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第二十二話 闇

 深夜に響く一発の銃声。

 けたたましいその音に草木がザワメク。だが、それを爆音が一瞬で掻き消す。

 吹き荒れる暴風。

 周囲を包む土煙。

 爆音に周辺の家々の明かりが灯り、人々のザワメキ声が聞こえ始めた。


「ゲホッ…ゲホッ……一体……」

「すまない。話はまた今度にしよう」


 土煙の中で、男がそう言う。理由はすぐに分かった。遠くの方から聞こえたサイレンの音で。

 誰かが通報したのだろう。流石にこんな爆発音を起てたら通報されても仕方がない。だが、幾らなんでも早過ぎる――そう考えた時、突如土煙が風で乱れ、目の前に先程の女性が現れ、額の目がこちらを向く。遅れて、銃口がこちらに向き、


「危ない!」


 男の声に遅れ、女性の指が引き金を引くと、同時に体が真後ろへと引かれた。


「ぐっ!」


 思わず声を漏らすほどの衝撃が目の前を通り過ぎ、前髪が激しく揺れる。バランスを崩し後方へと倒れると、女が小さく舌打ちしたのが聞こえた。それにやや遅れ、風を切る音が耳に届き、赤い光が周囲を包んだ。


「さぁ、ここを離れるぞ!」


 男がそう叫び、腕を引いた。すぐに立ち上がり、走り出す。


「くそがっ! 逃がすか!」


 女性の怒声が響き、間髪居れず銃声が轟く。衝撃が土煙を巻き上げる。だが、男は冷静に僕の背中を押すと、


「先に行け」

「エッ?」

「俺は後処理をしてくる。あのまま暴れられても困る」


 男がそう言うと反転して、土煙の中へと飛び込む。暫く走り足を止めると、辺りが随分と静まり返っているのに気付いた。先程まで鳴り響いていたサイレンはどうしたのか、と振り返ると、突然風が吹き抜ける。頬を撫で、髪を撫で、服をはためかせた。やがて風は収まり、人の気配が一つ残された。

 ゆっくりと瞼を開くと、そこに若い男が立っていた。黒のスーツに身を纏い、穏やかな表情でこちらを見ている。一見、何処にでもいるサラリーマンの様に見えるが、肌に感じる異様な感覚に、コイツが並の人間ではない事に気付いた。

 すぐにキルゲルを具現化しようとしたが、自分でキルゲルを具現化した事が無い事を思い出した。こう言う状況なら、真っ先に出てくるはずのキルゲルも、何故だか大人しい。

 コツッと、革靴が地面を叩き、男が一歩近付いた。街灯で僅かに照らされた顔は、何処にでもいる様は平凡な顔立ち。髪は金髪混じりの黒髪で、染めたのが落ちてきた様な感じだった。

 静寂の中で数十秒時が過ぎ、男がニコッと笑みをこちらへと見せた。


「君は、桜嵐晃君だよね?」

「……誰、ですか? 僕は、あなたの事を知りませんが?」


 警戒すると、男は頭を僅かに右に傾け、


「あれ? 警戒してる? 安心していいよ? 俺は組織の人間だから、君の敵じゃない」

「…………」


 押し黙る。

 そして、考え、静かに口を開く。


「組織の所属は何処か教えてくれますか?」


 所属など全く知らないが、組織のメンバーを疑ってると悟られない様にそう質問した。

 その質問に対し、男は疑う事無くもう一度笑みを浮かべ、


「俺の所属は中央支部第一班特殊討伐部隊……って言っても、君には分からないかな? 一応、そこの隊長で、名は……雷天」

(――!? この感じ!)


 突如、胸の奥でキルゲルがざわめき、同時に雷天の体から異様な程の重圧が放たれる。思わずすくんでしまう程のその迫力に、キルゲルが胸の奥で声を荒げる。


(逃げろ! コイツはヤバイ。兎に角逃げろ! 今の我等でどうにか出来る奴じゃない!)


