絶滅危惧
これからする話は、気色の悪い話である。
少なくとも「もふもふ好き~♪」とか寝言云ってる輩にとって吐き気をもよおす類いの話である。
……かつて、モーリシャス群島におかしな鳥がいた。
飛べない鳥。
ヨチヨチ歩きしか出来無い鳥。
警戒心のカケラも無い鳥。
人類は島を発見して以降、この鳥に敬意を抱く事もなく、航海時の食用にこの鳥を充てた。
鳥は消えた。
鳥の名はドードー。
『間抜け』と学名に記されている。
人が生物の絶滅を危惧する時、必ず思い浮かべる鳥である。
モーリシャスにはドードー絶滅以降、種が発芽しない木が存在する。
この木はドードーが実を食べ、消化によって種の殻が薄くなり、糞のなかから芽吹く。
ドードーが消えた今、この木は老木だけになっている。
さて、ここに絶滅寸前の生物がいる。
誰も絶滅を危惧していないらしい。
その身体は長く、人間の小腸と大腸を合わせたほどになる。
自力で発熱出来無いにもかかわらず、体温の低下で死亡する。
その名はサナダムシ。
『寄生虫』とカテゴライズされる生物である。
その最終宿主は人間。
その巨大さから人間一人に対して一匹しか生存を許されておらず、また、『寄生虫=害毒』とされ駆逐されてきた。
近年の研究により、サナダムシは人間の免疫系に干渉する事が解ってきている。
サナダムシが人間の腸内に辿り着くと、免疫系が異物としてサナダムシを攻撃する。
するとサナダムシは脱皮する。
脱皮すると体表を構成する物質が別の物質と入れ替わり、免疫系は攻撃目標を見失う。
別の免疫系が代わりに攻撃を開始する。
サナダムシはまた脱皮する。
……これが繰り返され、免疫系が『異物として攻撃するのを止める』と、サナダムシは免疫に干渉する。
サナダムシは人間の体温で生き、人間の栄養の余り物で生きている。
その人間が死ねば共に死ぬ。
つまりサナダムシにとって宿主が健康である事が一番大事なことなのである。
サナダムシは宿主の免疫を調整するのだ。
花粉症や食物アレルギーなど、免疫の不調による症状は、サナダムシを駆逐し始めた頃から増加している。それも爆発的に。
サナダムシの中間宿主は鮭。
鮭の稚魚が川を下る際、食べたサナダムシの卵が成長した鮭のなかで孵化し、人間が鮭を食べるまで待つ。
……気の長く、気の遠くなる話だ。
毎日数万の卵を産むサナダムシ。
しかし鮭の稚魚が孵化する時期は決まっており、鮭が産卵する川も決まっている。
鮭に限らず魚類は沢山の卵を産む。が、そのなかで次に卵を産めるのは二匹程度である。他は喰われる。
その二匹のうち、人間が捕まえて食べるのは?
試みに数を想像しよう、サナダムシの卵の数を。
そもそも川まで辿り着けない数。
川で鮭の稚魚に喰われない数。
海で他の魚に喰われる鮭の稚魚の体内にいる数。
川を遡上したけど人間様じゃなく熊公に喰われた鮭の体内にいた数。
人間様に捕まらず、産卵して満足して死にやがった鮭の体内にいた数。
……気が遠くなった。
現在、寄生虫駆除と下水処理の向上でサナダムシは鮭と出逢う機会がほぼ無い。
まさに絶滅の危機と謂える。
「キモい!絶滅していい!」
……本当にいいのか?
生物は個人の『可愛い』『キモい』で語ってはならない。
昔、ドードーという鳥がいた。
モーリシャスにはドードー不在の為に絶滅する運命を待っている木がある。
ならばサナダムシが絶滅した時……
『人間様』はどうなるのだろうか。