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第十話 想い、願い

 頬を伝う風。

 視線の先で揺らぐ髪。

 迫り来る紅蓮の閃光。

 全てがスローに見える。

 研ぎ澄まされた感覚。

 握り締めた刃。

 怯える女子生徒。

 静かに漏れる吐息。

 ゆっくりと右足を踏み込み、重心がつま先へと傾き、上半身が流れる様な動きで前へと倒れる。遅れて、力を込め右足で大地を蹴った。体が軽い。そんな感覚を感じ、閃光へと迫る。剣など一度も扱った事が無いはずなのに、腕は自然と刃を振るった。

 鋭く綺麗な刃が紅蓮の閃光に触れる瞬間、僅かに腕に衝撃が走る。腕ごと持っていかれるんじゃないかと、思うほどの凄まじい衝撃だった。だが、衝撃はその一瞬で、後はまるで紙を切る様な、そんな軽い手応えだけを残し、種を二つに裂いた。

 一連の動作が一瞬の後に行われ、時が正常に流れ出すとき、二つに裂かれた種が女子生徒を避ける様に左右に散り、遥か後方で爆音を轟かせていた。


「な、何が……」


 自分の身に起こった事に驚き、手に握る剣キルゲルに視線を落とす。刀の様に細く薄い刀身に鍔は無く、容易く砕けそうなその身だが、軽く持ちやすくその切れ味は――恐ろしい程鋭い。それは、生物を切る為に作られた、そんな剣に思えた。

 手に握られたキルゲルに恐怖を抱き、体が震える。剣を扱った事の無い僕でも思う。こんな剣がこの世にあっていいのか、と。

 体を震わせていると、手の中でキルゲルが静かに問いかける。


『我が……怖いか?』

「……と、当然……だ。こ、こんな鋭い刃……人を切る為にある様なモノじゃないか!」

『おかしな事を言う。剣とは元より、人を殺める道具。刃が鋭いのは当たり前の道理……そうじゃないのか?』


 キルゲルの問い掛けに、言葉が出ない。

 キルゲルの言う通り、元々剣は人を殺める道具。刃が鋭くて何の不思議も無い。それ所か、刃が鋭いと言うのは、より優れている事を示す。

 何の反論も出来ず俯くと、キルゲルはもう一度問いかける。


『貴様は今、何の為に剣を振るう?』

「何の為って……僕は殆ど巻き込まれただけだから……」

『フン……ツマラン答えだな』

「ツマラン……て、あのな……」

『黙れ! 来るぞ!』


 乱暴な口調のキルゲルに少しイラッと来たが、状況が状況の為、堪える事にした。

 正面にユラリと揺れる砲閃火。また実が赤く点滅している。その間隔はまだ長く、力を蓄えている様だ。だが、忘れていた。砲閃火が、一体だけではないと言う事を。

 甲高い破裂音と視界の端に僅かに見えた眩い光りに振り向けば、紅蓮の閃光が目の前に迫っていた。咄嗟にキルゲルで身を庇ったが、直接伝わる衝撃は体を軽々と吹き飛ばし、何度も地面を転げた。

 高熱と激痛に、その場で動けなくなる。


「くっ……」

『どうした? 立ち上がらんのか?』

「か、体が……痛くて……立てないんだよ……」


 苦痛に表情が歪み、無理に体を起そうとするが、すぐに体勢が崩れ地面に平伏す。

 そんな無様な格好に、キルゲルが馬鹿にした様に鼻で笑う。


『フッ……所詮、貴様はこの程度か……今回は随分と短命なパートナーを選んだようだ……』


 短命……ふざけるな。元々、こんな状況にならなきゃ、もっと長生きできた。お前が居なければ――そう思った時、ふと記憶が蘇る。あの日――初めてキルゲルが現れたであろうあの日の記憶が――フラッシュバックする。

 何の為――自分の為? 違う。あの日、僕がキルゲルを出したのは――彼女を守る為だ。化物に立ち向かう勇敢で美しく、それでいて繊細で優しい。そんな彼女を――僕は――。

 幾重にも積み重なる記憶の断片。どうして、忘れていたのだろう。どうして――……。

 地面にうつ伏せに倒れたまま蘇った記憶を、何度も何度も思い返す。だが、どうしても彼女の名前、容姿が思い出せない。ただ、美しい人だった事は覚えている。そして、その日が今から三年前である事も、ハッキリと思い出した。断片的だが、その日の状況も少しずつ思い出されていく。


「うぐっ! 頭が……」


 だが、彼女に対する核心、あの日の重大な事を思い出そうとすると、頭が割れる様に痛んだ。


「くっ……な、何で!」


 声を荒げ、地面を叩く。すると、キルゲルも異変に気付く。


『遂に、頭でもいかれたか?』

「黙れ……」

『我が黙れば、貴様がこの状況をどうにかしてくれるのか?』

「うるさい……今、大切なことを――」


 もう一度記憶を辿る。だが、同じ所で頭に激痛が走り、思考を止める。


「くっ……なんで……」


 もう一度地面を叩く。地面が砕け砕石が飛び、破片が頬を裂く。鮮血が滲み、静かに赤い雫を落とした。考えれば考える程、苛立ち怒りが込み上げる。どうして思い出せない。自分の記憶なのに……。何で忘れていた……こんな大切な事を……。


『そんな事を、考えてどうする』


 突然、キルゲルがそう述べた。

 忘れていた。こいつには、僕の思考は筒抜けだった事を。だから、今も――。


『悪く思うな。我とて、聞きたくて聞いてるわけじゃない』

「お前は……知ってるのか、あの日の事を……」

『あの日……か。我も薄らとしか覚えていない。だが、我を具象化したのは、他でもない貴様の想いだ。そして、我が今、この様な武器の形をしているのも、貴様の想い、願いが具象化したものだ。貴様が、何を想い、何を願ったかは知らんが、この刃の鋭さも、この剣の形も、貴様が生み出したものだ。受け入れろ』


 静かに告げるキルゲル。

 僕の想い……僕の願い……。あの時、何を願い、何を想ったのか、それすら思い出せない……。それで、僕は何故戦うんだろう。

 体から力が抜ける。瞼が重く、意識が遠退いていくのが――何と無く分かった。



 深い深い闇の中――。

 僕は一人で歩いていた。

 何も無く、何処までも続く闇。

 立っているのか、寝ているのかも分からない。

 ただ、足を前へと進める。

 時折聞こえる沢山の人の声。

 懐かしい声があれば、聞きなれた声もある。

 その声のする方に足を進めれば、薄らと光りが差し込んできた。

 そして、走り出す。光りの方へ、導かれる様に――

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