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第十八話 流れを変える 風

 幾重にも続く火渦子の攻撃。

 ギリギリの所で火柱を避け、あわよくば反撃出来ればと、右手に握った剣キルゲルを構える。だが、反撃する間を与えず、火渦子が指を鳴らす。すると、足元を抉り火柱が目の前に広がる。


「くっ!」


 奥歯を噛み締め後方へと身を投げ出しそれを避けた。軽く受身を取り、後転する。口の中が乾き、喉が痛かった。それでも、すぐに体勢と整えキルゲルを構えなおす。呼吸をするのすら辛い、すぐに足を止めて横になりたい、そんな願望さえ覚えた。膝も震え、体が鉛の様に重い。だが、意識ははっきりしている。時折、生徒の声が聞こえた。


「何で立つんだよ」

「あんな体で何してるの」


 口々にそんな声が。皆の言う事も最もだと思う。だが、足を止めるわけにはいかない。後ろには雪国さんが居る。それに、他にも守るべきものが――。だから、息を整え重い体をゆっくりと動かす。まだ足も腕も動く。動くうちは、まだ立ち止まるわけには行かない。

 そう思った矢先だった。火柱が消え、目の前に火渦子の顔が見えた。不適な笑みを浮かべた顔が。


「この声は……気が散るな……。消し去るか? 今すぐに」


 そう言って火渦子が手の平に火の玉を作り出す。すぐに叫ぼうとしたが、声すら出ない。そんな僕に代わって、キルゲルが叫ぶ。


『そんな事させると思うか?』

「ふっ……出来るさ。私を誰だと思ってるんだ? 火を司る鬼獣だぞ? その程度造作も無いよ」


 不適に笑う火渦子。奴の力ならば、本気でそれをしかねない。それを知ってか、キルゲルも言葉を呑む。静寂に包まれ、炎が燃える音だけが聞こえる。

 しかし、静寂を破る様に一つの声が響く。


「桜嵐! あんた、何やってるのよ!」


 吉井さんの声に振り返ろうとした時、顔の横を赤い閃光が通り過ぎ、「キャッ!」と悲鳴が聞こえた。嫌な予感が脳裏を過り、次の瞬間目の当たりにする。炎に包まれた吉井さんの姿を。

 教室から様子を窺っていた生徒達の悲鳴がこだまし、幾重にも重なる足音が聞こえてきた。だが、それもすぐに聞こえなくなる。膝が力なく地面に落ちた。今までのダメージも重なり、意識が遠退きそうになる。

 そんな中で背後から火渦子の高笑いが聞こえた。その瞬間、心の奥にしまっていた黒い何かが体を浸食する。キルゲルとも違う別の意思の様なモノが流れ込み、声が聞こえる。


(我を――望め! 我を――欲せ! さすれば与えん。汝の求めんとする力を!)


 頭の中で聞こえる声に、思わず答えそうになるが、その前にキルゲルの声が響く。


『オイ! 確りしろ! あの女なら大丈夫だ!』


 その声に振り返ると、雪国さんが静かに手を上げる。


「癒せ! 蓮の葉の雫!」


 声が響くと、吉井さんの体に巨大な水滴が落ちる。それは水滴と言うよりも水の玉、そう表現する方が正しいだろう。一瞬、湯気が起ち、姿が見えなくなるが、すぐに水の玉に包まれた吉井さんの姿が見えた。炎は完全に消化され、気泡が吉井さんの体から溢れる。

 何が行われてるのか、僕にはサッパリ分からないが、火渦子は小さく舌打ちしたのが聞こえた。

 遅れて、息を切らせる雪国さんが、静かに口を開く。


「はぁ…はぁ……。後は、任せるからね……」

『晃。今ので暫く愛ちゃんは、力使えないから!』

「だ、大丈夫よ……。すぐ、回復……するから……」


 乱れた息でそう告げる雪国さんだが、明らかに消耗が激しく膝が僅かに震えているのが分かった。それほどまで消耗しているのに、どこまでも強気な態度の雪国さん。それが、封術師としての彼女の意地なのだろう。

