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第二十四話 噂

「テメェ!」


 怒声と共に博人が左頬を殴った。机やイスを巻き込み派手に倒れると、周囲の生徒達が悲鳴の様な声を上げた。

 突然だった。博人が教室に入るなり、僕の顔を見て目の色を変え、飛びかかってきたのは。

 口の中が切れ、血の味が口に広がり、頬がズキズキと痛んだ。

 倒れた机から散乱した教科書を踏み、こちらに歩み寄る博人だが、それを信二が制止する。


「止めろ! 加賀!」

「うるせぇ! 手を離せ!」


 博人を後ろから抑える信二だが、博人も両肩を揺らし暴れていた。幾ら信二でも力で博人に勝てるわけなく、腕を振りほどかれ、後ろに並ぶ机を巻き込んで倒れた。鈍い音が聞こえ、その直後に女子生徒の悲鳴が上がった。

 それから遅れて、他の生徒達も騒ぎ出し、廊下には他のクラスの生徒が集まっているのが見えた。その騒動に、先生達も気付いたのか、廊下の方から声が聞こえる。


「ちょ、ちょっと! 退いて退いて! ってか、退きなさーい!」


 聞き覚えの無い女性の声。多分、上級生の担当の先生なのだろう。

 その声に、扉の傍に居た女子生徒が慌てた様に右手を上げながら廊下へ身を乗り出すと、


「せ、先生! こ、コッチです! お、小野山君が――」

「お、小野山君がどうかしたの!」


 廊下から聞こえる声に、不意に信二の方へと目を向ける。倒れた机の前で蹲る信二は右手で頭を押さえていた。そして、その指の間から赤い液体が流れているのが、分かった。

 と、そこへ、野次馬を掻き分け、見慣れない女性が慌ただしく教室に入ると、


「小野山君! だ、大丈夫? て、言うか、この騒ぎはなんなの! 一体、何が――」

「加賀君が、突然、桜嵐君に殴りかかって――」


 一人の生徒がそう述べると、他の生徒達も次々と言葉を発する。

 生徒一人一人の声に頷きながら、先生はゆっくりと博人の方へと足を進めると、平手で博人の顔を叩いた。一瞬にして教室中が静まり返った。

 沈黙が数秒続き、先生が静かに口を開く。


「加賀君。今の痛み、分かるよね? でも、この数倍、私は心が痛い。暴力は、何も生まないよ。ただ、お互いに痛いだけだよ」


 先生の言葉に唇を噛み締める博人。その博人の顔を真っ直ぐに見つめる先生。

 静まり返った教室。相変わらず野次馬は増えるが、それでも沈黙は守られていた。その沈黙を破ったのは、廊下から聞こえてきた野太い男性教師の声だった。


「お前等! 自分の教室に戻れ!」


 その野太い声で、廊下に集まっていた生徒達は逃げる様にその場を立ち去っていく。

 野次馬が去り静けさの漂う教室に、ジャージ姿の男性教師が入ってきた。彼は、頭から血を流す信二を見た後に、博人の方へと目を向け、


「加賀! やっぱり、お前か! お前の様な不良は、いつかこう言う事件を起こすと、思ってたんだ!」


 その言葉に、女性教師が振り返り、


「篠崎先生! 何て言い方するんですか! 人は過ちを犯しますが、それを許す事が出来るのも、また人だけなんですよ!」

「あんたは、教育実習生だろ! 引っ込んでろ!」

「な、きょ、教育実習生でも、今はここの教師です!」


 教育実習生の女性が、篠崎先生に食ってかかる。


「大体、教師が生徒をそんな風に見るって言うのは、どうかと思うんですが!」

「うるさい! そもそも、コイツは――」

「コイツ、コイツと、言いますが、彼には、加賀博人と言う名前があるんですよ!」


 更にヒートアップする二人を見ていると、博人が無言で歩き出す。それに気付いた篠崎先生は、博人の肩を掴んだ。その瞬間、博人が篠崎先生の顔を睨み、その手を右手で払う。


「触るな。殺すぞ」

「なっ! 加賀! 貴様! それが、教師に対する口の聞き方か!」


 篠崎先生が、拳を握ると、


「殴るのか? お前から手を出すなら、俺も正当防衛で、お前を殴れる」

「な、なんだと! 貴様!」


 篠崎先生が、博人の胸倉を掴むと、拳を振り下ろす。だが、その拳は受け止められた。教育実習生の女性の手によって。


「もういいでしょ? こう言う事をしても、何の意味も無いですよ。加賀君も! 拳を下ろしなさい!」


