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第十二話 理由

 目を覚ますと、そこは見覚えのある部屋だった。

 柔らかなベッド。棚やタンスの上に置かれた無数の可愛らしいぬいぐるみ。

 一瞬デジャヴと思いながら、ゆっくりと上半身を起こすと、そこに雪国さんが居た。相変わらずラフな格好で、ガラス張りのテーブルに顔を伏せ寝息をたてている。

 どれ位の時間が過ぎたんだろう。部屋を見回し時計を探すが、見当たらない。一体どうやって時間を把握しているのだろう。

 疑問に思っていると、部屋の戸が静かに開かれ可愛らしいパジャマ姿の水守先生が入ってきた。風呂上りなのだろう。首にタオルを掛け、髪の先から雫が落ちる。学校で見るその印象と違い、何処か色っぽく見えた。

 うっかり見惚れていると、視線に水守先生が気付いた。視線が交わり数秒。水守先生が頬を赤く染め視線を外した。


「何々? 今頃私の魅力に釘付け?」

「いや、違うから」


 即座にそう返答する。無表情で。

 だが、水守先生は遠慮したと思ったのか、僕の横に腰を下ろし、


「遠慮しなくて良いよ。今日はあなたと私、二人きりだから……」

「……」


 おかしい。おかしいぞ。僕の目には今、テーブルに伏せて眠る雪国さんの姿が見えるんだけど……それは幻覚? 否。そんなはずはない。間違いなく雪国さんはそこに居る。故に二人きりではない。

 その内考えるのも馬鹿馬鹿しくなり、考えるのをやめた。ため息を吐くと、心配そうな表情を水守先生がこちらに向けていた。その潤んだ瞳が妙に可愛く見えた。相当、疲れているみたいだ。もう一度ため息を吐くと、ギュッと水守先生が袖を掴んだ。


「エッ! あ、あの、な、何デスカ!」


 突然の行動に慌てて言葉を返すと、水守先生は真剣な表情でこちらを見ていた。まだ湿った髪から雫が零れ、シャンプーの甘い匂いが僅かに香る。ほのかに頬が赤いのは、風呂上りだから。そう思いたいが、水守先生はゆっくりと顔を近づける。


「晃……くちゅん!」


 雰囲気をぶち壊す様に水守先生が可愛らしいクシャミを一つ。ホッとする自分と、残念な気持ちの自分が居る事が、少し恥ずかしくなり、それを誤魔化す為に水守先生が首に掛けていたタオルを取り、頭に被せた。


「うわっ! な、な何何? 晃君本気で襲っちゃうの!」


 突然の事に慌てる水守先生。それを無視して、乱暴にタオルで髪を拭いた。


「あた! 痛いって! ちょ、晃君!」

「ジッとして。暖かくなってきたからって油断してると、すぐ風邪引きますよ」

「う~っ。私は子供じゃないんだよ~。自分で拭けるよ!」

「そう言ってどうせちゃんと拭かないでしょ。ジッとしてください。ドライヤーまでかけてあげますから」

「むぅ~っ」


 押し殺した様な声を発する水守先生だが、諦めたのか暴れるのをやめる。こうして後ろから水守先生の髪を拭いていると、幼い頃の記憶が蘇る。確か、美空や優海もこうやって髪を拭いてあげたな、と。

 こうして見れば、水守先生も一人の女性なのだと分かる。こんなに小さな体で何倍もある化物と戦っていると思うと、胸が苦しくなった。

 そして、自然と口が水守先生へと質問していた。


「先生は……何故、戦うんですか?」

「んっ? なんだいなんだい? 私に興味湧いちゃったのかな?」


 相変わらず人を茶化す様な口振りの水守先生は、「エヘヘ」と軽く笑うと僕の方へと顔を向けた。タオルが僕の手から離れ、水守先生の髪から落ちる。まだ微かに濡れた髪が揺れ、雫が飛ぶ。二人の間に僅かな沈黙。ベッドに座る僕と、目の前に立つ水守先生の目線が同じ高さでぶつかる。

