第二十六話 大地と優花
雪国さんの家を出て数十分。
ようやくコンビニで、飲み物を購入し帰路へついた。
特に急ぐ必要も無いだろうと、いつもよりスローペースで歩みを進めていると、見慣れた後姿が視界に入った。
「おーい。吉井さん!」
声を掛けると、吉井さんは両肩をビクッとさせ、ゆっくりと振り向いた。
「や、やぁ。晃。き、奇遇だね?」
「……何? 凄く不自然だけど?」
あまりの不自然さに、思わずそう口にすると、吉井さんは顔を僅かに赤く染め、
「う、うるさい! べ、べ、別にあんたを待ってたわけじゃないのよ! た、たまたま、この辺を通り掛かったから」
赤面しながらそう言う吉井さん。たまたまこの辺を通り掛かったと、言うが、吉井さんの家はこの道とは全く逆のはずだ。あえて、その事には触れず、笑みを返すと、吉井さんは視線を逸らした。
「そ、そんな事より、雪国さんの所に行ってたんじゃないの?」
「ちょっと、買出しを頼まれて」
「買出し?」
不思議そうに首を傾げる。
そんな吉井さんに、持っていたビニール袋を見せ、苦笑する。
「まぁ、色々あってね」
頬を掻くと、「ふーん」と軽く相槌を打つ。
「それで、今から戻るの?」
「そうだけど?」
「そ、そうなんだ……」
「吉井さん? どうかした?」
珍しく歯切れの悪い吉井さんを心配して、そう言葉を掛けると、「何でもないよ」と僅かに引き攣った笑みを見せた。それが、余計に不安だったが、それ以上は何も聞かなかった。あんまり心配すると、かえって相手に迷惑を掛ける場合もあるからだ。
「それじゃあ、僕、そろそろ行くよ。雪国さんと火野先生だけだと、心配だし……」
「そ、そうだね。そ、それじゃあ、私もそろそろ帰るね。また明日」
やや早口でそう述べる。何か焦っている様にも見えたが、何かを質問する前に、吉井さんはその場を走り去った。その後ろ姿を見据え、首を傾げると、不意に背後に気配を感じ振り返る。だが、そこには誰も折らず、たまたま通り掛かった主婦のオバサンが、不思議そうな顔をしながら足早に僕の横とを通り抜けて行った。
「おかしいなぁ……。確かに、何かの気配を感じたんだけど……キルゲル。お前は、何も感じなかったか?」
キルゲルにそう声を掛けた。だが、キルゲルからの返答は無く、更に通り掛かった女子高生二人組みが、怪訝そうな表情でコッチを見ているのが分かった。流石に一人でボソボソ言ってたら、あんな顔をされて当然だ。恥ずかしくなり、その場を足早に去った。
「ったく、キルゲル! お前の所為で、変な目で見られたじゃないか!」
早足で歩きながら、キルゲルに文句を言うが、やはり返答はなかった。
考えてみれば、あの日あの男と戦って以来、キルゲルの声を聞いていない。一体、どうしたんだろう。多少心配だが、コレが普通なんだと自分に言い聞かせる事にした。
暫く歩いた後、ゆっくりと足を止める。視線の先には、一人の少年が立っていた。眼鏡を掛けた真面目そうな少年。確か、コンビニに行く際に見かけた不良に絡まれていた少年だ。まるで僕を待っていた様に、そこにいた少年は掛けていた眼鏡を外し、右手で髪をクシャクシャにする。その際、手首に煌くブレスレットに目が行った。直感でそれがサポートアームズであると分かった。
思わず身構えると、彼は静かに右手を下ろし、
「俺はお前と戦う気は無ねぇよ。ただ、話を聞きたい」
「話? 一体、何の?」
『この辺で、人影と言う鬼獣を見なかったか』
何処からとも無く、彼とは別の声がした。低音の男らしい声。それが、彼の持つサポートアームズの声なのだろう。視線をブレスレットの方に向ける。ブレスレットに付いたオレンジの水晶が僅かに光り、またサポートアームズの声が聞こえた。
『で、見た事無いのか?』
「えっと……何で僕にそんな事を?」
「何でって、お前、ガーディアンじゃないのか? サポートアームズの力を感じるって、グラットリバーが……」
彼が怪訝そうな目を自らの右手首のブレスレットへ向けると、水晶が光り、
『い、いや。確かにサポートアームズの気配を感じるんだよ! んな、目で見るな!』
「じゃあ、これはどう言う事だ?」
『俺に聞くな!』
二人で揉め始める。その姿を唖然としながら見ていると、
「何してるの? 大地」