 教育実習生の女性がそう言うと、博人は篠崎先生の鼻先で寸止めした右拳を下ろし、胸倉を掴む手を払い除け、


「残念。あと少しで、あんたの顔を殴れたのに」


 と言い教室を出て行った。

 すれ違う瞬間に見た博人の目は、中学時の荒れてた時の目だった。

 博人が教室を出て行くと、静まり返っていた生徒達が突然にざわめく。その光景に篠崎先生が怒鳴る。


「静かにしろ! もうホームルームが始まるだ! 火野、お前も職員室に戻れ」

「いえ! 私は、彼と小野山君に話があるので、生徒指導室に行かせて貰います!」


 火野と呼ばれた教育実習生が、僕の手首を掴み信二の方へと目を向け、


「それじゃあ、小野山君は、保健室によってから、ちゃんと生徒指導室に来るように!」

「ちょ、火野! お前、勝手に――」

「分かりました。じゃあ――」


 信二が周囲を見回し、不意に廊下の方へと目を向けると、


「吉井さん。保健室まで付き添ってくれないか?」

「えっ? わ、私……」

「それじゃあ、小野山君の事は、吉井さんに任せるわね? さぁ、君は私と生徒指導室に――」


 長い黒髪を揺らし、腕を引く火野先生に、篠崎先生がもう一度怒鳴る。


「待て! オイ! 火野!」


 だが、火野先生はその言葉を無視して、強引に腕を引き教室を出た。その後も、教室から篠崎先生の怒声が響いたが、それもやがて聞こえなくなった。

 それから程なくして、生徒指導室へと押し込められ、まるで取り調べの様にライトだけが置かれた机の前に座らされていた。

 色んな資料の並んだ棚に囲まれたこの部屋に入るのは、初めてだった為何だか新鮮な気分だ。静かに流れる時間の中、向かいに座った火野先生は、腕を組み綺麗な顔の眉間にシワを寄せ、


「えっと……君、名前は?」

「桜嵐晃……です」

「桜嵐くんね。何だか、珍しい苗字ね?」


 静かにそう言う。それから、机に両肘を着き手を組むと、優しく微笑む。


「私は、火野恵。君が休んでる間に教育実習生として、この学校に来たの。一応、卒業生だから、あなたの先輩になるかな?」


 笑顔で淡々と話す火野先生は、腕を組み背凭れにもたれると、天井を見上げた。

 何かを考えているのか、暫し沈黙が続き、ゆっくりとこちらへと顔を向ける。眉間にシワを寄せ、ジッと顔を見つめる。僕の顔に何か付いてるのかと、右手で顔を触ると、火野先生は静かに笑い、


「大丈夫。君の顔には何も付いてないよ」


 なら、どうして顔を見つめるのかと、問おうとしたが、彼女は真っ直ぐに僕の目を見据え、


「君の噂は色々聞いてたんだけど……」

「噂……ですか?」

「そう。でも、想像してたのと印象が違ってビックリしたよ」


 噂の事は大体察しが着いた。先日起きた、あの事件の事だろう。しかし、この人は一体どんな想像をしていたんだろう。そんな事を考えていると、火野先生が嬉しそうに笑い、


「でも、安心したよ。君が、いい子そうで……それでなんだけど……」


 不意に表情が曇り、視線を右斜め下へと逸らし、


「あ、あの、その……雪国さんって言う人は、その……怖い人なのかな?」

「はい?」

「えっとね、その……桜嵐君と同じ日から学校に来てないんだけど、彼女の噂も聞いてるから、どんな人なのかなぁ、って……」


 不安そうにキョロキョロと黒目を動かす火野先生に、優しく微笑む。


「大丈夫だと思いますよ。彼女は――」

「そっか。噂じゃ、拳銃をバンバン発砲するって聞いてたから、どんな娘だろうって、思ってたんだぁ。君についても、刃物を振り回すって聞いてたから、本当、ビックリしたんだから」


 正しいと言えば正しいが、何かゴッソリと抜け落ちた噂話。

 確かに剣を振り回した。確かに銃を撃ってた。だが、その理由がちゃんと説明されていない。噂話ではありがちだが、ちゃんと説明はして欲しいモノだ。

 「あははは」と、暫し和やかに笑い、後、困った表情を見せた火野先生は、静かに告げる。


「今日の放課後、一緒に雪国さんの家に行ってくれないかな?」


 と。

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