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第十四話 火渦子と土漢

 視界が揺らぐ。

 想像以上の怪力だった。骨が砕けたのか体のあちこちが痛い。

 それでも、キルゲルの再生能力のお陰で、砕けた骨も徐々に回復しつつあった。


「くくくくっ。見た目で判断すると、痛い目を見るぜ」


 窓から降り立つ土漢と呼ばれた男。着地の瞬間に衝撃が広がり地響きが起きた。まだ意識が朦朧とする。それでも、キルゲルは真っ直ぐに土漢を見据えていた。


(キルゲル……大丈夫か?)

「案ずるな。それより、貴様は大丈夫か?」

(僕は……平気だ。それより、アイツ……)

「土漢と、言っていたな。鬼獣あがりか……」


 ボソリと呟くキルゲルの『鬼獣あがり』と、言う言葉が少しだけ気になった。だが、今それを聞いている余裕など無く、もう一人の火渦子と呼ばれた少女もゆっくりとした足取りでそこに現れる。

 最悪の状況なのかもしれない。土漢一人にもこんなにも追い込まれているんだから、火渦子も加わったらと思うと、怖くなった。

 それでもキルゲルは真っ直ぐに土漢を見据え、不適な笑みを浮かべる。


「土漢とか……言ったか? 貴様では我に勝てん」

「……火渦子。コイツおかしくなっちまったぞ」

「気にするな。とっとと破壊しろ。私らの任務は人影とかげが来る前に、ここに居るガーディアンと封術師を皆殺しにする事だからな」

「分かった。まずは――一人目だぜ!」


 一瞬で土漢が間合いを詰める。あの体でどうしてこんな素早いのか不思議だが、キルゲルは目の前に現れた土漢の顔を見上げ、不適に笑うと、右手の剣を振り抜く。音も無く手応えも無く刃が一閃され、土漢の体が僅かに後方へと傾く。


「ぐっ!」

「フッ」


 苦痛に表情を歪める土漢に対し、相変わらず不敵な笑みを浮かべたままのキルゲル。何が起こったのか分からないが、次の瞬間、土漢の胸板に真っ赤な筋が走り血が流れ出す。先程の一閃で、切っ先が僅かに触れていたのだろう。全くその手応えすら感じないその切れ味に、少なからず僕は恐怖を感じた。


「後、半歩踏み込んでたら真っ二つだったな」


 挑発的な言葉を吐くキルゲルに対し、怒りをあらわにする土漢は、右拳を振り上げる。


「俺の体を傷付けるとは、人間にしちゃ上出来だ」

「おい。土漢! 下がれ!」

「うるせぇ! コイツは俺の獲物だ!」


 火渦子の制止を振り切り、土漢が拳を振り下ろす。それを待ち望んだ様にキルゲルが右足を踏み込み、振り抜いた刃を逆手に持ち替え、下から上へと一直線に切り上げた。

 一瞬重々しい手応えが腕に伝わるが、すぐにそれも消え、血飛沫と悲鳴が周囲に響き渡る。


「うがああああっ! う、腕がぁぁぁぁっ!」


 醜い土漢の悲鳴。自らが振り下ろしたその勢いも重なり、腕は肘の辺りまで真っ二つに裂けていた。なんとも痛々しいその光景に、キルゲルは不適な笑みを浮かべ、


「相性を知らねぇとは、とんだ下級鬼獣だな」

「き、きさ――ッ!」


 刹那、僕らの目の前で紅蓮の炎が閃き、一瞬にして土漢の体が炎に包まれた。咄嗟に後ろに飛び退くキルゲルが、その視線を火渦子の方へと向ける。


「何? その目。言っておくけど、仲間とか私には関係ないから。命令に背く奴は、ジャマなだけ」

「フッ……同感だ。我も、命令に背く奴は邪魔だと思う。しかし、自らの力を見せ付ける為だけに、同胞に手を掛けるクズにそれを言われる筋合いは無い!」

(き、キルゲル! お、落ち着け!)


 珍しく怒りをあらわにするキルゲルが制止も聞かずに地を駆ける。疾風の如く早く間合いを詰め、暴風の如く荒々しく、その刃を振るう。風を取り込み更に鋭さを増したその一撃が、音も無く火渦子を捉えた。が、刃はそこで重い手応えだけを残しピタリと動かない。


「くっ! な、なんだコイツ……」


 指先だけで刃を受け止める火渦子に驚くキルゲルに対し、


(キルゲル! 下がれ!)