 キルゲルにしては弱気の発言だが、僕もその考えには賛成だった。だが、足が動かない。地面に固定された様に全くその場から動く事が出来なかった。

 その様子を見て、微笑み歩き出した雷天は街灯が照らす中心で足を止めると、


「期待ハズレだよ。まさか、この程度で逃げ出そうとするなんて? 先輩は傷を負っても尚戦い続けたって言うのに……。本当に先輩に鍛えられてるの? てっきりもっと凄いかと思ってたけど……。こんな腰抜けだったなんて?」


 奴が何を言ってるのか、理解出来なかった。先輩とは誰の事なのか、鍛えられてるとはどういう事なのか、色々と疑問が生まれた中で、何故か水守先生の顔が脳裏に浮かび消えた。

 ドクッと、胸の奥で何かが脈打ち、不意にあの時の光景がフラッシュバックされる。そう、あの日、あの女性をこの手で――。そして、その時、あの場所に――、


「キサマァァァァァァッ! あの人に何をしたァァァッ!」


 気付けば喉の奥から吐き出された怒声。

 思い返される雪国さんの鳴き声。そして、妙な胸騒ぎの予感。

 全ては繋がる。この男の出現と、言動により。

 それでも、尚、雷天は笑みを絶やさず、その手に一本の剣を具現化する。


「ふふふっ……見覚えあるだろ? この剣。お前とやりあったんだからさ。あと、この血……誰の血だと思う? お前の師匠の――」

「キルゲェェェル!」


 雷天の言葉を遮る様に叫ぶ。

 信じたくなかった。知りたくなかった。まだ、聞いてない事も沢山あった。

 なのに、あの人が、こんな奴に――。

 ゆっくりと柄から形成されるキルゲル。そのキルゲルは言った。


『我が今、この様な武器の形をしているのも、貴様の想い、願いが具象化したものだ』


 と。

 そして、今、僕の想いを受けて、キルゲルは形を変えた。漆黒の闇を纏う大きく鋭い刃へと。重量は無く、極限まで薄く研ぎ澄まされた刃が、暗闇へと姿を隠す。

 何を想い、何を願ったのか覚えていない。ただ、奴が憎かった。奴を殺したかった。そう願ったのかもしれない。

 奥歯を噛み締め、奴を見据える。キルゲルを握った右手が震え、冷たい風が頬を撫でた。刹那、体が自然と動き出す。何かに導かれる様に、脚が軽く大地を蹴った。動き出しの瞬間、僅かに驚いた表情を見せる。

 視野がやけに広く感じ、周りの全てが止まっている様に見えた。奴の驚いた表情が変わり行く様もよく分かり、奴の間合いに入らず勢いを殺し飛び退く。遅れて雷天が剣を振り抜き、飛び退いた僕の顔を驚いた表情で見ていた。

 戦い慣れておらず、ましてや頭に血の昇った状態の僕が、こんな行動をするなんて予期していなかったのだろう。

 剣を振り抜き無防備になった奴の間合いへとすぐさま飛び込む。しかし、雷天も反撃に移ろうと体の重心を僅かに動かしたのが分かった。だが、この距離ならこちらの方が早いと、握っていた剣で下から一気に切り上げる。

 風を切る様な柔らかな手応え、遅れて切っ先を伝う鮮血。苦痛に歪んだ男の顔をしっかりと見届け、その場を離れた。


「くっ! 貴様……」


 距離を取ると、雷天がそう漏らす。

 黒のスーツは右肩を裂かれ、血に滲む人肌があらわとなった。苦痛に表情を歪め、右手に握った剣を左手へと持ち替える。

 その光景を眺めながら、一歩歩みを進め、


「あなたは奪った。大切な人を――だから、僕は、あなたを殺す」

「大切な人? ふふっ……フハハハハッ! 貴様も同じだろ? あの日、あの女を刺したのは、お前だ。人の命を奪ったのはお互い様だ」

「…………」


 雷天の言葉に黙り込む。確かに僕はあの人を刺した。忘れていたが、今はその感触を思い出した。だからこそ、僕は――。


「お前を殺せる。この手が既に血で染まっているなら、もう迷う必要も無い」


 右手の剣を構え、更に一歩歩む。奴の顔が恐怖に怯える。だが、すぐにそれが芝居だと分かった。背後に迫る複数の影に気付いたからだ。

 感覚が研ぎ澄まされると、こんな事まで分かってしまうのかと、感心してしまう。

 雷天は相変わらず見え透いた芝居を続けており、僕もその芝居に乗っかり、ゆっくりともう一歩足を踏み込むと同時に、素早く体を反転した。だが、そこには何も存在しておらず、背後で不適な笑いと何かが弾ける音が聞こえ、目の前が真っ暗になった。

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