」

「十年くらいになるんじゃないかな?」

「えっ、お前ら、十年も一緒にいんのか? マジか! 幼馴染って奴か? あれって、都市伝説じゃなかったんだな!」


 驚く武明を睨みつける吉井さん。凄くうっとうしそうに見える。実際、僕も少しうっとうしく思う。そんな場の空気を読まず、武明はまじまじと僕と吉井さんを見る。


「はぁーっ。マジかー。幼馴染とか、初めて見たわー」

「あんた、うっさい。少し黙ってて」

「んだよ」


 不貞腐れる武明を無視して、吉井さんは僕の前に立つ。


「で、十年も一緒に居て、私は苗字でさん付け」

「うん。それが?」

「雪国さんの事は、名前で呼び捨て」

「そ、それが?」

「どうして、付き合いの長い私が苗字でさん付けで呼ばれて、雪国さんは名前で呼び捨てなのかしら?」


 机を両手で叩き怒鳴る吉井さん。あまりの迫力に後退る。


「えっ、な、何?」

「だーかーらー! 何で、私は苗字でさん付けなのって聞いてるの! 幼馴染でしょ!」

「いや、そ、そう言われても……」

「いい! この先、私の事も名前で呼ぶこと! 分かった!」

「えぇーっ!」

「わかった?」


 ニコッと笑いながらも威圧的にこちらを見据える吉井さん――いや、加奈に、苦笑してみせると、もう一度、


「わかった?」


 と、尋ねられ、「は、はい」と返答した。いや、はい、としか言わせないそんな雰囲気だった。

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