第九話 風の道
真っ赤な光りが視界を遮り、激しい衝撃が何度も全身を襲う。
焼ける様な熱さを肌に感じ、激痛が体に走る。幾重にも重なる様に衝撃が続き、自分の体が地面に減り込んでいくのが分かった。耳に残るのは、地面が割れる音と破裂音だけ。真っ赤な光りが収まる頃には、僕の体は地面に仰向けに埋まっていた。
漂う焦げ臭い。全身に伴うズキズキと疼くような激痛。皮膚が焼けた様に黒焦げ、体を動かす事が出来ない。キルゲルの声も聞こえず、意識が――遠退く……。このまま、死んでしまう。そう思った時、右手が僅かに動く。もちろん、僕の意思が行ったモノではなく、拳を握り締めるとゆっくりと体が起き上がる。
「クックックッ……面白いじゃねぇか……砲閃火……」
(お、面白くないよ……。全身痛いし……)
「傷は時期癒える。テメェは黙って見てろ」
キルゲルの言う通り、体の傷は徐々に癒え始める。焼け焦げた皮膚が元の正常な肌へと戻り、体の痛みが抜けていく。何が起っているか分からないが、その再生速度が異常だと分かる。激痛が引き、キルゲルが体の感覚を確かめる様に右手を何度か握り、ゆっくりと地面に転がる細い剣を蹴り上げ、右手で掴む。その視線は確りと砲閃火の花を見据え。
「我を傷つけた報いは受けてもらう」
(あ〜ぁ。どっちかって言うと、攻撃しかけて反撃くらった――)
「黙れ。奴が我を傷つけた事に変わりはない」
(いや。傷付いたのは、僕の体なんだけど)
僕の言葉を無視し、キルゲルが笑みと共に揺れる砲閃火の赤い花に切りかかる。が、花は刃を避ける様に揺れ、実を破裂音と共に爆発させる。同時に赤い閃光が無数に飛び散った。
今なら見える。閃光の正体が。
(た、タネ!)
「チッ! 鬱陶しい!」
高熱を放つ種を一刀両断し、後方へと飛び退くと、赤い閃光が先程までいた場所を抉る。僅かな白煙を上げ、地面は黒く焦げ、熱気が肌に伝わる。これが自分の体を直撃していたと思うとゾッとするが、それと同時にあれが直撃して立っている自分を不思議に思う。
地面に刃を突き立て、土煙を巻き上げると、揺れる砲閃火を見据える。こちらを挑発する様な動きをする砲閃火は、実を赤く点滅させていた。
(鳳仙花って、実に衝撃を受けると種を飛ばす習性がある)
「それがどうした。まさか、攻撃するなと、言うわけじゃないだろうな」
(そうは言わないけど、このままじゃ……)
「考えはある。我とて、何度も同じ手はくわん」
自信満々のキルゲル。考えがあるとは知らなかった。まるで考えなしに突っ込んでいっている様に見えたのは、僕だけだったらしい。右足がゆっくりと一歩前に踏み込まれ、右手に握った刃を構える。確りとした視線が砲閃火の真っ赤な花を見据え、不適な笑みが浮かぶ。
突如として吹き荒れる風が、頬と髪を撫でる。風を起こすのは、右手に握られた剣。風が高音を奏で、切っ先が地面に触れる直前で、地面が裂ける。砂塵が舞い、視界が僅かに乱れた。
(何をするつもりだ?)
「任せろ。一撃で消し去る」
(本当に、一撃で?)
「フッ」
僕の言葉を鼻で笑うと、刃を耳の高さで水平に構え、ゆっくりと息を吐く。集中力が上がっていくのが分かる程、視野がはっきりしていく。舞う微量の塵も、はっきりと見える程だった。風の流れすら薄らと見えるのは、キルゲルの能力のお陰なのだろう。
ゆっくりと動く砲閃火の花。それを見据え、キルゲルが右足に体重を移動する。キルゲルが地を蹴る瞬間、それを脳が感じ取り、風の流れが一斉に変わった。まるで、キルゲルを――正確には僕の体を――砲閃火へと導く様に風が螺旋を描き、一本の道を生み出す。
(な……んだ……これ?)
