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第三十話 愛と優花

 漆黒の闇の中、弱々しい光を握り願い、思う。

 すると、僅かに光の筋が道を示す。

 静かに瞼を開き、全ての思いをぶつけ、その手に一本の剣を形成する。光を纏った美しい白刃。思わず見入ってしまいそうになるが、それを堪え頭上へと振り上げた。


「キルゲル。これでいいのか?」

『ああ。後は、お前の思いを乗せてそれを振り下ろせばいい』

「分かった」


 キルゲルにそう告げ、振り上げたその剣に思いを乗せ、力任せに振り下ろす。闇に包まれたその空間に、振り下ろすと同時に光が満ちる。あまりの眩しさに目を伏せた。それでも、瞼の間から差し込む眩い光。

 その中で、一つの声が聞こえた。


「晃!」


 雪国さんの声に、思わず瞼を開くと、僕は落下していた。何が何だか分からぬまま加速し、アスファルトが近付く。そして、何故か、雪国さんが僕の体を抱き締めていた。

 まるで状況は掴めないが、雪国さんも僕自身もやばい状況である事だけは把握し、思わずその名を呼ぶ。


「キルゲル!」


 その声に反応する様に、体を包む激しい風。そして、手の中に現れたその剣をアスファルトの方へと向けた。衝撃が肩に圧し掛かり、爆風と共に多くの悲鳴が響いたのが分かった。未だ吹き荒れる風に、ゆっくりと瞼を開くと、アスファルトに突き刺さったキルゲルの姿が見えた。


