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第二十三話 日常

 眩しい光が瞼の合間から差し込む。

 体を包み込む、暖かな感触。

 嗅ぎ慣れた朝の香りが漂い、ゆっくりと瞼を開いた。


「あ、晃!」

「お、お兄様!」


 聞きなれた二つの声が重なって聞こえ、見慣れた二つの顔が視界へと映った。


「美空……優海……って事は、家か……」


 ボンヤリとする頭で考え、そう口にすると、美空が腕を組み、


「当たり前だろ! 二日前に、道路で倒れてんのを、近所のおっちゃんが届けてくれたんだぞ!」

「そうか……。後で、お礼言わなきゃな……」


 何があったのかを少しずつ思い出しながら、ただ漠然と返事をする。それでも、笑顔は絶やさず、優しく二人の妹の頭を撫でた。美空の黒髪が――、優海の茶色がかった黒髪が――指の合間をすり抜ける。

 恥ずかしそうに赤面する優海に、全く嬉しくないと言わんばかりの美空。二人の対照的な態度に、ついいつもの日常だと、安心してしまったが、すぐ脳裏にあの時の光景が蘇った。あの夜の光景が――。


「……大丈夫か? 晃?」

「まだ、何処か、痛むんですか?」


 つい、その感情を表情に出してしまったのだろう、美空と優海が心配そうな表情で顔を覗き込んでいた。

 咄嗟にニコッと笑みを浮かべると、美空は小さくため息を吐く。


「本調子じゃないなら、今日まで休んでた方がいいよ?」

「そうだな……それじゃあ、今日まで休むよ……」

「あんまり、無理はなさらないでくださいね?」


 優海が右手をギュッと握り締め、潤んだ瞳でこちらを見据える。その目を見据え、「大丈夫だよ」と呟き、微笑む。しかし、優海は心配そうな表情をしたままだった。


「優海。そろそろ、行かないと遅刻するよ。それに、晃ももう少し寝かせておいてやれよ。まだ、色々整理したいだろうし……」


 いつも元気な美空が、静かな口調でそう言った。色々知ってしまったのだろう。あの日、学校で起こった事を――。だから、優海もこんなに心配そうな表情をしているのだろう。


「ほら。行くぞ」

「わ、分かってるけど……」

「いいから! 行くよ!」


 強引に優海の手を引き、部屋を出て行った。美空も色々知って、気を使ってくれたのだろう。ああ言う所を見てると、やっぱり優海よりもお姉さんなんだと、感じてしまう。

 一人部屋に残された。静けさだけが漂い、窓から差し込む日差しがベッドを照らす。

 一人になって、改めて思う。失ったモノの大きさを――自分の無力さを――。

 気付けば涙が頬を伝っていた。ようやく実感した。もう水守先生が居なくなったと言う事に――。

 泣くだけ泣き、僕はまた眠りに就いた。相当、疲労が溜まっていたのだろう。目が覚めた時にはお昼を過ぎていた。


「ふぁぁぁぁ……お腹空いた……」


 顔を洗い、食べ物を探しにキッチンへと移動した。父も母もこの時間は仕事に出ている為、家の中は静かだった。冷蔵庫に手を掛け、ふと張り紙がしてあるのに気付いた。黒のペンで殴り書きされた様に『お昼はレンジで温める事!』と美空の字で書かれていた。

