元祖ニート
三陸海岸沿いで養殖される特産物にホヤがある。
丸く赤い身体の下部に根が生え、円錐形のブツブツの間に二つの突起──吸水口と出水口──が付いている。
見た事の無い方にわかりやすく例えるなら……ウルトラマンの怪獣ブルトンを赤く塗った様な代物である。
彼等は貝ではない。
ウニでもない。
ヒトデでもない。
ナマコでもイソギンチャクでもない。
もちろん海草でもない。
────人間と同じ仲間である。
卵から孵ったホヤの幼生はオタマジャクシに似ている。
その尻尾には脊椎のもと『脊索』があり、筋肉が付いている。
頭には眼があり、穴は空いていないが鼻があり、そこからの情報を判断する脳がある。
脊椎動物を高等生物だとするならば、まごうことなく彼等は高等生物だ。
────ここまでなら。
幼生は泳ぐ。
小さな小さな身体をくねらせて、海という巨大な水の流れを掻き分けて泳ぐ。
彼等の向かう先、目指す場所は岩場だ。
眼があるのだから岩場を見る事は出来るだろう。
しかし岩場に好みがあるのか、それともてきとうに決めているのかは解らない。
……ともかく、たどり着いた岩場に頭の先をくっ付けると、小さなヒゲ状の突起をのばし岩に張り付く。
しっかりと根を下ろすと、幼生は大人へ変身する。
遺伝子に組み込まれたアポトーシスが活性化を始める。
それまで活躍していた尻尾が、どんどん短くなっていく。
尻尾の筋肉が消えていき、それと同時に脊索まで消えていく。
旅は終わったのだ。もはやいらない。
眼や鼻──センサー類──も消える。
外界を知る為に必要だったが、もはやいらない。
当然、状況を判断し身体に行動を達する脳も消える。
安息の地を得た。だから脳はもういらない。
ホヤは水を吸い、呼吸と食事を同時にこなす。
たまに卵を産む。
それ以外は何もしない。する必要が無い。
生きるとは食べる事であり、卵を産めば種は存続される。
岩場に張り付いたホヤは生きる為にあくせくしない。
脳を捨てたホヤは「これでいいのか?」などと悩まない。
彼等は生物として必要最低限の事だけをしている。
そして、それだけでいい。
運動も思考も必要最低限の範囲からは外れるのだ。
……いや、ひょっとしたら思考はしているのかもしれない。
大人になり、ごくわずかに残った神経細胞で何か遠大な事を夢想しているのかもしれない。
何故なら、幼生の持つ眼や脳は人間のそれと構造上・遺伝子レベルで近いのだ。
なら、もし異世界転生したら勇者になって魔王と戦おう……とか考えていてもおかしくない。
なにしろ動物界きってのニートなのだから。