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第一話 入学式

 ――入学式。

 朝早くから真新しい制服に身を包み、森楼学園しんろうがくえんの校門前に佇む。

 ここで、楽しい高校生活が始まる。そんな事を思いながら、校門を潜ると――。


「おはよう!」


 の声と同時に、首にラリアットが飛んできた。

 瞬間的にその腕を掴むと、そのまま背負い投げを見舞う。綺麗に宙を舞い、地面に叩き付けると、苦しそうな男の声が耳に届いた。


「あうううっ……。お前――」


 地面に倒れる奴の顔をよくよく見ると、ソイツは良く知る人物だった。


「博人。何してるんだ?」

「お前に投げられたんだよ」


 不服そうな顔のコイツが、加賀博人かがひろと。ボサボサの黒髪に、目付きが悪い。顔付きもゴツゴツしてるし、印象は最悪だ。じと目で彼を見つめる。一応、同じ中学の出身者。親しい間柄か、と聞かれれば「違う」と即答するだろう。

 とりあえず、無視する事にした。相手にすると疲れるし、博人の目的は僕じゃなく――。


「おはよぅ、桜嵐」


 可愛らしい声色と共に登場したこの一人の女子生徒だからだ。

 肩まで伸ばした外に刎ねた黒髪が揺れ、パッチリとした目がコッチを見る。可愛いと言えば可愛い顔立ちだが、長年見慣れた僕からすれば普通だ。何処が可愛いのか不思議な程だ。

 彼女は吉井加奈と言って、博人と同じで中学が一緒だ。一応、幼馴染だけど、僕は彼女の事を『吉井』と苗字で呼んでいる。


「おはよう! 加奈ちゃん!」


 博人が吉井に妙に馴れ馴れしい感じで挨拶をする。二人がどういう関係なのかは、全く興味が無いが、これだけは言える。


「あっ、加賀も居たんだ」


 吉井の方に気は無いと言う事は。

 しかも、面倒な事に――、


「同じクラスだとね。桜嵐」


 僕に対して眩しいまでの笑顔を向ける。これは、博人に対する当て付けなのか? だが、それは僕には迷惑でしかない。ただでさえうるさいのに、そう言う態度を取られるとあらぬ火の粉が――。


「テメェ! 加奈ちゃんのなんなんだよ!」


 降り掛かった。胸倉をつかまれ、興奮する博人が顔を寄せる。鼻息が顔に掛かる程の距離。視線を逸らし、引き攣った笑いを見せた。


「さ、さぁ? 僕に言われても」

「じゃぁ、何でんなに親しげなんだよ! 俺にも向けないあんな眩しい笑顔を――」

「僕が知る訳ないだろ」

「ただ単に、お前が嫌われているだけだろ」


 別の声が背後からそう言うと、博人の手が襟首を絞め、何故かそのまま僕に怒鳴り声を響かせる。


「何だと! 誰が嫌われてるだ!」

「ぼ、僕が言って無いだろ!」


 博人の手を振り払い間合いを取ると、その間を眼鏡を掛けた男子生徒が当然の様に通り過ぎる。コイツがさっきの声の主、小野山信二。コイツも同じ中学の出身者で、剣道部の主将をしていた。冷静と言うべきなのか、冷たいと言うべきなのかは定かじゃないが、とりあえず物静かな奴だけど、何故か博人に対しては暴言を吐く。

 僕は結構仲の良い方だと思っているけど、当の本人がどう思っているのかは不明だ。

 彼の顔を見ていると、不意に足を止め体をこちらに向ける。眼鏡越しに藍色の瞳が顔を見据え、静かに口が開かれた。


「昨日……皆川さんに会ったんだってな。どうだった?」

「ど、どうって?」


 突然の事にそう言葉を返すと、信二の額にシワが寄る。


「元気そうだったか?」

「えっ、ま、まぁ。そりゃ元気だろ」

「そうか……」


 それだけを確認すると、静かにその場を去っていった。彼の目的がなんだったのかはさて置き、何故昨日皆川に会っていた事を、彼が知っているのかを僕は知りたい。別に秘密にしてたわけじゃないけど……何だか怖いな。

