第二十九話 晃対優花
屋上へ辿り着いた時、空はもう真っ暗だった。
もうすぐ梅雨だと言うのに、吹き荒れる風は冷たい。
静かな呼吸音と、単発に聞こえる足音、時折火花と共に金属音が聞こえた。
大地が私を降ろし、静かに息を吐く。
ココに来る途中で、色々と説明を受けた。彼の名前が大地だと言う事。パートナーの名前は優花で、二人は人影と言う鬼獣討伐の任務中だと言う事。そして、現在、その人影が晃に寄生していると言う事。
色々、分かった上で、目の当たりにする晃の姿。何か黒いオーラの様なモノが見た。アレが、晃の中にあった闇なのだろう。
「おい。分かってると思うが、手は出すなよ」
「わ、分かってるわよ! どうせ、足を引っ張るって言うんでしょ!」
「足を引っ張るとかそう言うんじゃないんだよ。何て言ったらいいかな……」
『正直に言えばいいじゃないか。今、下手に手を出したら、どっちかが命を落とす事になりかねないって』
大地に変わって、そのサポートアームズ、グラットリバーがそう告げた。
その言葉で、理解する。もう、私が手を出していい次元の戦いでは無いと言う事を。
漆黒の刃を振るう晃が、不適に笑みを浮かべる。
一方の優花も、息一つ乱さず、大きな鎌を構え真っ直ぐに晃を見据えていた。
「くはははっ。この体は良い。強い闇に、強い力。もう、貴様等から逃げる事も無い!」
『ケッ! 多少強い力を得て、図に乗ってんじゃねぇよ!』
「ふっ……なら、コレならどうだ!」
素早く地を駆け、優花との間合いを詰めると、漆黒の刃を下から上へと切り上げる。切っ先が床を抉り後塵と火花を散らす。
『あめぇよ!』
彼女のサポートアームズ、キファードレイが、そう返答すると、優花は上体を反らし刃をかわす。と、同時に慣れた手つきで大鎌を振るう。それは、無駄の無い素早い一撃。晃はすぐに飛び退いたが、それでも衣服が切れ腹部に血が滲む。
距離を取った晃は左手で腹部を擦りながらも、余裕の窺える表情でキルゲルを構えなおす。
「人影。いい加減、人の中に隠れるのはやめたらどうだ? どれだけ、逃げ回っても、私はお前を逃がさない」
「くくくっ。この体の力は、この程度じゃねぇ。次の一撃で、このつまらない追いかけっこも終わりにしてやるよ」
晃が腰を低くし、キルゲルを腰の位置に構える。私はあの技を知ってる。キルゲルが何度か使った事のある得意の技。破壊力は凄まじく、一撃で全てを破壊する程の力を持っている。間違いなく切り札だろう。
その晃の行動に、突然横に立っていた大地が首の骨を鳴らす。
「さて。そろそろ、動くか」
「えっ! ちょ、ちょっと、あんた手を出すなって!」
「俺はガーディアンだからな。ちゃんと守ってやんなきゃいけないんだよ。だから、お前はそこから動くんじゃねぇぞ?」
「ちょ、待ちなさいよ! あんたの属性って!」
私の声を無視して、走り出す大地。私の予想が正しければ、彼の属性は土。風の属性を持つ晃とは最悪の相性。そんな相手に、一体何を考えているのか、理解出来なかった。
大地はそのまま優花の前に立ち、真っ直ぐに晃の方を見据える。
「おう。手を貸すぞ?」
「……数秒でいいわ。後は私が何とかする」
『数秒? いやいや。無理だって。俺、一応、土――』
「黙って数秒耐えなさい」
『は、はい……』
優花の静かな威圧に、グラットリバーが大人しく返答する。何と無く、二人の位置関係が分かった気がする。
「時間切れだ。行くぞ!」
