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第二十話 雷天

 血塗れの足を引き摺り、ゆっくりとコンクリートの柱の裏へと身を隠した。

 薄暗い室内に割れた窓や崩れた壁から光が差し込む。埃っぽくかび臭い室内で、僅かに肩を揺らしながら、ゆっくりと腰を下ろした。

 油断していたわけじゃないが、まさか奴自らがここに来ているとは思わなかった。

 震える右膝を右手で押さえ、壊れかけたブーツへと声を掛けた。


「大丈夫……フルースフェイレ」

『ガ…ガガ……だ、だいじょ……ガガ……』


 ひび割れた声が僅かに聞こえた。これ程大きなダメージを受けて大丈夫なわけが無い。私の右足も手痛くやられた。傷は深く力も入れるのも辛い。

 静かに天井を見上げ、弱々しく息を吐く。

 愛は大丈夫だろうか、晃は大丈夫だろうか、自然と自分の事よりも愛と晃の事を考えてしまう。特に、晃の事を。彼は、私にとって――


「さて……そろそろ、鬼ごっこもやめにしませんか? 水守先輩」


 若い男の声が室内へと反射し、ゆっくりとした足音が近付く。

 柱を背にし、その様子を窺う。漆黒のスーツを身に纏った若い男が、床に残った血の痕を辿り、こちらへと近付いてくるのが見えた。


「随分、偉くなったもんだね。関」


 強がり、そう言葉を告げた。

 奴は関 雷斗。以前、私のいた組織の後輩。正直、奴には才能の一つも感じなかったが、そんな奴がいまや一つの部隊を率いる隊長。私が組織を抜けてから、組織内で何かが起こったとしか思えない。

 不適な笑みを浮かべる関は、ネクタイを緩め、


「その名で呼ぶのは、やめて欲しいですね。その名はもう捨てたんで」

「名を……捨てた?」

「えぇ。今は雷天。そう、組織では呼ばれてますよ」


 一層不適に笑う。

 雷天、その名は代々組織内の雷属性のガーディアンもしくは封術師で最上級の地位の者に受け継がれる名だ。私も以前はそれなりの地位にいたが、最上級者の名を受ける事は出来なかった。それは、私の力が足りなかったと言うのもあるが、一番の理由は妹の存在があまりにも大きかったと言う事だ。

 だからこそ、思う。何故、奴が雷天の名を名乗る事が出来るのかと。

 奥歯を噛み締め、壊れかけたフルースフェイレに触れる。ずっと一緒に戦って来た、私の大切な友。だからこそ、私は覚悟を決め立ち上がった。


「行くよ。フルースフェイレ。私は、最後まであなたと一緒だから」

『ガ……ガガ……』


 返事はなく。雑音だけが耳に届いた。もうフルースフェイレの声は聞けない。それでも、私にはフルースフェイレが何と言ったのか分かった。だから、私は微笑み頷いてから、柱から出た。


「やっと……覚悟を決めましたか? 水撃の舞姫」


 彼が私をそう呼ぶ。それは私が組織にいた時の通り名だった。そう呼ばれる様になったのは、私の戦闘スタイルが理由だ。サポートアームズのフルースフェイレが、ブーツ型で蹴りを主体の戦い型しか出来なかった為至った戦い方だったが、その姿がまるで舞を舞ってる様だからだそうだ。私はそんな事を考えた事すらなかったのだが――。


