第十九話 謎の男
それは一瞬の事だった。
火渦子が頭上へとかざした巨大な火の玉。それが、音も無く消滅し、ソイツは現れた。黒のフードを被り、ロングコートを着た男。背丈は私や晃よりも幾分高い。顔はよく見えないが、フードの合間に赤っぽい髪が見えた。
ソイツは、火渦子の前へと降り立つと、右手の中指に蒼い水晶の付いたリングを填め、そのまま拳で火渦子の顎を突き上げた。
「ぐっ!」
火渦子の体は軽々と吹き飛び、追い討ちを掛ける様に男が右足を振り抜く。それを防ごうと火渦子は腕を交差させた。だが、それをかわし、火渦子の左側頭部へと蹴りが決まり、そのまま地面へと叩きつけられる。
圧倒的な力を見せつける男は、横たわる晃を左腕に抱え、私の所まで跳んで来た。
「彼の治療を頼む」
「エッ! あ、はい……」
いきなりの事で、思わずそう返答すると、男が私の方へと僅かに顔を向け微笑み、
「いい返事だ」
そう呟き、火渦子の方へと視線を向ける。
「くっ……貴様! 誰だ! この地区にお前の様な奴が居るなんて聞いてないぞ!」
「残念ながら、俺はあの組織に属してないんでな。お前の所に情報はいかないだろうな。それよりも、その情報をどうやって手に入れたのかって所が気になる所だけどな」
静かにそう述べ、男がもう一度拳を握る。その行動に火渦子は拳に火を灯し、鼻筋にシワを寄せる。表情を見てるだけで分かる、火渦子が怒っている事が。
そんな火渦子を見ていると、正面へと歩む男が静かに、
「君が見ていなきゃいけないのは、彼のはずだよ。パートナーは大切にするんだよ」
優しい口調でそう言い、ゆっくりと前進する。その拳は僅かに水の膜を纏う。
両者が睨み合う中、私は僅かに回復した力を使い、傷を負った晃を治療する。治療を始めて初めて晃の傷の酷さを改めて知った。
まともな訓練など受けていないはずなのに、どうしてこんなになるまで戦い続けたのか。
なんでこんなにボロボロになっても、何度も立ち上がり続けたのか。
自分なりに考えてみたが、どう考えてもコイツはおかしいとしか思えなかった。
いきなり、こんな危険な事に巻き込まれて、どうしてコイツは……。
考えていると、爆音が響き、突風が土煙を舞い上げた。目を伏せ、そちらへ目を向けると、火渦子と男の拳が激しくぶつかり合っていた。
轟々と燃える火渦子の拳と、水を纏った男の拳。二人の拳が同時に離れ、互いに逆の拳を突き出す。タイミングを合わせた様に綺麗に二人の拳がぶつかり、衝撃が周囲に広がった。土煙がもう一度周囲に勢いよく広がり、窓ガラスが音を立て砕けた。
互いに力を比べる様に何度も拳をぶつけ合う二人。その度に衝撃で土煙が舞う。
「くっ! これならどうだ!」
火渦子が突如距離を取り、右手を男の方へと伸ばす。その手の平に即座に炎の球が形成された。それが空気を取り込み徐々に大きく膨れ上がる。だが、男は何もせず、懐から出した赤い水晶の付いたリングを右手の薬指に填めた。
何を考えているのか、全くつかめない男。その男が私の視線に気付いたのか、コッチに顔を向け微笑む。
「安心しな。これ以上、ここに被害は及ぼさないから」
「図に乗るな!」
火渦子が叫ぶと、手の平に集まった炎の球が放たれた。男に向かいながらも空気を取り込み大きく膨れ上がる炎の球に、男もゆっくりと右手を差し出す。
「喰らえ。ゴノーレフォスト!」
男の声と同時に炎の球が男の右手に触れる。刹那、薬指に填めたリングの水晶が眩く輝き、炎の球を相殺した。いや、相殺と言うよりも吸収したと、表現する方が正しいのかもしれない。
その光景に驚いていたのは私だけではなく、それを放った火渦子の笑みが凍り付いていた。自らの放った最大級の攻撃を、いとも簡単に防がれたのだ。そうなってしまうのも分かる気がする。