漆黒の刃に風が集まり、甲高い音が響く。不適な笑みを浮かべ、右足を踏み込むと、風の道が大地と優花に向って一直線に伸びる。突風が大地の体を僅かに押し、足がズルズルと下がっていく。優花は大地の体が風除けとなって、長い髪と短いスカートが僅かにはためく程度ですんでいた。
「くぅ! グラットリバー! モード黒金!」
『分かった。やりゃいいんだろ! やりゃ!』
グラットリバーが諦め、その姿を具現化する。大地の右手を覆う黒い硬物質。砂鉄か何かをコーティングしたグローブ型のサポートアームズなんだろう。黒光りするその手を振り上げ、大地は叫ぶ。
「全てを受け止めるぞ!」
『無茶言うな』
「うっせぇー! 行くぞ!」
大地が叫ぶと、晃が一気に漆黒の刃を横一線に振り抜く。風の道を一直線に走る風の刃に対し、大地は右拳を握り締め、勢い良く突き出す。衝撃音が轟き、爆風が大地の体を吹き飛ばしたのを目視したが、凄まじい衝撃に思わず目を伏せてしまった。
突風が髪を撫で、服をはためかせる。あまりの衝撃によろめき、壁に背を預けた。衝撃が収まると、周囲が静まり、別の風音が耳に届いた。
「ありがとう。大地。準備は出来た」
「ああー……任せたからな……」
優花の遙か後方で倒れる大地が左手を上げ手を振る。
「クッ! 相殺しただと! そんなバカな――」
「残念ね。でも、当然の結果よ。あなたが、その子の体を奪おうと、その力を最大限まで引き出す事は出来ない。だって、あなた自身は適合者では無いのだから」
静かに優花はそう言い、大鎌を振り上げた。風がその大きな刃を包み、轟々と音を轟かせる。
「ま、待て! お前、コイツを殺す気か! こ、コイツは適合者! お前達にとって――」
「そうね……。その歳で、適合者だなんて、私達にとっては、貴重な存在なのかも知れない。でも、これで、死ぬ様なら、それがその子の運命……」
「き、キサマ! ほ、本気か!」
「本気かどうかは、試してみれば分かるんじゃない?」
優花がそう言って、左足を踏み込むと、上半身を僅かに右へと捻り、大鎌の切っ先を空へ向けた。柄と刃の付け根が、床に触れてしまうんじゃないかと言う程振り被り、肩越しにジッと晃を見据えている。そのまま鎌を振り下ろしたら、その刃はどれ程の破壊力を生むだろう。
ジッと二人を見ていると、晃がわずかに後退するのが分かった。この行動に優花も気付いているのか、大鎌を握る手に力がこもる。
「動かない方が身のためよ」
「わ、分かった。この体は返す。だから――」
「――!」
突如後方へと飛びのくと、そのまま柵の手摺の上に乗る。
「晃!」
私が叫ぶと、晃がコッチに顔を向け、不適に笑った。と、同時に優花が叫ぶ。
「大地!」
「チッ! 分かってる!」
「じゃあな。赤い眼の死神――」
晃がそう告げ、体を投げ出す様に手摺を蹴った。
「セイラ!」
叫ぶと同時に具現化される白翼。もう体力なんて残っていない。それでも、晃を助けたい。それだけを思い、飛び立つ。速度は今までで一番最速。地面スレスレを高速で移動し、手摺を越えた。
「あのバカ!」
「大地急いで!」
手摺の向うで、大地と優花の声が聞こえた。でも、それも一瞬で、体は一気に急降下する。いや違う。多分、私も落ちているのだろう。徐々に晃との距離は無くなり、私は手を伸ばす。
「晃……もう少し――」
一生懸命手を伸ばし、私はようやく晃の手を掴んだ。
そして、そのまま晃の体を抱き寄せ、具現化したセイラに力を込めた。だが――
『だ、ダメ! 愛ちゃん……今のままじゃ――』
白翼は一度も羽ばたく事無く、その姿を消した。音も無く、静かに光となって――




