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第十五話 囚われ

「それじゃあ、彼を見殺しにしろと言うのか!」


 突如響いた師匠の声。その声に、僅かに濁りのある男の声が返答する。


「そうだ。それが、貴様等に与えられた上からの命だ」

「ちょっと待ちなさい! 私はもう組織とは縁を切ったはずだ! 何故、お前達に命令されなきゃいけない!」


 いつに無く感情的な師匠の声に、私はゆっくりと体を起した。

 寝ていたのだろう。妙に体がダルイ。頭がモヤモヤするが、とりあえず周囲を見回した。

 コンクリートの壁に囲われた部屋。小さな鉄格子のついた窓。そして、重々しく佇む鉄の扉。

 私の部屋でない事はすぐに分かり、どうしてここにいるかを考える事にした。だが、その時突如として爆音が響き、コンクリートの壁に亀裂が走る。部屋に僅かに差し込む光りに、目を細めると、もう一度爆音が響き、遂に壁が崩壊した。

 コンクリート片が飛び散り、同時に一つの影が部屋に転がり込んだ。目を凝らすと薄らその影を確認できた。真っ黒な衣服に身を包んだ三十代程の男だった。漆黒の髪に細かなコンクリート片を被り、額からは鮮血が流れ顔の右半分を赤く染めている。歳相応に老け込んだ顔立ちを顰める男が、体を起し壁に出来た穴を真っ直ぐに見据え叫ぶ。


「き、貴様! 何をしてるのか分かってるのか!」


 その声にコツ…コツ…と、踵が床を叩く静かな音が響き、長い黒髪を揺らし見慣れた顔立ちの女性が部屋へと入ってきた。額に刻まれた傷に美しく整った顔立ち。そして、凛々しく力強い眼がスッとこちらへと向いた。


「愛! 体は動く?」

「エッ、あっ! はい!」


 突然の師匠の声に咄嗟にそう叫ぶと、師匠はゆっくりと頷き、


「それじゃあ、あなたはすぐに晃の所へ行きなさい!」

「エッ? あ、晃の所へ? な、何で――」

「いいから! 行けぇ!」


 いつも冷静な師匠の怒声に体がビクッとする。あまりの迫力に体が痺れる感覚に襲われた。

 呆然とする私の脳に幼い声が流れる。


『姫! しっかり! 今は師匠の言う通りに!』

「わ、分かってる!」

「くっ! 行かせると思ってるのか!」


 男が叫ぶと、師匠の背後に二人の男が現れた。皆、同じ様な真っ黒な衣服に身を包み、手にはサポートアームズであるだろう武器を握り締めている。片方が大剣、片方は双剣。そして、部屋の中にいる男は刀。名も属性も分からない見た事の無いサポートアームズに、師匠は失笑し自らのサポートアームズの名を叫ぶ。


「フルースフェイレ! 戦闘タイプ!」

『了解しましたマスター!』


 叫び声に反応する様に、師匠の靴が変化する。漆黒の硬質物に覆われたブーツへと。これが、師匠のサポートアームズ、フルースフェイレの具現化された姿だった。見た目は普通のブーツの様だが、それは移動速度を極限まで上げ、その足から放たれる蹴りの威力も最大限まで引き上げる最も扱い難い武器であると、以前に聞かされた事があった。

 それを具現化した師匠は、ゆっくりと三人の男を見回し、静かに息を吐き、


「愛! ここは私が何とかする。あなたは、晃の所に!」

「わ、分かりました。で、でも、無理は――」

「大丈夫よ。私の事は心配しなくても。あなたには全てを教えたつもりだから……」


 その言葉に不意に胸がざわめいた。それでも、私は「はい」と答えるしかなかった。師匠がそれを望んでいたから……。

 その返事にいつもの様に笑みを浮かべた師匠は、


「うおりゃぁぁぁっ!」


 叫び声を上げると同時に右足を振り抜く。鋭い音が一瞬聞こえ、突如として衝撃が爆音と共にコンクリート壁を突き破った。砕けたコンクリート片が外へと飛び出し、日差しが室内へと差し込む。外の空気が入り込み、湿った室内に僅かな熱気を漂わせた。


