第二十一話 静かな夜道
遠くに聞こえる啜り泣く声に、意識がゆっくりと戻る。
真っ暗な視界が開け、見慣れた天井が映し出された。
これで、何度目になるだろう。この天井を見上げるのは――。
全身の痛みに、また戦闘中に意識を失ったのだと知る。
苦痛に耐え、体をゆっくりと起すと、テーブルに顔を伏せる雪国さんの姿が見えた。さっき聞こえた啜り泣きは、雪国さんのモノらしい。
何故、泣いているのか分からない。それに、水守先生は何処だろう。辺りを見回していると、雪国さんが静かに頭を上げ、右手の甲で涙を拭う。
「うっ……はぁ……」
声を掛けようと思ったが、そんな彼女の後姿を見ていると、どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。戸惑っていると、突然視界が真っ暗になり、体をキルゲルに支配された。
「おい……。お前の師匠はどうした」
「……っさい」
小声で雪国さんが何かを呟いた。よく聞き取れず、キルゲルは眉間にシワを寄せ、
「何だ? もっとはっきり言え」
「うっさいって、言ってんのよ! 気が付いたなら、とっとと帰れ!」
怒鳴り散らした雪国さんが、僕の方へと振り返る。その目には涙が滲み、赤く充血していた。一体、どれだけ泣いていたのだろう。不意にそんな事を思うと、意識がもう一度飛び、キルゲルに支配された体が戻る。キルゲルも、状況を悟ったのだろう。
ベッドから立ち上がり、雪国さんに軽く頭を下げた。
「悪かった……キルゲルが……。落ち着いたらさ……話、聞かせてくれ」
それだけ告げ、部屋を後にした。玄関を出ると、部屋の中から泣き声が聞こえた。一応、僕の手前、泣くのを堪えていたんだろう。何があったのか分からないが、雪国さんがこれ程声を上げて泣くなんて、よっぽどの事があったに違いない。
玄関の前から立ち去ろうとした時、もう一度意識が飛び、キルゲルが体を支配する。そして、右手に剣を創造する。
(おい! きゅ、急に何してんだ!)
キルゲルに対しそう怒鳴る。だが、キルゲルは鋭い視線で周囲を確認すると、
「隠れてないで出て来たらどうだ」
と、低い声で言い放つと、一本の柱の影から男が一人姿を見せた。漆黒のロングコートとフードを被った男。フードから赤髪混じりの黒髪が見える。暗がりの所為で顔は良く見えない。だが、なんだろう。凄く懐かしく感じる。それはキルゲルも同じだったのか、僅かに顔をしかめた。
「どう言う事だ……お前!」
「話がある」
キルゲルの言葉を遮る様に男がそう告げる。その声にキルゲルは言葉を呑み、小さく舌打ちすると、体を僕へ返し、自らの意識を剣へと移す。
「キルゲル……やたら、体を借りるの止めてくれないか……」
『悪かったな。貴様が一人で戦えるならこんな事しなくて済むんだけどな……』
「悪かったな……戦えなくて……。現代っ子が、剣なんて持って戦うわけないだろ……」
自分の気持ちを前面に押し出すが、キルゲルは全く気にせず、
『さて、話があるそうだが、我も聞かせてもらう』
「ああ。そのつもりだし、晃君と君は一心同体だろ?」
男が当たり前の様にそう述べる。何故、僕の名を知ってるのか分からないが、もしかすると雪国さんの組織の関係なのかもしれない、と思い、
「み、水守先生がどうなったか、教えてくれませんか!」
そう口にした。
その瞬間に男は小さく頷き、
「場所を変えよう。ここじゃ目立つだろ」
「はい。それじゃあ……」
『私が、水壁を張ってその中で話すと言うのは?』
突然、綺麗な女性の声が聞こえ、男がゆっくりと右手を懐へと入れると、蒼い水晶の付いたリングを取り出した。あれが、この人のサポートアームズなのだろう。基本的にサポートアームズには持ち運びしやすい様に出来ているらしく、具現化していない時は主にアクセサリー等になってる事が多い、と以前水守先生に聞いた事を思い出した。僕や水守先生のサポートアームズの様な例外もあるが、基本はそうなっているらしい。
見るからに綺麗なそのリングを見ていると、男はため息混じりの声で、
「フィリーラン……今日は力を使い過ぎた。これ以上、お前達に負荷は掛けられない」
『そうですか……。マスターがそう言うのであれば……』
「悪いな。お前に無理させて」