 相変わらずの美空の字に、思わず笑ってしまった。

 冷蔵庫に入っていた美空の手作りの野菜炒めをとりあえずレンジで温め、その合間にテレビを点けた。

 あれから二日――流石に、もうニュースであの事件は取り上げられていない様だった。また、組織の力で隠ぺいしたのだろう。

 静かにテレビを眺めていると、突然呼び鈴が鳴らされた。


「ンッ? こんな時間に……セールスかな?」


 時計を見て、ボソッと呟く。平日のこんな時間に尋ねてくるなんて、セールスマン以外の何者でも無いだろう。そう思い、居留守を使う事にしたが、呼び鈴が連打された。


「だーっ! セールスはお断りです!」


 玄関を開けると同時にそう叫ぶ。だが、その視界に一人の女の子の姿が移り、


「出んのが遅い!」


 女の子が持ってたカバンを顔面へとぶつけた。


「うおっ! な、何し――」

「あんた、思いっきり、居留守使おうとしたでしょ! 人が、見舞いに来て上げたのに!」


 聞き覚えのある声に、鼻を押さえてよくその女の子の顔を見据え、


「よ、吉井さん! な、な、何で家に? って、学校は、どうした? それに、その髪――」


 そこまで言った所で言葉を呑んだ。その瞬間、もう一度カバンが顔を殴打した。


「イダッ! ちょ、な、何するんだ! 痛いだろ!」

「うっさい! 何深刻そうな顔してんの! これは、あれよ、そう。気分転換で切ったのよ! 悪い!」


 怒鳴る吉井さん。流石にそれは強引過ぎるんじゃ、と思ったが口にはしなかった。

 吉井さんも僕の事を心配していると、思ったからだ。暫く沈黙が続き、吉井さんが俯く。流石に気まずくなり、


「あっ、よかったら、お昼食べてく?」

「……晃が、どうしてもって言うなら」


 頬を僅かに赤く染める吉井さんを、家の中へと招きいれた。

 それから、美空が用意してくれていた昼食をレンジで温める。ダイニングで立ち尽くす吉井さん。今思えば、吉井さんが家に入るの久しぶりの気がする。幼い頃は、家も近所だったし、よく家に遊びに来ていたが、いつからかそれすらなくなり、今では苗字で呼び合う様に――。

 と、そこで不意に吉井さんの言葉を思い出し、居間に移動した吉井さんの方へ目を向けた。すると、吉井さんと視線がぶつかり、


「な、何よ! ひ、人の顔ジロジロ見ないでよ!」

「あっ、いや……ごめん。ちょっと、吉井さんが僕の事を名前で呼んでたから、ちょっとビックリして……」


 そう聞くと、吉井さんは僅かに頬を赤く染め、


「い、いいじゃない! お、幼馴染なんだから」

「いや、そうだけど……なんでまた、急に?」


 そう尋ねると、吉井さんは口篭り、俯いた。その様子を窺ってると、ピィーッとレンジの音が響いた。

 何と無く助かった気がする。別に理由なんてどうでも良かった。また、吉井さんが名前で呼んでくれた事が嬉しかったからだ。あれだけの事があったから、今まで以上に距離を置かれるんじゃないかと、少しだけ怖かった。

 居間へと移動し、吉井さんと静かに昼食を食べ始める。

 そんな時、不意に考える。いつ頃から、彼女を苗字で呼ぶようになったのかと。ボンヤリと考えていると、吉井さんが顔を覗き込み、


「大丈夫? あんた、まだ本調子じゃないの?」


 と、心配そうに声を掛けてきた。苦笑すると、やや呆れた様にため息を吐き、


「はぁ……調子悪いなら、もう少し寝てたら?」

「と、言われてもだな……。吉井さんの方が家に来たんだけど……」

「何? 文句があるの? と、言うか……美空ちゃんまた腕上がった?」


 野菜炒めを口に運びながら、吉井さんがそう呟いた。

 僕もその野菜炒めを口に運び、


「んぐ、そうか? いつもと変わらないと思うけど?」

「毎日、食べてるから分からないのよ。あんたさ、美空ちゃんの料理褒めた事無いでしょ?」

「うーん……。そう言えば、そうかな? でも、美味しいのは分かってるから……」


 そう言うと、吉井さんはより一層深いため息を漏らし、


「だから、ダメなのよ。美空ちゃんも可哀想ね」

「可哀想って言われてもだな……」

「それで、優海ちゃんは? 相変わらず?」

「まぁ、優海も、美空と変わらずって所かな?」


 多少考えながらも、そう返事をすると、吉井さんは野菜炒めをもう一度口に運ぶ。僕もそれに続き、野菜炒めを口へと運んだ。すると、吉井さんは箸を咥えたまま、


「そう言えば、水守先生。辞めたらしいわよ」


 その言葉で手が止まった。だが、吉井さんはその事に気付かず言葉を続ける。


「水守先生、面白い先生だったのに……。結局物理の熊谷先生が、ウチのクラスの担任だよ」

「そ、そう……」


 動揺を悟られない様に、怒りを、悲しみを押し殺し、そう返事を返す。手が震え、噛み締めた奥歯がギッと音をたてる。蘇るあの夜の光景。何故か、あの男の笑みが浮かぶ。


「クッ!」

「ちょ、晃? 大丈夫?」


 吉井さんの心配そうな声で、ようやく我に返る。が、心が乱され、自然に笑う事も出来なかった。だが、吉井さんはいつもの様に微笑み、


「あんまり、本調子じゃなさそうね? 今日は、もう帰るね。明日、学校で――」

「ご、ごめん」

「いいって。私も、急に来てごめん」


 吉井さんがそう言って立ち上がり、僕は何も言わずただ俯いていた。

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