 水守先生の綺麗な黒い瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。僕もその目を真っ直ぐに見つめた。数秒の時が過ぎ、ようやく水守先生が視線を逸らし「エヘヘ」ともう一度笑う。


「ごめん……ね。あんまり、そう言う事聞かれなかったからさ」


 落ちたタオルを拾う水守先生は、顔を隠す様にすぐにタオルを頭から被り黙ってしまった。

 また沈黙が続く。聞いてはいけない事だったのかと思い、申し訳なく思っていると、タオル越しに静かに水守先生が言葉を続けた。


「私はさ……幼い頃から、封術師やガーディアンになる為に育てられてきたから……戦う理由なんて……考えた事無かったんだ……。それに、戦う理由があるとしても……それはもう失くしてしまったから」


 声が僅かにくぐもった。一瞬泣いているのではと思ったが、すぐにタオルの下から小さな笑い声が聞こえ、水守先生の可愛らしい笑顔が飛び出す。


「エヘヘへ。ビックリした? ドキッと来た? 今、私にときめいた?」

「まぁ、ちょっとだけ」

「エッ! ほ、本当に、私にクラッて来た?」

「嘘に決まってるでしょ」


 冗談のつもりで言った言葉にうろたえる水守先生に即座にそう言うと、子供の様に「もーっ」と頬を膨らし怒る。その顔が可愛く見えておかしくなり、「プッ」とつい笑いを噴出してしまった。その笑いに対し、両手を振り上げる水守先生は、


「何で笑うんだよ! 私は怒ってるんだぞ!」

「い、いや……ぷっ、今の水守先生、フフッ……子供みたいですよ」

「コラー! 子供って言うな! 晃君よりも十歳も年上なんだよ! もう少し、敬え!」


 叫ぶ水守先生の声に、寝ていた雪国さんが顔を上げ、眠そうな目で僕の顔を見ていた。鋭く不機嫌そうなその目付きが、僕に訴えかける。ウルサイ、黙れと。本当にそう思ったかは定かじゃないが、間違いなくそんな風に言っている様な目だった。

 あまりの迫力に黙り込むと、不意に水守先生が振り返り雪国さんと目が合った。暫し二人が見詰め合ったまま動かない。何とも静かな時が過ぎ、根負けしたのか雪国さんが小さなため息を漏らし、スッと立ち上がる。


「ご飯作りますね」

「エヘヘ。ごめんね。寝起きなのに」

「お前も食うのか?」


 雪国さんが鋭い目で僕を見る。まさか、そんな事を聞かれると思っていなかった為、反応に困っていると水守先生が笑顔をこちらに見せた。


「もちろん、晃君も食べるよね?」

「え、エェ……それじゃあ、いただきます」

「そう……」


 静かに部屋を後にする雪国さん。妙に怒っている様に見えたのは、やはり眠りを妨げたからだろう。不機嫌そうな雪国さんの顔で、ふと学校での出来事を思い出した。結局、僕は砲閃火を相手に何もする事が出来なかったが、あの後あの鬼獣はどうなったのだろう。誰も怪我はしなかっただろうか。色々思い悩み、結局水守先生にあの時の事を聞くことにした。


「あの、水守先生。昼間の化物はどうなりましたか?」

「んんっ? 化物と言うと、砲閃火の事かな? あれなら、私と愛ちゃんでシュパパパッと、退治しちゃったよ? 一体は一応、手持ちに封じちゃったけど、あー言う植物系統の鬼獣は、呼び出しても扱いに困るから、術の発動に使うことになっちゃうかな」


 可愛らしくそう説明してくれた水守先生が、タンスの横からドライヤーを取り出し僕の手に渡した。これは、髪を乾かしてくれと言っているのだろう。

 聞いていない事まで色々と教えてくれた水守先生を前に座らせ、渋々とドライヤーの電源をONにすると、熱風が吹き出す。ファンが大きな音を立て回転し、水守先生の少しだけ湿った髪が熱風で靡く。静かな時がゆっくりと過ぎていく。

 僕らはまだ知らない。この時が二度と戻らないと言う事を――。

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