第十三話 襲撃
あれから数日が過ぎ、森楼学園は何事も無かった様に平和な時間を刻む。
砲閃火によって荒らされたグランドも、破壊されたはずの校舎の窓ガラスも。襲われた生徒達も、何も無かった様に普通に登校していた。
自分だけがおかしな夢を見ていた気分だ。これも、全て雪国さんの属する組織が裏工作を行ったモノだと、水守先生は言っていた。どれだけ凄い組織なのか気になったが、「キミはこの組織に深入りしないほうがいい」と、水守先生はそれ以上話そうとしなかった。その時の表情が、あの時のあの人の表情とダブり、僕はそれ以上話を聞く事はしなかった。
「ふぅ……」
思わず出たため息に真後ろの席の信二がすぐさま反応する。
「何か悩みでもあるのか?」
やや冷たい印象の口調だが、これでも信二は心配している方だ。中学からの付き合いで、分かった事が二つある。彼が話し掛けてくる時は、決まって相手を心配している時。そして、もう一つ。彼は凄く友達想いだと言う事だ。
中学時代も信二は幾度と無く友人を助けて回っていた。その所為か、不良からは鬼の小野山と恐れられていた。
「俺でよければ、話を聞くが?」
振り返ると、相変わらずの表情で僕の目を見据える。眼鏡の向うに見える鋭い眼差しに、男とは思えぬほどの綺麗に整った顔立ち。女子がキャーキャー言う理由がよく分かる。
そんな彼と向かい合い、話すべきかを迷っていると、
「桜嵐。あんまり、思いつめるもんじゃない。何かあるなら、いつでも頼っていい。それが、友と言うモノだ」
少し驚いた。信二はこんな熱い事を言う奴じゃない。そう思っていたからだ。思わず、目頭が熱くなったが、涙は流さず笑顔を返すと、信二も僅かに口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう。何かあれば、話すよ。でも、今はまだ……」
「そうか。なら、俺はこれ以上聞かない。お前が何を悩み、何を迷っているか分からんが、話したくなったら、いつでも話してくれ」
「ああ。分かったよ」
そう言うと、信二は恥ずかしそうに席を立った。ああ言う熱い台詞は言い慣れてなかったのだろう。そのまま信二は「頭を冷やしてくる」と、言って教室を後にした。
体を机へと向きなおし、頬杖を付き廊下の向うへと目を向ける。平和な時を刻む様に秒針が動き、全てを壊す様に一つの足音が廊下を静かに進む。
僅かに耳に聞こえる廊下を叩く踵の音。学園の生徒とは違う妙な威圧感に、体中の毛が逆立つ。ザワメキ声が廊下を伝い耳へ届く。そして、体内で眠るキルゲルもその異様な異変に過剰に反応を示した。
(逃げろ! ここから、今すぐ逃げろ!)
「エッ? キルゲルどうし――」
キルゲルに返答しようとした刹那だった。ガラスの割れる音が真横で聞こえたかと思うと、突如視界が揺らぎ首を太い何かに締め付けられた。
「ぐがっ……」
「コイツが……獲物か?」
「そうみたいね……白髪混じりの赤黒い髪。赤みを帯びた瞳。間違いないね」
何が起こったのかイマイチ理解出来ないが、一つ分かる事がある。今、僕は首を絞められていると言う事だ。太い腕の様な指が頚動脈を押さえ、息が苦しい。酸素が頭に回らず、意識だけが遠退く。薄れる視界の向うに僅かに見えた大きな男と小柄な女。対照的な二人組みだが、どうやら女の方が主導権を握っている様だった。
「さぁて、残りは二匹か……確か、一人は教師、もう一人は女だって話だ」
女の方のハスキーな声がそう告げる。おおよそ見当は付いた。教師と言うのは水守先生、もう一人の女は雪国さんの事だと。狙いはガーディアンと封術師。だとすると、彼等は――鬼獣。でも、その見た目はまるで人間そのものだった。
(オイ! 我と変われ! 死にたくないだろ!)