男はそれだけ伝えると、静かにリングをしまう。これだけで、この人がどれだけあのサポートアームズを大切にしているのか分かった。そんな男が静かに僕の方へと目を向けなおすと、
「それじゃあ、ちょっと付いて来てくれるか?」
「はい……」
「それから、キルゲルはしまった方がいい。流石にそんなモノを持ちながら夜道を歩いていると、通報されかねないからね」
「わ、分かりました。キルゲル」
キルゲルにそう言うと、小さく舌打ちをしてその姿を消した。
キルゲルが消えたのを確認した男はゆっくりと歩き出し、僕もその後に続いて歩き出す。街灯に照らされた薄暗い夜道。今夜は月も出ていて明るいが、静けさが何やら不気味だった。深夜と言うわけじゃないと思うが、この静けさは異様だった。
「君も、感じるか? この異様な空気を?」
「エッ? は、はい……」
不意に告げられた男の言葉に焦りながら返答すると、男はゆっくりと足を止め振り返る。
「今、この町は監視されている。特にキルゲルに寄生されている君を」
「エッ! ぼ、僕が? な、何で?」
あまりの驚きに声を上げると、夜道にその声が反射する。男は口の前に人差し指をかざすと、
「君は意外とリアクションが大きいね。聞いてた話と違うけど、君は随分変わったと見る。いい人間関係が築けてるって事かな?」
男が僅かに笑ったのが分かった。誰から僕の事を聞いていたのか分からないが、とりあえずこの人は僕の事を知っているらしい。怪訝そうな表情をしていると、男は距離を取り、
「そんな顔で、見ないで欲しいな。確かに怪しいかも知れないけど、君の敵ではないよ」
「……」
「あれ? 説得力なかったかな?」
苦笑する男を怪しみながらも、とりあえず今は彼を信じる事にした。その考えにキルゲルも黙認していた為、男に僅かに笑い、
「とりあえず、今はあなたを信じます」
「そうか。それじゃあ、そこの公園に行こう。話はそこで」
男の言葉に不意に疑問が生まれた。男の話から自分が監視されてる身なのは分かった。その状況下で目立つ公園で話をするって言うのはどうなんだろうか。そう思っていると、男は歩き出しゆっくりと語る。
「監視されてるって言うのが気になるのかな? でも、安心していいよ。監視と言っても彼等は君に直接危害を加える事が出来ない」
「……と、言う事は、やっぱり……」
「まぁ、組織と言っても幾つかの支部から成り立ってる。君……いや。キルゲルを狙ってるのはその中の一部だけだよ」
明るくそう話す男の背中を見据え、後に続き歩き出す。組織について詳しい様だったので、つい聞きたい事を口にした。
「あの……その組織には僕と同じ歳の子が多いんですか?」
「……それは、適合性と才能によるだろうね」
「適合性と才能?」
「ああ。組織には学校の様なモノがある。そこでは、属性能力値の高い者と、サポートアームズへの適合性を持った者を選び入学させ、戦闘技術と封印術を教え込ませるらしい」
「らしい?」
「俺の時代ではそんなモノは無かったし、俺も組織の人間じゃないから詳しくは分からない」
「そうですか……」
静かにそう言うと、男は「すまなかったな」と小さな声で言うと、その背中が少し小さくなった様に見えた。
それから暫く黙ったまま歩き続け、公園に辿り着いた。小さな公園で園内に唯一取り付けられた街灯がベンチを明るく照らしている。そのベンチにゆっくりと腰掛けた男は、その殺風景な公園を見回し、
「ここで、君は彼女と出会ったんだよな」
と、投げ掛ける。確かにこの公園は僕があの人に出会い、僕があの人を殺めた場所。あの日以来ここへは来ていなかった。無意識の内に避けていたのかも知れない。
久しぶりに来てみたが、随分と風変わりしていた。と、言うより遊具が殆ど撤去され、公園と言うよりも広場になっている様に思えた。
「ここも……随分変わったんですね」
思わずそう漏らすと、男は静かに笑う。
「そうだね。時は短い時間でも色々なモノを変えていくからね」
意味深な彼の言葉に聞き入ってると、一陣の風が吹き荒れ、土埃と木の葉が舞い上がる。
突然の事に目を伏せると、何かが前方へと降りる音が聞こえた。風が収まり、ゆっくりと瞼を開くと、そこに片手に銃を持った女性が銃口をこちらに向けていた。暗がりで顔はよく見えないが、彼女の額にもう一つ不気味な眼光が輝き、引き金にゆっくりと人差し指が掛かった。