呆然と立ち尽くす火渦子に、男の薬指に填めたリングの水晶が輝き、静かな男の声が聞こえてきた。
『マスター……。無茶をするのはやめろ。俺が炎を吸収出来るからって、こう何度も炎ばかりを吸収させられては……』
「悪いな。でも、もう安心しろ。これで最後だからな」
男が笑みを見せると、続けて中指に填めたリングの水晶が輝き、綺麗な女性の声が聞こえた。
『マスター。私の準備は出来ています』
「そうか。それじゃあ、早速終わらせようか」
「くっ! ふざけるな! 貴様などにやられる――!」
男に対し、火渦子がそこまで叫んで言葉を呑んだ。男が特別何かしたと言うわけでは無さそうだが、火渦子は数歩後退し、僅かにだか怯えた様な表情が窺えた。何をそんなに怯えているのか分からないが、男が静かに右手を握った。
その瞬間、辺りの空気が変わったのを一瞬だけ感じる事が出来た。だが、すぐにその感覚が無くなり、静かに緩やかな風が足元を吹き抜け、訪れる静寂。
数秒、数十秒、時が進む中で、男がゆっくりと歩みを進める。しかし、火渦子は逃げようとせず、その場に佇んだまま動かない。その火渦子の傍まで歩み寄った男は、右手を火渦子の額へと置いた。
「ごめんよ……。君達の存在が悪いんじゃないんだ……。今は、静かに眠りについてくれ……」
男がそう言ったのが僅かに耳に届き、突如男と火渦子の周囲を覆う様に水柱が噴出す。やがて、その水柱は二人を完全に覆い隠した。水音だけが周囲に響き、後は遠くから聞こえる生徒達の悲鳴のみ。
あの中で何をしているのか分からないが、数分が過ぎ水柱が静かにひき、静かに男が姿を見せた。そこに、火渦子の姿は無く、男の手には一枚のカードが握られていた。見慣れた茶色の背表紙に白線で描かれた星印。その中心には“封”の一文字。正しく、封術師が鬼獣を封じるカードだった。
「はぁ……今回は大分消耗したな……」
『そうですね……。しかし、まだやる事が……』
男が右手の中指に填めたリングから綺麗な女性の声が聞こえ、男が周囲を見回す。それに吊られ、私もゆっくりと周囲を見回す。
黒焦げた地面。
割れた窓ガラス。
校舎にも細かい亀裂が走っていた。
校内で派手にやりすぎた。それに、他の生徒にも顔を見られ、鬼獣の存在も知られてしまった。封術師としてこれほどの失態は無い。本来、封術師・ガーディアンは人に知られる事無く迅速に鬼獣を封印・討伐しなければならない。それが、この有様だ。奇襲だったなどと言うのは単なる言い訳にしかならない。
自分が情けない。私を信じてくれた師匠にも、合わせる顔が無い。
ゆっくりと晃の傷を癒しながら両肩を落としていると、男が私の前で足を止めた。
「雪国愛……であってるよな?」
「それが何。今はそっとして置いて」
「なら、琴音は何処かだけでも教えて欲しいんだが?」
突如男が口にした師匠の名に、驚き顔を見据える。すると、男も私の目を真っ直ぐに見据え、
「俺は彼女とはちょっとした知り合いでね。それで、今日は彼女に話があったんだけど……」
男が腕を組み空を見上げる。意味深なセリフにふと、先刻の事を思い出す。
「そ、そうだ! し、師匠!」
叫び勢いよく立ち上がるが、すぐに目眩と脱力感に襲われ前方へと倒れた。だが、私の体は男の右手で確りと抱え込まれ、
「大丈夫か? 君は体力の消耗が激しい。あんまり無理をするのは良くないぞ?」
「でも、師匠が!」
「その様子だと、君と琴音にも何かあったんだね?」
落ち着いた口調でそう言う男に、私は先刻の出来事を全て話した。組織に監禁された事、師匠が組織のメンバーと戦ってる事を。