「懐かしいけど、その名で呼ばないで貰いたいわね」

「昔の通り名はお嫌いですか?」

「さぁ? どうかしら?」


 正直、私はその通り名が嫌いだった。舞姫? 私はただ生き残る為に必死だっただけ。それなのに、何故、そう呼ばれなきゃいけないのか、そう思っていたからだ。

 妹も、自分の通り名が嫌いだと話していた。周囲の過度な期待を、感じるからだと苦笑していたのを覚えている。

 昔を思い出し静かに笑い、真っ直ぐに雷天を見据える。相変わらず不適な笑みを浮かべて、何処か余裕が窺えた。それほどまで自分の力に自信があるのだろう。


「どうしました? 急に笑い出して? 気でも狂ったんですか?」


 余裕を見せたまま、不思議そうにそう尋ねる雷天。その顔を見据えると、彼は静かに手を差し出した。


「何のマネかしら?」

「戻る気は無いですか? 先輩程の才能の持ち主を失うのは、組織としても不本意でしょうし」

「随分と評価してもらってるみたいだけど、残念ながら戻る気は無いわ」


 はっきりと拒否し、ゆっくりと息を吐く。

 心を落ち着かせ、ジッと相手の顔を見据える。いまだサポートアームズを具現化しない雷天。余裕があるのか、私を見下しているのか、どちらにしても今しかチャンスはない。そう判断し、全身の体重を右足へと乗せる。

 傷付いた足にズキッと痛みが走る。だが、奥歯を噛み締めそれを堪え、全力で床を蹴った。埃が舞い、風が頬を撫でる。間合いが一気に詰まり、射程内に雷天をとらえ、左足を踏み込み右足を側頭部に向け振り抜く。

 重々しい打撃音に、重い手応え。全体重を乗せた全力の蹴り――だったが、雷天はそれを左腕で受け止め不適に微笑む。


「先輩。奇襲ですか? 奇襲は力の無い者がする弱者の戦略だって言ったのは先輩ですよね?」

「あら。私が言ったのは力の無い者が力のある者と戦う時に使う策だって、教えたはずだけど!」


 素早く右足を下ろし、腰を回転させそのままの勢いで左足で回し蹴りを見舞う。全体重を支える右足に凄まじい痛みが走るが、それを気にせず全力で放った回し蹴り。重い手応えだが、やはりこの蹴りも雷天の腕で防がれていた。


「くっ!」

「先輩。いい加減止めましょうよ。力の差は明白ですよ」


 不適に笑う雷天が、私の左足を掴む。


「戻る気が無いなら、この足も要りませんよね?」

「なっ!」


 突如、雷天の右手に一本の剣が現れる。サポートアームズを具現化された。

 そう思うや否や、彼の持つ剣が下から一気に振り上げられ――


「――っ!」


 声にならない程の激痛が体を襲い、血飛沫が吹く。体勢は崩れ、体が地面へと叩きつけられ、切断された足が宙へと放られ、不適な笑みを浮かべた雷天が血の付いた剣を眺める。


「弱くなりましたね。先輩。それに、これで、あなたは舞えない」

「くっ……うぐっ、あっ……」


 激痛で、言葉すら返す事が出来ない。血が流れ出ていくのが分かる。そして、徐々に意識がもうろうとし始めてきた。それでも、奥歯を噛み締め、ジッと雷天を見据える。


「懐かしいですよ……あの日、あなたの妹を切った時以来の感触ですよ」

「……あの日? ぐっ、そう……。それじゃあ、あんたが……」


 コイツが私の妹を殺した……。そう思うと自然と拳を強く握っていた。痛みも忘れ、ただ奴を睨む。

 その視線に気付き、苦笑し、


「いやいや。残念ながら私は一太刀入れただけで、彼女を殺したのは――桜嵐晃。彼ですよ」

「――ッ!」

「おや? 知らなかったんですか? 彼が最後にあなたの妹さんの胸に剣を突き立てたのを?」


 唇を噛み締める。私もその事実は知っていた。どうして、そう言う経緯に至ったのかも、分かっている。でも、誰が妹を襲ったのか、ずっと気になっていた。そして、今日この時、私はその答えを知った。まさか、目の前に居るこんな奴に、私も妹も――。

 そう思うと、自然と笑いが込み上げてきた。


「当等、壊れましたか? まぁ、組織に戻らない時点で、既に壊す事は決まってましたが」


 彼がそう言い、静かに剣を振り上げた。


「さよなら――先輩」


 彼が静かに鋭く刃を下ろした。

 更新、遅くなりました。

 申し訳ないです。

 もう少し更新が早く出来る様、頑張って行きたいと思ってます。

 これからも、よろしくお願いします。

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