と、女性の声が聞こえた。綺麗な澄んだ声に振り返ると、腰まで届く長い黒髪を揺らす、凛とした女性。大人びて見える綺麗な顔立ちに、ミニスカートから伸びる細い足が妙にドキッとした。思わず見惚れてしまう程、スタイルも良く、視線をすぐに逸らしてしまった。
戸惑いうろたえていると、さっきまで話していた彼が、
「今、人影について聞いてたんだ。情報収集だよ」
思わず彼の方に顔を向けると、グラットリバーと呼ばれた彼のサポートアームズが『アレはコイツのパートナーだ』と軽く説明してくれた。その説明で、彼女も封術師かガーディアンのどちらかだと理解する。
「それで、情報は?」
「今ん所なし」
「そう……その顔は?」
「あはは……不良に絡まれて……」
「また?」
僕の存在など無い様に二人が話を進める。そんな二人の間にいるのも申し訳ないので、少々後ろに下がり壁に背を預けた。表情を一切変えない女性に対し、明るく楽しそうに会話する少年。全く正反対の二人だが、何故だか見ていると良いコンビの様に思えた。
二人の会話に入る事も出来ず、座り込んでしまうと、不意に彼の右手首のグラットリバーが声を掛ける。
『すまんな。もう少し待っててくれ。いつもこんな感じなんだ』
「別にいいよ。僕も少し話したいし」
とりあえず笑顔を返してみるが、ふと思う。サポートアームズに目はあるのだろうかと。キルゲルの場合一心同体の為、自分が目にしたモノをキルゲルも共有している。だが、彼のサポートアームズを見る限り、目の様なモノは無い。なのに、さっき彼が怪訝そうな顔をしたのをグラットリバーは分かっていた。不思議そうな顔をしていたのか、
『お前、何か失礼な事考えてないか?』
と、呆れた様な声で言葉を投げかけられた。そんなグラットリバーに「あはは」と笑い返すと、『笑って誤魔化すな』と突っ込まれた。キルゲルとは違うタイプのサポートアームズ。他のサポートアームズとこうしてゆっくりと話した事が無かった為、こうして話を出来て嬉しかった。
「あのさ。サポートアームズって、皆こんな感じ?」
『……どういう事だ?』
「いや。僕、こうして他のサポートアームズと話す事無かったから……」
思わぬ答えに、戸惑いながらそう返答すると、
「皆が皆そうじゃないわ。サポートアームズも人と一緒で、様々な性格があるのよ」
と、女性の方が答えてくれた。女性の方に顔を向けると、女性は軽く頭を下げ、
「私は風見優花。彼は黒木大地よ」
風見さんに紹介され、大地の方へと目を向けると、大地も軽く頭を下げた。僕も立ち上がり、
「僕は桜嵐晃。よろしく」
と、自己紹介をして頭を下げた。
落ち着いた様子の風見さんは、僕の顔を見据えると、
「それで、あなたは人影を知らないのね?」
「え、えぇ……。そう言う名前に聞き覚えは無いよ」
「チッ……確かにこの辺に逃げてきたはずなんだが……」
舌打ちした大地は、渋い表情を見せた。その人影と言う鬼獣に、一体何があると言うのだろうか。風見さんも今まで一切変えなかった表情を僅かながら曇らせていた。
「あの……人影って、そんなに危険な奴なのか?」
「危険よ。その危険度は特Sクラスよ。放っておけば、数十万、数百万の人の命を奪う事も出来る奴だから……」
深刻そうに俯く。それ程の力を持つ鬼獣とは、一体どんな奴なんだろう。そう思った時、大地が腕を組みながら、
「奴は、人の心の闇に寄生する。心に闇の無い人間なんて、そうそう居るもんじゃない。だから、奴は何処でも生きていける。人間が居る限り……」
『しかも、奴が寄生した人はやがて心を失い、奴の従順な僕と化す。最悪の鬼獣だよ』
「そ、それじゃあ、今も犠牲者が!」
大声を上げると、大地は両手で耳を塞ぎ、風見さんは迷惑そうに視線をこちらに向ける。
「大丈夫よ……。今は、その力を半分以上も失っている」
「前回、あと少しで封印出来るって所まで追い込んだんだが、邪魔が入って逃げられたんだよ」
「でも、寄生されたら……」
「暫くは寄生出来ないわ。まぁ、それがあと何日かは分からないけど……」
歯切れが悪いのは、本人たちも今の状況に焦りを感じているからだろう。
二人は僕が人影の情報を持っていないと分かると、
「悪かったな。じゃあ、また何処かでな」
「あなたも頑張って」
と、言ってその場を去っていった。結局、僕の聞きたかった事は聞けなかった。少し変わった二人だったけど、知り合えてよかった気がする。自分がガーディアンとしてどうすればいいのか、分かった気がした。