 咄嗟にそう指示を出す。その指示にキルゲルは反抗せず、すぐに後方へと飛び退く。遅れて、先程まで僕らの居た位置で紅蓮の炎が火柱を上げた。

 ほんの一瞬だが、火渦子が不適に笑い、指先から炎を出したのが見えた。もし、それを見ていなければ、僕らは今頃土漢の様に焼かれていただろう。


「コイツ……普通の連中と違う」

(どういう事だ?)

「分からん。だが、我も武器として集中する。後は、貴様で戦え」

(ちょ、ちょっと待て、僕に戦いなんて!)

「貴様、いつまでも我の力に頼るな。我とてこの状態は体力を消耗する」


 当然と言わんばかりのキルゲルだが、元々はキルゲル自身がこうして僕の体を勝ってに使っているわけで、僕には戦う意思など全く無かった。

 それでも、半ば無理矢理に体を返され、キルゲルは武器である剣へと意識を戻す。


『良いか。我はこれより、貴様のサポートに回る』

「さ、サポートって、ちょっと――」

『来るぞ!』


 キルゲルの言葉に視線を前に向けると、激しい炎を纏った火渦子の拳が顔へと迫る。反射的に体をそらせそれをかわし、間合いを取る為にその場を下がった。


「くっ……キルゲル。やっぱり僕には……」

『安心しろ。貴様と我は一身だ。何があっても貴様を殺させはしない』


 その言葉の意味に僅かな違和感を感じた。何にそう感じたか分からないが、何か胸騒ぎがした。

 ボンヤリしていると、キルゲルの怒声が耳に届く。そして、我に返り咄嗟にキルゲルを顔の前に移動する。強い衝撃がキルゲルを伝い腕を突き抜け、体が後方へと引っ張られる様な感覚に襲われ、気付けば地面を何度も転げていた。


「イッ……な、何が……」

『戦闘中に気を抜くな。幾ら我でも、やる気の無い奴のサポートは出来ぬぞ』

「わ、分かってるけど、あんなのにどうやって勝つって言うんだ? それに、さっき相性がどうとか言ってたけど、キルゲルって火の属性と相性悪いだろ」


 その言葉にキルゲルは小さく舌打ちした。


『貴様、いつから気付いていた?』

「砲閃火と戦った時」


 あの砲閃火との戦いで、僕が気付いた事。それは、キルゲルは風属性だと言う事と、火は風を呑み込み更に強力になると言う事。どんなに強力な力を秘めていても、風属性であるキルゲルでは、火属性である火渦子と対等にやり合う事は無理なのだ。

 穏やかな風が頬を撫でる。目の前にたたずむ火渦子を見据え、静かに息を吐いた。何故だか心は穏やかで、いつも以上に冷静に全てを見る事が出来た。火渦子の口元が緩み、右手にもう一度炎が灯る。


「私との相性は最悪だな。お前の風は私の炎を強くするだけだよ」


 余裕の笑み。ただでさえ、戦闘慣れしている相手の上、相性は最悪。しかも、コッチは戦闘初心者。まるで勝てる気がしない。それでも、キルゲルの強気な態度は変わらず、


『これ位のハンデがあった方が面白いだろ?』


 などと相手を挑発するが、火渦子はそんな挑発には乗らず、相変わらずの態度で返答する。


「安っぽい挑発だ事。残念だけど、土漢の様な無能な奴と一緒にするなよ」

「キルゲル。言われてるぞ」

『我は挑発したつもりは無い。それより、時間を稼ぐぞ』

「時間を稼ぐ?」


 小声のキルゲルにそう聞き返すと、キルゲルも折り返しで答える。


『ああ。時間を稼ぐ。貴様の言う通り、我と奴では相性が悪い。だが、奴はミスを犯した』

「ミス?」

『土漢を始末した事だ。火の弱点は水。幸いここには水属性を持つ者が二人居る』

「そうか。雪国さんと水守先生か!」


 その答えにキルゲルが静かに『そうだ』と答える。確かにあの二人なら、この火渦子との相性もいいし、何より僕よりも戦闘経験が豊富だ。間違いなくあの二人なら――。

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