 苦しそうに呼吸を繰り返す雪国さんを見ていると、背後で不適な笑い声が聞こえた。


「ふふふっ……これで、楽に戦える」


 その言葉にキルゲルが小さく舌打ちした。


「どうか……したのか?」


 息を切らせながらもそう尋ねる。何と無く、気に掛かったからだ。

 その安易な問いに、キルゲルが小さく鼻で笑い答えた。


『ふっ……。どうやら、あの娘の言う通り、コッチの情報は筒抜けの様だ』

「それって……さっき、雪国さんが言ってた奴か?」

『ああ。それだけじゃない。我と晃、お前の事も既に筒抜けみたいだな』

「エッ? 僕とキルゲルの事も?」

『まぁ、こう言う事は考えたくなかったが、あの娘の組織に裏切り者、または鬼獣上がりの奴がスパイとして入り込んでるかのどちらかだろうな』


 キルゲルの言葉に火渦子は静かな笑いを吐き出し、


「まぁ、知る必要は無いよ。どうせ、ここで死ぬんだから。もう、お前等に戦う力は無い。だろ? 中途半端な能力の封術師と素人ガーディアン」


 両腕を広げ天を仰ぐ火渦子は、両方の手の平に炎を灯すと、それを更に大きく膨張させる。炎が膨れ、火渦子の顔を赤く照らす。


「ふふふ……ふははははっ! これで、最後だ!」

「キルゲル!」

『オイ! 貴様、何を――』


 無意識――と、言うよりヤケクソだった。自然と右足を踏み込み、力一杯に地を蹴りそのまま火渦子へと迫る。

 僕らの事などもう相手にしていない様子の火渦子は、両手に灯した炎を空へとかざす。


「燃え上がるは炎。全てを喰らうは劫火。人を捌くは業火。全てを喰らえ――」


 何やら呪文の様にそう呟く火渦子。脳が危険だと感知するが、足は止めない。今、足を止めれば全てが終わると、直感したからだ。

 疲労で足が重い。速度は上がらないが、それでも必死に足を動かし、遂に間合いへと入った。


「くっ! イケッ!」


 右足を深く踏み込み、全体重を乗せる。刹那、何処からとも無く暴風が吹き荒れる。荒々しく全てを裂く様な甲高い音を響かせ、激しく大気を振るわせる。全てが静止したそんな感覚に包まれ、一瞬だが火渦子と視線が交わった。

 何もかもを一瞬にして変えてしまう、そんな一陣の突風を乗せ、両手に握ったキルゲルを素早く振り抜く。


「グッ! キサ――」


 火渦子の言葉が途切れ、刃が左脇腹へと入る。だが、火渦子が咄嗟に身を引いたのか、手応えが浅くそのまま僅かに切っ先が腹部を裂き、そのまま左へと流れた。

 全てが終わった――と頭の中が真っ白になる。これが最後の一撃、全ての流れを、全てを裂くハズの一撃。それが無駄に終わった。そして、絶望が今、まさに周囲を包む。


『晃!』


 キルゲルが叫んだのが分かった。だが、体が急激に傾く。全てを出し尽し、もう体を支える力すら残ってなかった。うつ伏せに倒れこむと同時に、頭部を踏み付けられる。


「ぐっ!」

「雑魚が! 私に傷付けてんじゃねぇよ!」


 激しい罵声を浴びせ、僕の頭を何度も踏みつける。地面に右頬が擦り付けられ、ヒリヒリと痛みが走る。


「まずは、テメェから消してやるよ!」


 一層声が大きくなり、炎が更に大きな音をたて燃え始める。何とか横目で上を見ると、両手に集まっていた炎が一つに纏められ、更に大きく膨らんでいるのが分かった。そして、怒り狂った火渦子の顔が一瞬映り、ゆっくりと目を伏せた。意識が遠退いて行く。

 その中で、僅かに声が聞こえた気がする。男の声が。何と言ったのか分からないが、その声が聞こえ雪国さんが叫び、火渦子の悲鳴の様な声が聞こえた――そんな気がした。

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