 ため息を吐くと、冷やかな視線が背中を刺す。な、何だろう。凄く嫌な汗が出てくるし、殺気の様なモノを背後から感じる。

 恐る恐る振り返れば、そこに鬼の様な形相をした吉井の姿が――。って、何で怒っているんだ。何か悪い事したのか? 記憶を辿るが吉井が怒る様な事をした覚えは無い。ってか、挨拶位しか交わした覚えが無いんだけど……。

 引き攣った笑みを浮かべていると、吉井の足が一歩前に出る。


「フフフフフッ」


 含み笑いが、更に恐怖を増す。

 ここは、無難に逃げよう。そう思い踵を返すと、右肩を強い力で掴まれた。


「何処に……行くのかな?」

「いや……初日から遅刻はまずいだろ?」

「そんな事より、詳しく話しが聞きたいなぁ」

「よし。博人。ここは――」


 博人の居た方へと顔を向けるが、そこには誰も居なかった。逃げた……か。何とまぁ危機回避能力に長けた奴だ。あの一瞬で自分に掛かってくる火の粉に気付くとは……流石と言うべきなのだろう。

 小さくため息を漏らし振り返る。ここは覚悟を決めなければならない場面。きっと、ここが人生の分岐点なのだ。選択肢は二つ。ここに残るか、すぐに逃げるか。どちらかがバッドエンドに違いない。いや、両方共バッドエンドの可能性も――。

 様々な考えが頭の中を巡る中、初めに口を開いたのは吉井の方だった。


「それで、奈菜ちゃんとは何の密会?」

「み、密会って……そんなんじゃないって。ただ、相談をさ」

「何の相談かしら?」


 笑顔の問い詰めに一歩後退する。眼が怖いんだけど、何て言えず笑顔を返す。


「で、何の相談だったの?」

「何のって……そりゃ……」


 口篭る。幾らなんでも言えないだろ。一応、内緒の相談なわけだし。誰にも言わないと皆川と約束もした。その為、言う事はたった一言。


「そりゃ、秘密だ」

「な、何よ! いかがわしい相談なわけ!」

「いや……。絶対に言わないって約束だから」

「何よ! この――」


 吉井に押され後退すると、背中に何かがぶつかった。それが、人であるとすぐに気付き、振り返り頭を下げた。


「すいません」

「……」


 返答は無く、冷やかな視線に気付く。それが、吉井の放つ視線と違い、間違いなく殺意のこもったモノだと、直感的に理解し顔を上げた。ショートボブの髪。黒――いや、黒みがかった紺色だろうか。そんな感じの髪の色に、鋭く冷たい目。僅かに青みがかった瞳が、じっと目を見据える。整った顔立ちなのに、可愛いと感じるより先に恐怖を感じた。

 顔をジッと見ていると、突如目付きが穏やかに変わり、優しく微笑みながら口を開く。


「すいません。私、急いでますんで……」

「は、はぁ……」

「それじゃあ」


 軽く会釈し、その場を去っていく彼女の背中を見ながら、僅かに首を傾げた。あの時に感じた殺意は……一体なんだったのだろう。不思議になって吉井の方に顔を向ける。

 腕組みをし、不満そうに頬を膨らす吉井に、静かに尋ねる。


「あんな人、入試の時にいたか?」

「知らないわよ。入試って、何百人いたと思ってるのよ」

「だよな……。でも、少し変わってなかったか?」

「あんた程じゃないんじゃない」


 やはりまだ怒っているのだろう。言葉が刺々しい。

 その後、学園のチャイムが鳴り、僕と吉井は体育館へと移動した。もちろん、交わす言葉など無く、静かに。

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