突如脳内に響くキルゲルの声に、僅かに頷くと――意識が吸い込まれる様に真っ暗になった。そして、気が付くと、僕の体は男の太い手から解放され、二人組みと対峙する形になっていた。
(くっ、キルゲル……こいつ等は?)
「詳しい話は後だ。今は、被害を最小に抑えてやる。お前も、こんな大勢の中で戦って欲しくないだろ?」
小声でキルゲルがそう言い、視線を動かす。教室内にはまだたくさんの生徒が残っていた。散乱するガラス片に、横転する机とイス。教室の隅に追いやられた多くの生徒。キルゲルの言う通り、ここで戦闘するわけには行かない。キルゲルも色々と考えているのだろう。今回は剣すら具現化せずにいた。
(でも、どうやってあの二人から逃げるんだよ?)
「流石に窓からじゃ目立つか……なら、扉から抜け出すしかあるまい……」
「相談は終わったかしら?」
不意に女の方がそう口を開いた。まるで、僕とキルゲルが話しているのが分かっている様な口振りで。
「こいつ等……」
(な、何で僕らの事……)
「さぁのぅ。ただ、厄介な相手だ」
キルゲルの視線が女性の方へと向く。長い黒髪に真っ赤な露出度の高い服装。小柄な体には不釣合いの服装だが、堂々と仁王立ちする女は、冷やかな切れ長の目でこちらを真っ直ぐに見据える。
「さて、お前に問う。苦しんで死にたいか? それとも、楽に死にたいか?」
「残念だが、我は死ぬ気はねぇ!」
地を駆ける。素早く音も無く。だが、それよりも早く目の前に立ちはだかる巨漢。隆々とした肉体に、黒の短髪。サングラスを掛け、目付きは分からないが、そのサングラスの奥で煌く赤い瞳だけは薄らと見えた。
「逃げられると思ってるのか?」
濁った男の声に、キルゲルが心の中で小さく舌打ちした。この巨大な体の何処から、あの動きを生み出しているのか分からないが、間違いなく今の僕らよりも強い事だけは分かった。殺気、放つ雰囲気、全てが異常だ。砲閃火とは比にならない。
逃げ道を絶たれ、半歩下がるキルゲル。どうする事も出来ず、時計が刻む秒針の音だけが教室内に響く。
(どうする?)
「戦うしかねぇか?」
(でも、他の生徒が……)
「分かっている。だが、何もしないで死ぬつもりか?」
キルゲルが険しい表情を浮かべそう問う。確かに何もしないで死ぬのは嫌だった。だが、自分のせいで誰かが傷付くのはもっと嫌だった。自分が犠牲となって他の皆が助かるなら、そう考えた時、体は動いていた。鋭い刃を右手に握り。
キルゲルが動かしているのか、自分の意思で動かしているのかも分からなくなり、いつの間にかその刃で巨漢の男に斬りかかっていた。周囲に広がるザワメキと悲鳴。そんな声さえ、気にならず深く右足を踏み込み、更に巨漢の男に刃を振るう。
「うおっ! な、なんだ? 急に動きが変わったぞ。どうするんだ? 火渦子」
「案ずるな。所詮は人間だ。私らが負ける訳ないだろ。土漢」
「ククククッ……そうだな。人間如きに遅れをとるわけがない」
不適に笑う土漢と呼ばれた男がゆっくりと拳を振り上げる。動きは遅い。そう判断したが、次の瞬間、視界は真っ暗になった。何が起こったのか分からない程凄まじい衝撃が全身を襲い、気付けば窓ガラスを突き破り外へと投げ出されていた。
「うっ……くっ……」
地面に激しく背中から落ちた。息が一瞬止まり、意識が飛ぶ。だが、すぐにその意識も戻り、激痛だけが体に残った。
遅くなりました。
本当に申し訳ありません。




