庭先の攻防
窓から眺める庭は緑。
花壇には季節ごとの花が、葉の緑に色を添える。
庭に出て近寄ってみよう。ぐっと近寄ってみよう。
葉の裏、茎などに目を凝らすと胡麻の粒に似たものが群れている。
アブラムシ。別名アリマキ。
単為生殖にして卵胎生────雄雌の区別があるのに雌だけで子を増やし、しかも腹の中で卵を孵す。
産まれてくる子は母と100%同一遺伝子のクローンだ。
しかもこの子の腹では既に卵が孵化している。
娘が孫を孕んだ状態で母から産まれてくる。そして娘も孫も母にしてみれば『私』である。
アリマキと呼ばれる理由は防衛策によるものだ。
アブラムシには退けようの無い天敵がいる。
天道虫。
幼虫も成虫もアブラムシを捕食する純肉食性甲虫である。
鎧に身を包みながらも脚が速く、更によく飛ぶ。機動力と移動力に長けた虫。
対するアブラムシは草の汁をちゅうちゅう吸う以外何もしない輩。沢山増えた『私』は一匹の天敵によって全滅してしまう。
そこで登場するのが蟻。
蟻の好む汁を出す事で、アブラムシは護衛を得る。
蟻という数の暴力に天道虫は無力だ。
蟻は家畜を飼う畜産家の如くアブラムシの世話をする。
アリマキ──蟻牧──の由来である。
蟻にしてみればアブラムシの汁は『確実に入手出来る餌』ではあるが、これは貯蓄出来る類いのものでは無い。
蟻の本分は群を維持するに足る食糧の確保であって、蟻牧の分泌液はおやつ程度のものだ。
蟻は運ぶ。食べられるものなら何でも運ぶ。
運べるものが無ければ襲う。
蟻に弱味を見せたものは蟻の餌となる。
孵化したての蟷螂は蚊や蟻などを狙うが、一つ間違えれば──いや、シチュエーションが少し違えば──蟻に喰われる。
時たま、餌を探して単独行動をとっている時、罠にはまる者もいる。すり鉢状の罠は乾いた縁の下に多く、蟻の通るのを待っている。
蟻地獄。
すり鉢の縁に脚をとられた蟻に、大量の砂が叩きつけられる。
すり鉢の底には巨大な──蟻にしてみれば巨大な──顎が待っている。この顎で砂をぶっかけ、獲物を引き摺り込むのだ。縁の下に蟻地獄が棲むのは『乾いた砂場でなければ罠を作れない』為でもある。
しかし、蟻地獄は蟻の天敵たりえない。
蟻の天敵。
それは他の群の蟻。
群を維持するには食糧を確保する為の土地──縄張り──が必要だ。これは蟻に限らない。
その縄張りのなかに別の群が存在すれば食糧の奪い合いになる。
仲良く分ける?生きる為に必要最低限の栄養を半分こにすれば……双方共に餓死する。
餓死しない為、群を存続させる為、蟻は戦争を開始する。戦争はどちらかの巣が全滅するまで続く。
群を存続させるには縄張りと掟が必要だ。
群とは国家。縄張りは領土。掟は法律。
掟とは『同じ群の仲間を殺してはならない』単純にして明快な基準。
『人を殺す事がいけないのなら、何故戦争では人を殺してもいいのか?』愚か者は問う。
答:仲間を殺してはならない。別の群は仲間では無い。
窓から眺める庭は緑。
花壇には季節ごとの花が、葉の緑に色を添える。
……その花の陰で天道虫が油虫を喰い散らし、蛩が鈴虫を襲い、蜘蛛が巣を張り、蟷螂が蝶を捕まえ、蟻地獄がじっと待ち構える。
油虫が自ら蟻の家畜となり、尺取り虫が枝に擬態し、毛虫が毒毛に身を包む。
生きるとは食べる事。食べるとは殺す事。
そして生きるとは殺されない事。
庭先に、軒下に、毎日ごくごく当たり前に繰り広げられる食物連鎖。
花の陰に殺戮があり、戦争があり、謀略がある。