「お前にも見えるだろ。これが、風の――!」
キルゲルの声を遮る様に破裂音が聞こえ、真っ赤な閃光が風の道を伝いこちらに一直線に向ってくる。そのスピードは今までとは桁違いで、集中力の増したこの眼ですら一瞬に感じる程だった。キルゲルもそのスピードに反応出来なかったのか、全身を衝撃が襲い地面が背中を抉り、焼ける様な熱さが両腕を呑み込んだ。
焦げ臭いが僅かながら鼻を刺激し、瞼を開くと真っ青の空を見上げていた。両腕の感覚が無く、背中に激痛が伴う。体を動かす事も出来ず、呼吸をする度に胸の奥が苦しい。
『しくじった……』
遠くの方で、キルゲルの声が聞こえた気がした。頭に聞こえたわけでも、僕の声でも無い。キルゲル本人の声。耳がおかしくなったのか、頭がおかしくなったのか、それとも朦朧としているからそう言う錯覚を感じているのか、分からないが、キルゲル本人の声が更に言葉を続ける。
『オイ……死んでないだろうな』
「…………」
耳に届いたキルゲルの声に、返答しようとしたが声が出なかった。喉がやられたのだろう。無理に声を出そうとすれば、喉に痛みが走り乾いた咳だけが漏れた。
(今度こそ、死ぬんだろうか?)
(皆無事だろうか?)
(今日の空はこんなにも青かったんだ)
(美空、晩御飯何を作るんだろう?)
(優海の奴、授業中に寝たりしてないだろうな……)
くだらない事ばかりが、頭の中に巡る。思考ははっきりしているのに、徐々に視界が薄れていく。瞼がゆっくりと下り、視界が完全に塞がる。闇に包まれた視界の中で、薄らと聞こえるキルゲルの声。僕に呼びかけてくれている様だ。その声も、やがて聞こえなくなり、静寂が周囲を支配した。
闇の中でどれ位の時が過ぎたのか分からないが、突如頭の中で悲鳴がこだました。
「きゃぁぁぁぁっ!」
悲鳴の瞬間、体内で何かが弾けた。体が突然軽くなり、あれ程重かった瞼が自然と開き、目の前に鮮明な光景が映る。いつ立ち上がったのか、いつそれを構えたのか、いつ砲閃火に立ち向かったのか。まるで分からないが、右手に握られた刃は地面を向き、後方で爆音が響き、突風が吹きぬけた。後ろでは、一人の女子生徒が腰を抜かしている。
僕は何をした。その疑問が脳内に浮かぶと、砲閃火の花がゆっくりとこっちに向く。先程まで感覚すらなかった両腕に、感覚が戻っている。これも、キルゲルの能力なのだろう。再生速度が異常だ。それに、感覚がさっきよりもより鋭く、肌を撫でる風すら手にとって分かる。
「これも……キルゲルの力?」
『残念だが、それは我の力ではない』
キルゲルの声が、右手に握る剣から聞こえた。と、言う事は、今この体は僕自身が動かしている事になる。感じた事の無い感覚に、僅かな戸惑いを感じていると、キルゲルの怒声が響いた。
『来るぞ! 今のお前に避けると言う答えはねぇ。正面から立ち向かえ』
「分かってる」
握った事も無い刀に近い剣の柄を握り締め、ゆっくりと息を吸う。体内に入り込む風の感覚すら、感じる今の状況。それが、ふと懐かしく思えるのは、何故だろう。不思議な感覚だが心は落ち着き、体が自然と刃を構える。顔の横で水平に構えられた刃が、視界の端で煌くのが分かった。
背後で蹲る女子生徒の安全を一度確認し、右足に力が入る。避けると言う答えが無い。それは、避ければ、彼女が傷付く。そう言う意味だ。もとから、逃げるつもりなど無かったかの様に、体は自然と前傾姿勢をとり、左足が地面から離れ、右足のつま先に全体重を乗せ、一気に地を蹴る。それと、ほぼ同時に、砲閃火の実が光り、破裂音と共に赤い閃光を広げた。
遅くなりました。
これから、頑張ります。今年もよろしくお願いします♪