「こほっ…こほっ……」


 衝撃で舞い上がった埃に咳き込んでいると、耳元で大人びた女性の声――もとい私のサポートアームズであるセイラの声が聞こえた。


『愛ちゃん! 後ろ!』


 その声に振り向くと、刀を振り上げた男がすぐ傍まで来ていた。寝起きである事と現在の状況を把握できていない為、気配の察知に完全に遅れをとってしまった。具現化は――間に合わない。ならば――と、親指と人差し指を立て手で銃を作り、男へ向ける。


「ヴァンッ!」


 腹の底から吐き出した声と共に、立てた人差し指の先に青白い光りが収縮され、男に向って勢いよく放たれる。閃光が閃き、男はそれが危険と察知したのか、身を捩りギリギリでそれを避けた。


「くっ! 寄生型か!」

「違うわよ。彼女は、移植されたのよ!」


 男の声に師匠が蹴りを見舞うと同時にそう答える。スピードに乗った鋭い蹴りを腹部に受けた男は、後方へと吹き飛び、壁に背中を打ち付けた。


「ぐふっ……き、貴様!」

「ふ、副隊長!」


 大剣を持った男が副隊長と呼んだ刀を持った男へと駆け寄る。そして、双剣を持った男の方が舞い上がった土煙の中から飛び出す。師匠の死角から飛び出した完全な不意打ちに、私が声を上げようとしたが、それよりも先に師匠の体が反転し強烈な後ろ回し蹴りが双剣の男の米神に決まった。男の体は側転する様に吹き飛び、壁に左肩からぶつかる。

 圧倒的な力の差を見せる師匠に、何と無く安心し息を吐く。さっきの胸騒ぎはきっと気のせいだ。そう言い聞かせ、私は師匠が壊した壁の方へと足を進める。師匠に言われた通り、晃の所に行く為に。


「セイラ!」

『分かったわ。愛ちゃん』


 私の声で右耳にしていたイヤリングが輝き、大人びた女性の声と共に白翼を背中へと具現化した。翼の一枚一枚が風を受け揺れ、日差しを浴び輝く。これがセイラの具現化。セイラは戦闘タイプのサポートアームズではなく、飛行能力の備わった補助タイプのサポートアームズ。

 白翼は静かに広げられる。風を大きくかく為、空へと羽ばたく為、大きく優雅に広げられた白翼が、日差しを遮り、室内を闇が包み込む。


「くっ! 行かせるな! なんとしても――ぐっ!」


 僅かに濁った男の声が途切れ呻き声へと変わる。師匠の蹴りを受けたのだろう。遅れて壁が崩れる音が聞こえた。


「愛!」

「はい! セイラ!」


 師匠の声に私は返事を返し、広げた翼を力一杯に羽ばたかせた。突風が巻き上がり、私の踵が浮き上がり、最後につま先が地上から離れる。


『目的地は森楼学園ね』

「えぇ。行くわよ」


 私の声に翼がもう一度大きく空をかく。壁に出来た穴から外へと抜け出すと、部屋からもう一度濁った声が響いた。


「行かせないと、言っただろ!」


 赤い光りが壁穴から眩く発せられる。だが、遅れて聞こえた爆音がその光りを一瞬で消し去り、男の呻き声がもう一度聞こえた。激しい打撃音だけが部屋の中から聞こえる。容赦の無い師匠の蹴りが炸裂しているのだろう。

 更に加速するように大きく両翼がはばたき、勢いよく空高くまで舞い上がる。


「ここって何処よ?」

『僕の見立てだと、ここは森楼学園の南西の方角だよ』


 脳内に幼い声が響く。私のもう一つのサポートアームズ、ヴィリーの声だ。その声に僅かに頷くと、続けてセイラの声が背中から聞こえる。


『愛ちゃん! あれ見て!』


 セイラの声に促されその方角へ目を向けると、黒煙が見えた。


「あれって……」

『森楼学園の方よ!』

「なっ! じゃあ、鬼獣! 急ぎましょう!」


 私の声に両翼を羽ばたかせ、森楼学園へと急いだ。

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