『戻ってくるなり、とんでもない登場だな』

「悪い……僕も、結構驚いてる」

「……あき……ら?」


 苦笑していると、雪国さんの声が聞こえた。少しだけ震えた、小さな声だったが、その声に僕も静かに返事をした。


「色々ごめん」


 正直に謝る。人影に寄生され心配させたと思ったからだ。一発殴られる覚悟はあった。だが、雪国さんは目の下に涙を溜めながら、ジッと僕の顔を見ていた。


「え、えっと……」

「バカ! し、心配したんだから! いきなり、影に呑み込まれて……」

「だ、だから、ごめんって! な、泣くなよ」

「な、泣いてないから! な、何で、私が泣くのよ!」


 右腕て涙を拭いながら、そんな事を言う。間違いなく泣いていたと思うが、雪国さんの性格上、絶対にそれは認めないと思うので、それ以上追求はしない。


「な、何よ! その目! 泣いてないって言ってるでしょ!」

「誰も、そんな事言って無いって。もういいだろ? その話は?」

「うっさい! 目が言ってんのよ! 泣いてただろって!」

『……悪いんだが、もう少し周囲を気にしたらどうだ? 今の状況、少しは考えろよ』


 アスファルトに刺さった状態で、キルゲルが間に割ってはいる。

 そのキルゲルの言葉で、僕も雪国さんも現状を思い出す。そして、突き飛ばされた。


「いっつ……な、何すんだよ!」

「い、いい、いつまで抱き付いてんのよ!」

「いや……どちらかと言えば、あなたが――」

「うっさい!」


 何故か、殴られ、赤面した雪国さんはソッポを向く。

 わけが分からず、アスファルトに突き刺さったキルゲルの具現化を解いて、周囲を見回す。

 街中。夜とは言え、多くの人がコッチに注目していた。数人の人が携帯のカメラをコッチに向けているのが見えた。


「キルゲル。この状況何とか――」

『斬るか?』

「僕に人殺しさせる気ッスか?」

『この際、仕方あるまい? 秘密を知られた以上――』


 キルゲルがそこまで言った時、僕の頭部が思い切り叩かれた。


「痛っ……何すんだよ」

「あんたが、危ない考えするからでしょ? 何、秘密を知られた以上よ」

「いや。それは、キルゲルが……」

「うっさい!」


 問答無用でもう一度殴られた。今度はグーで。

 何だか、いつも通りの雪国さんに戻ったみたいで、ホッとしたが、やはり殴られるのは納得がいかなかった。だが、反論すればまた殴るだろうから、大人しく謝る事にした。


「ごめん。じゃあ、どうするんだ? この状況?」


 当然の問に、呆れ顔の雪国さんが、あからさまなため息を吐くと頭を左右に振る。


「んなの、記憶を消すに決まってんじゃない。てか、それ位常識よ?」

「何処の常識だよ」


 思わずそう口にすると、額を叩かれた。然程痛くないのは、一応雪国さんが手加減してくれたからだと思うが、思わぬ一撃だった為よろけてしまった。


「やめろよ。パンパン叩くの!」


 額を押さえながらそう怒鳴ると、楽しげに雪国さんは笑みを浮かべ、


「ごめんごめん。て、言うか、記憶消すから、あんたは離れてて」


 突然そんな事を言い出す雪国さん。雪国さんにそんな大それた事が出来るなんて、今まで知らなかった。

 マジマジと雪国さんを見ていると、恥ずかしそうに顔を反らし、


「何見てんのよ! き、気が散るでしょ!」

「あ、ああ。ご、ごめん」


 赤面する雪国さんから視線を反らした。それから数秒の後、


「あっ……」


 雪国さんが、思い出した様に声をあげた。その声に振り向くと、苦笑する雪国さんと目が合う。何かとても嫌な予感がした。


「あはは……私、今、力残ってないの。ごめん。どうにかして」


 満面の笑みを浮かべ、可愛らしく両手を合わせる。

 あまりに突然の事に呆然と立ち尽くしてると、目の前を雪国さんの右手が往来する。


「おーい。聞いてるかぁ? おーい!」


 雪国さんの呼びかけで、ようやく我に返り、


「ちょ、ちょっと待て。僕にどうしろって言うんだよ。君みたいに、訓練を受けてるわけじゃないんだぞ!」


 やや早口でそう述べると、雪国さんは視線を反らしながら、「だってー」と唇を尖らせる。力を使い果たした雪国さんには申し訳ないと思うが、僕にはどうする事もできない。

 ガックリと肩を落としていると、突如突風が吹き荒れる。周囲に集まった人達のざわめく声が聞こえたが、やがて風の音が全てを包み込む。あまりの強風によろめく雪国さんの肩を右手を掴む。もう体力も限界で立ってるのもやっとなのだろう。支えてあげると、聞こえるか聞こえないか分からない位小さな声で、「ありがとう」と、言ったのが分かった。だけど、あえて聞こえなかったフリをした。雪国さんも聞かれたくなかったから、小声で言ったのだろうから。

 程なくして、上空から風見さんと大地の二人が降り立った。風でたなびく風見さんの長い黒髪。一方で、疲弊し疲れ切った表情を浮かべる大地。相当凄まじい戦いをしたのだろう。

 ポンと、大地が右肩を叩いた。


「お互い苦労するな。無茶するパートナーを持つと……」

「はぁ?」


 何の事か分からず、そう返答すると、大地が左右に頭を振りながら、「ダメだ……コイツ」と、呟いた。


「話は後にして」


 風見さんが睨むように僕と大地を見た。大地は慣れているのか、その視線をスルーし、僕はただただ苦笑する。


「しっかし、どうすんだ? 相当騒ぎになってるぞ?」

「だーかーらー! 記憶を消せばいいじゃない! あんたも、封術師ならそれ位出来るんでしょ?」


 頭の後ろで手を組む大地を押しのけ、雪国さんが風見さんの前へと歩み寄る。すると、風見さんは雪国さんから目線を反らし、


「ごめんなさい。私、忘却術は使えないから」

「……はぁ? な、な、何言ってんのよ! あんた、それでも一流の封術師なの?」

「エッ? 封術師に、一流とかあったの?」

「いや。ねぇよ」


 思わず口走った僕の言葉に横に居た大地が即答し、振り返った雪国さんが「うるさい! そこ!」と怒鳴った。怒っていると言うよりも、呆れていると言う方が正しいのだろう。額を押さえ、深くため息を落とすと、雪国さんは更に風見さんに詰め寄る。


「忘却術の一つも使えないで、よく封術師名乗ってたわね」

「それは、封術師には関係ない術だから」

「て、言うか忘却術って、幾つも種類があるのか?」

「いや。一つだ。所詮忘却術は忘却術だからな」


 また、隣にいた大地が即答し、雪国さんが怖い顔をして振り返る。


「だーかーらー。あんたらは黙ってて!」

「ご、ごめん」

「ああ。悪い」


 大地と声が重なった。だが、雪国さんは気にせず風見さんの方へと向き直り、


「そもそも、忘却術も使わないで、今までどうしてきたってのよ! あんた、仮にも封術師でなんでしょ!」

「封術師の仕事は、誰にも知られず迅速にが、第一よ。私と大地は、今までもそうしてきたわ。あなたがどうかは分からないけど」

「はは……ははははっ。何? それって、私達は、人に見られた事無いからって、自慢したいわけ? 喧嘩売ってんのあんた!」

「そんなつもりは無いわ。ただ、封術師は目立ってはいけない。一番最初に習う事よ」


 相容れぬ二人の間に沈黙が流れる。気まずい空気の中、大地と一緒に二人に背を向けた。


「何か、一触即発って感じだね……」

「そうだな。優花の奴があんな風にムキになるなんて、珍しい事だな」

「でも、もめてる場合じゃないんだけど……」

「だな。この間にもドンドン人、増えてんだけどな」


 二人して深いため息を吐いた。

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